第11話
「ポイントD16あたり、戦闘音」
数時間の間シェリーと話さず、目線も合わせず歩き続けていたクレアは、目的地である遠征地に辿り着いた時には平静を取り戻しており、シェリーの冷たい言葉に応じる余裕があった。
「D16? 私の端末だと観測範囲外よ。いつ観測したの?」
生き残って知恵を付けたセルウィーは、これからも生きるために実費で装備を整えていくものだ。クレアが見ているのは、微量なマナを検知して周囲観測を行うための小型情報端末。小型といっても両手で持たないといけないが、彼女はそれを常に腰に吊るしていた。
シェリーが何かをしたようには見えなかったので、クレアが疑問に思ったのも当然だ。だがシェリーは質問に対し首を傾げた後、ゴーグルをコンコンと小さく叩くだけで返す。
「……視線操作型の
しかしそれだけで通じたのか、クレアは頷くと後方で装備を整えていた皆に声を上げる。
「皆! ポイントD16に急行するわ! 戦闘歩速40!」
号令の意味が分からなかったシェリーは首を傾げたが、司が『たぶん結構速めに走るんだと思う』と伝えると、小さく頷いた。
クレアはその反応を見て少しだけ頬を緩めたが、数時間前の会話を思い出したかすぐに表情を引き締める。シェリーが見た目通りの女の子ではないのだと、自分に言い聞かせるように。
「シェリーさん、先頭お願いして大丈夫?」
「うん」
まるで、先程のやり取りなんて何もなかったかのような態度で頷くシェリーに、クレアは困惑したがそれを表に出さないように笑顔で返す。
「行くわよ!」
号令を受け、セルウィーらは走り出す。
シェリーの先導により、20人ほどのセルウィーは細長い矢のような陣形で走る。
先頭を進む者が最適な道を選び、誰よりも先に敵を見つけ接敵することになるため、先頭への負担が大きい特殊な陣形であるが、司による周囲観測があるシェリーには何の苦もなかった。
むしろ、これまで自分が命がけで戦っていた戦場は、こうも見晴らしの良かったものかと感慨を覚えていたほどだ。
(ツカサに会う前は、目の前の敵しか見る余裕なかったっけ)
そう考えながら走るシェリーは、時折後ろを見て皆の速度に合わせて走っている。
全力疾走をすると時速100キロを超える駆動鎧を装着しているシェリーだが、この状況では独走するより皆に合わせた方が良いことくらいは分かっていた。
「ツカサ、ここって旧世界の遺跡?」
『自動修復機能が止まってるか元々なかったかは分からないけど、前時代の遺跡ではないよ』
「そう」
雑談しながらも、シェリーはゴーグルに表示されたグレムリンに的確に射撃をしていく。
視界に入る全てを撃つのではなく、真っ先に自分が狙われそうな個体だけ自ら処理をし、残りは後方を走る者に任せようという余力まで残して走っていた。弾丸の温存だけでなく、ある程度はレイ達を信用している証だ。
(いや、シェリーってこんな強かったっけ?)
そう考えているのは司であった。
シェリーを訓練したのもメニューを選択したのも司だが、シェリーの射撃技術は訓練や実戦によって培われたものでなく、生来持ち合わせた洗練されたものであった。
(特異種ってのも、あながち間違いじゃなかったのかもなぁ)
司はこの世界で普通の兵士がどこまで動けるかを、初めて会った時のシェリー基準で考えており、彼女をこの世界の平均か、または少し上程度だと想定していたからだ。
歌舞伎町でグレムリンに襲われるシェリー達を観測していた時も、他のセルウィーとの差は判断能力の高さ程度と認識していたが、先程の共闘で考えを改めた。
シェリーは歴戦の兵士であるレイ達と比べても遜色ない能力を持っていたのだ。半年の訓練でそこに辿り着くのは、明らかに異常である。
『シェリー、戦闘音がD19方向に移動してる。逃げてるね』
「分かった」
シェリーはそれだけ言うと、急ブレーキを掛けた。
時速40キロ程度で走っていた生身の人間が急ブレーキを掛けると、転倒どころかひっくり返るほどの慣性を受けるはずだが、高性能な駆動鎧は十分な制動を発揮する。
「クレア、北に10度修正。先回りしてD25方向に向かう」
『……っ! 待ってシェリーさん、そっちは――』
「グレムリンの中規模製造工場がある。遠征部隊の
『……分かったわ』
しぶしぶ頷いたクレアは、通信機に向けて叫ぶ。
『皆聞いてた!? 歩速60に修正! グレムリンの処理より移動を優先するわよ!』
『おい、そうなると撃ち漏らしも出てくるだろ、どうするんだ!?』
『私かレイが目視出来る範囲なら、光子防壁を展開させる! このあたりのグレムリンならそれだけで止められるはずよ!』
そう言ったクレアが仲間のセルウィーに見せたのは、小さな円盤状の装置であった。どうやら、光子防壁を展開させることが出来るらしい。
それを初めて見たシェリーはどこまで信頼性があるのか分からず怪訝な顔をしたが、司がいつもの口調で『欲しいなー、あれ』と呟くので、思わず小さく笑った。
(シェリーさん、笑ってるの……?)
無表情で戦闘を続けるグレムリンのようだったシェリーが突然笑顔を見せたことに気付いたクレアは、困惑を隠せず眉を顰める。どうしてこの状況で笑えるのか分からなかったからだ。
これから向かう製造工場は、その名の通りグレムリンを製造する工場である。規模によっては日に数百体ものグレムリンを生み出すことの出来るそこに近づくのは、遠征中であっても忌避される。
だがシェリーの世代にとっては、製造工場に近づくことは日常茶飯事だった。それが、クレアとの感覚の差である。
後続の速度が急激に上がったことに気付いたシェリーは、それに合わせて加速する。瞬間的に80キロほどまで移動速度を上げたシェリーは、もはや戦車か装甲車の類であった。
移動に邪魔な瓦礫は蹴り飛ばし、二階建て程度の高さの崩れたビルは跳躍し一歩で飛び越え、更に空中で姿勢制御を行い射撃までしていく。
なお、司との訓練においては、駆動鎧の全速力に近い120キロを維持したまま新宿内を走り回る
――だが、シェリー以外のセルウィーにとっては、そうではなかった。
(ま、待て! いくらなんでも足が千切れる!!)
歩速60――つまるところ時速60キロ弱――を遥かに超える速度で走るシェリーに置いていかれないよう駆動鎧の出力を限界まで上げ、後のことを考えないまま走っていた者は、段々と矢が長くなっていることに気付いていた。
だが、それを報告出来るほどの余裕がない。
都市製の駆動鎧は、マナによって生み出された特殊な信号を肉体に放つことで人体限界以上の動きをさせるというコンセプトで作られたものだが、それでも人間は時速80キロで走れるように作られていないのだ。
(あいつ、どうなってんだ!?)
口に出して叫ぶ余裕すらない彼は、鏃の根本、シェリーのすぐ後ろを走っている男だった。シェリーの動きが最もよく見える立ち位置と言えよう。
彼には、シェリーが蹴り足だけで人の数倍ある瓦礫を吹き飛ばし、蚊でも払うかのようなモーションで銃を向け、制動も無しに射撃しているところがはっきり見える。
今なんて、瓦礫を飛び越え空中で前転しながら逆さのまま射撃をしていた。銃口の先では、首元の制御装置を打ち抜かれたグレムリンが噴射孔の慣性を残したまま壁に激突していた。
(なんなんだよ、もう!!)
彼には、叫ぶ余裕などない。この状態でシェリーを見失ったら間違いなく死ぬと確信しているのだ。銃を構える余裕などなく、後方を走る者がどこに居るか確認する余裕もなかった。
(待って、これは止めるべきなの!?)
そう考えるクレアは、ギリギリでシェリーが見える位置を走っていた。通信は繋がっているので声を届けることは出来る。だが、シェリーを止めて良いものなのか迷っていた。
(歩速60って言ったのに! ――待って、もしかして知らないの!?)
そう、クレアは気付いてしまった。シェリーが歩速なんて言葉を知らないことに。
歩速60は、汎用駆動鎧が足を止めず戦闘行為を続行出来るギリギリの速度である。それ以上の速度を出す時は、射撃や観測など当然行えない。
しかし今のシェリーは、武器を捨てエネルギーパックの消費を考慮せず命からがら逃げだす時だけ出せる、理論上の限界速度に等しい速度で走っていた。
(た、確かに歩速40から60になる時は駆動鎧の出力を一段階上げるから一瞬それより速くなるけど、まさかそれに合わせたっていうの!? 私達があの速度を維持して走れると思って!? 嘘でしょ!?)
クレアの逡巡は正しい。歩速という言葉を知らないシェリーは、号令の後に一瞬だけ後ろを見て、それでどこまで速度を出して良いか判断していた。
そうしてシェリーが速度を上げても皆が着いてくるから、自分の走る速度が歩速60くらいなのだと勘違いしているのだ。
(思ったより速いんだな)
シェリーはそんなことを考えていた。シェリーの着る駆動鎧の元となったⅢ型ファティマは、最高速度でも時速50キロ程度しか出ない。
コンテナでレイが指摘した通り、遠隔操作の精度に重点を置かれた、死兵たる若年層セルウィー専用の駆動鎧だからだ。
今自分が着ている駆動鎧がそれより速いのは当然と思っていたが、時速80キロ程度の速度を出しても誰も脱落しないことに驚いていた。
やはり、彼らの装備はシェリーが以前装備していたものより遥かに高性能で、彼らも実戦経験豊富なベテランということなのだろう。
シェリーは少しだけ彼らの評価を改めた。勘違いされた彼らには気の毒であるが。
(本当に何者なんだアイツは……?)
死にそうな顔で全力疾走を続けるセルウィーの中で、シェリーを除いて一人だけ様子が違う者が居た。レイだ。
彼の駆動鎧のコンセプトは、『とにかく速く』である。
全身を覆う装甲は紙のように薄い強化プラスチック製で、Ⅲ型ファティマよりも耐久性能が低い、速度特化の駆動鎧だ。
故に、レイだけは時速80キロを維持したまま戦闘行為を続けられた。とはいえ、レイが銃を構えるより前にシェリーに倒され、ほとんど射撃など出来ていないのだが。
レイの銃は二丁ある。片方はファルケのものより火力の高い超大型回転式拳銃。もう一丁は、旧世界の遺跡から発掘された特殊スコープを装備した大型狙撃銃だ。
通常、狙撃銃は自身で狙いを定め風や高度を計算し狙撃するものだが、彼のスコープにはアシスト機能があり、全ての計算を自動で行ってくれる優れものだ。
だが当然、銃を向けるのも引き金を引くのも、スコープに対象を収めるのまでは持ち主が行わないといけない。
クレアの観測した情報が自動的に転送されるレイのスカウター型通信端末には、クレアの観測機によって収集されたグレムリンの情報がマッピング情報と共に表示されている。
その中で最も脅威度が高いであろう対象を選択しそちらに銃を向けようとすると、そこには制御装置を一発で撃ち抜かれて機能を停止したグレムリンの姿がある。
(改造とか言ってたが、本当か……? いくらなんでも、都市製の駆動鎧があんな動き出来るとは思えない。もしかしたら、旧世界製か……?)
レイはそう考え、チラリと自身の狙撃銃に取り付けられた巨大スコープを見た。
このスコープを手に入れるために仲間が二人犠牲になってしまったが、狙撃が得意でなかったレイをもってして、このスコープの性能は、都市のものと比べ物にならなかった。
最初は他の者が使っていた狙撃銃だが、その者が命を落としてしまったことで、遺品を受け取ったレイが使っている。
放っておくと
命知らずとも言える近接戦闘を得意とするレイが、ノービスに匹敵するほどの高級装備を整えることが出来たのも、狙撃により安定して討伐成績が稼げているからである。
(けどアイツは、50キロはありそうなリュックを背負ってあの動きだ。ってことは、俺みたいな速度特化の駆動鎧とは思えない。ギガースをたった2発で倒した光の弾って切り札もある。ツカサとかいう奴が援助してるのか? そいつ一体、何者なんだ?)
他の者より余裕をもって走っているレイには、思考に割く余裕があった。むしろ思考をする余裕くらいしかないと言えるが、彼は一生分からない問いに挑み続ける。
『しぇ、シェリーさん!』
ついに我慢出来なくなったのか、クレアが全体通信を飛ばした。
時速80キロを超える巡行速度は、10分程度続いたろうか。観測情報を見ると、最後尾の者が観測範囲外まで離れてしまっていた。いくらなんでも速すぎたのだ。
『何?』
『速度、少し落とせないかしら!?』
『別に良いけど』
クレアの懇願にあっさりとそう答えると、シェリーは足を止めた。――空中で。
「「「はぁ!?」」」
二階建てぐらいの高さまで瓦礫が積み重なったビルの残骸を飛び越えていたシェリーは、空中で姿勢を正すと足をぴたりと止め、瓦礫の頂点に着地した。
今明らかに、シェリーの動きは慣性を無視していた。体は前に突っ込んでるはずなのに、ぴたりと空中で壁にぶつかったかのように静止したのだ。
それを目の当たりにしてしまったレイ達は、驚きのあまり大声で叫んでいた。
「なんだ今の!?」
『わかんねえ!』
『空でも飛べんのか!?』
同じくシェリーの動きを見ていた他のセルウィーが返事をした。どうやら、レイの見間違いではなく、本当に空中で止まったようだ。
(もしかしてアイツ、空も歩けるのか……!?)
考えてみると、これまでの動きはどこかおかしかった。跳躍の最中に何もないところで足を動かすモーションがあったし、蹴り足で瓦礫を蹴飛ばしても跳躍しても速度が一切落ちないのは常識的に考えたらおかしい。
空を歩けるという発想に至ったのは、そういうグレムリンを見たことがあったからだ。ただし、レイ達が見た空を歩くグレムリンとは、足裏に取り付けられた噴射孔によってホバリングをしていただけなのだが。
勿論、噴射孔など装着されていないシェリーの駆動鎧にホバリング機能などない。今彼らが目撃した現象の正体は、異常なまでに強力な駆動鎧の制動力だ。
シェリーの足先が瓦礫に触れた瞬間、足指の握力で前方に飛んでいく身体を縫い付けるように留め、姿勢が崩れないよう関節を固め、慣性に逆らうよう腹筋側の筋力アシストで姿勢を維持しただけである。
それは彼らが想像したような摩訶不思議な現象とは違う、もっと直接的な
立ち止まって後方を見ていたシェリーがゆっくりと銃口を上げ、「あ」と小さく呟いた。
『大きいの3体来てるけど、どうする? 私がやる?』
いつも通りの冷たい口調で事実を述べるシェリーに、レイは血の気が引いた。
(ギガースが3体!? 手持ちの装備で足りるか……? いや、これからも戦闘が続くんだ。倒せて1……いや、なんとか2体いけるか?)
行動するのはレイだ。しかし、選択は指揮官たるクレアの役割である。感情のまま返事をせず、クレアの言葉を待つ。
『……っ! 大きさは!? 大体で良いから!』
『前のより小さいのが2、同じくらいのが1』
その瞬間、レイは動いていた。
クレアとの付き合いは、はじめて徴兵されたその日から、今日で7年目となる。レイより2つ上のクレアは、その頃指導員としてレイの部隊に組み込まれていた。
付き合いの長さ故に、聞かずともクレアの選択が分かったのだ。レイは足を止めるとシェリーが銃口を向けている方向に身体を向け、後ろに回したウエストバッグを開く。
『レイ! 小さい方2体を――』
『一応言っておくけど、制御装置は股の間あたり』
『だそうよ! 出来る!?』
「やる!!」
レイのウエストバッグには、四本の多関節アームが入っていた。
それは自動的に動くとレイの身体を支えるように展開する。これも、旧世界の遺跡から発掘された遺物の一つだ。
狙撃銃から通常弾頭の入った弾倉を引き抜くと、ボルトを引くことで装填されていた弾丸も抜き、ポーチに入れていた特殊弾頭を押し込んだ。
クレアから送られてきた観測情報とリンクさせたスコープには、ギガースと呼ばれる巨大グレムリンの姿が映る。
――確かに、コンテナを襲ってきた個体より少々小さいようだが、レイにとっては誤差に思えた。10メートル以上ある巨体が11メートルなのか12メートルなのかなんて、正直大して変わらないからだ。
大きく息を吸ってから止め、ギガースに向け引き金を引いた。照準も高度計算も重力計算もその全てをスコープが代用してくれるから、レイは銃口を向け引き金を引いただけだ。
轟音と共に弾丸が発射される。その衝撃は、旧世界の遺物である多関節アームをもってして反動で全身を思いきり後方に振るほどの威力である。
通常弾頭より初速の遅い特殊弾頭は、燃焼材による光の帯を空に残して飛翔する。
――特殊弾頭がギガースに突き刺さり、周囲一帯に爆音が響き渡る。
途中にあった障害物を全て融解させ運動エネルギーを一切衰えさせなかったその弾は、一発で郊外に家が買えるほど高価なもの。
当然、無駄弾など撃てない。討伐成績による追加報酬なくして、絶対に使えない超高性能マナ弾頭。弾丸内に充填されたマナを用いて、超高温の光子防壁を展開する特殊弾頭だ。
『無力化確認、次!』
ボルトを引き手動で排莢された薬莢は、床に落ちると大気に溶けるように分解された。内蔵マナを使い果たし、世界へ還ったのだ。
スコープの先に映ったギガースが、股関節から上のあたりを消失させていた。どうやら回避しようとしたらしいが、初速が遅い特殊弾頭と言えど、ギガースの回避速度よりは速い。
ゆっくりと息を吐き、その間にもう一発の特殊弾頭を手にした。
万物等しく融解させる超高温の特殊弾頭に対応させるため、狙撃銃には高性能な放熱機構が取り付けられている。手が灼けるほどの高温に晒されても、弾をしっかりとねじ込みボルトを引き、再びスコープを覗いた。
残ったギガースの動きが変わった。一体落とされ、こちらの狙撃銃を脅威と見たのだ。
ここからが問題だ。距離も遠く、最初と同じように撃ってはこちらの発射を見てから回避される可能性がある。故に回避機動を読んで撃つか、それか――
『今のは何!?』
『止めるからとっとと撃って』
無線機からは、驚くクレアの声と、対照的に冷たいシェリーの声が聞こえた。
狙おうとしていたギガースが、回避でなく退避行動を取ろうとしていた。だが、それすら読んだシェリーが頭部
たった数秒だ。だが、それで構わない。
――轟音が響く。
特殊弾頭による二発以上の連続射撃は、放熱機構の限界もあり狙撃銃が修理不能なレベルで破損する可能性があるため推奨されていない。だがレイには、武器を惜しんで仲間が死ぬことだけは耐えられなかった。
狙撃銃の元の持ち主がそうであったように。彼の二の舞を踏まないためにも、レイは例え次の一発で銃が壊れるとしても撃つ。自分に出来ることを全部やるまで決して諦めないと、彼はいつか誓ったのだ。
「……っ! ったく良い腕してるなぁ本当に!!」
特殊弾頭の到達寸前、周囲観測を頭部単眼型観測装置による視力依存から別の観測機能に切り替えたギガースが回避機動に入った。
――だが反転した瞬間、それを読んだシェリーが脚部噴射孔を撃ち抜いて動きを止め、少し狙いが逸れた特殊弾頭が脇から突き刺さった。
レイは、無意識で感嘆の声が漏れたことに驚いていた。
(俺個人としてあいつを認めたくないのは確かだ。だけどあいつの
レイはシェリーの技術を認め、過去にも同じような気持ちになったことを思い出していた。
それは、後にファルケを名乗り出したあの女と出会った時のことだ。
あの頃のレイは、今よりもっと傲慢で、今よりもっと短気で、今より遥かに自信家だった。
そんなレイの自信を打ち砕いたのが、エレインという名の、一つ下の女との出会いだ。
少数民族の生まれである彼女は、他の者と少々異なる見た目をしていた。
肌の色は浅黒く、瞳は燃えるように赤い。髪は錆びたような赤茶色で、そのほとんどが白人種であるセルウィーの中では浮いた存在であった。
しかし、戦場に出てしまえばその感情は消えた。彼女の動きが常軌を逸していたからだ。
観測用の端末を所持していないのに、壁の向こうに居るグレムリンの動きを正確に認識する。迫撃砲による曲射砲弾を射撃で逸らし、砲撃されたことにすら気付いていない皆を守る。
複数体のグレムリンによる高密度射撃を遮蔽物すら無しに回避し、自分を狙う銃口内に弾丸を撃ち込むという曲芸のような技でグレムリンの兵装を
レイと比べると小柄で、筋肉がついた身体にも見えない。クレアのような豊満な肉体も持たず、話術もない。だが彼女は、その戦闘能力一つで皆を魅了し、そして導いて行った。
皆は次第に、エレインに従えば全てが上手くいくと思考を放棄してしまった。だがエレインの基準はエレインにしかなく、他人に自分と同等のものを求めてくるとしても、その無茶ぶりによって大勢死ぬとしても、死んでいく皆の後悔は少ないのだろう。
――悪いのは自分ではないと、信じて死んで往けるからだ。
事実として、シェリーのように俗人と比べ物にならない戦闘力を持つ個人は、和を乱すことが多い。だが、その者に和を形成するほどの能力があればそれは別の話だ。
人は心酔し、依存し、喜んで死兵となる。指示通りに動いて死ぬのならばそれが自分の運命だと、役割だったのだと、心の底で認めてしまう。
そんなの、レイはまっぴらだった。人は死ぬために生まれたのではない。だからいつか成り上がるのを夢見て、腕のいい者を真似し、自身の特性を生かし、自意識を高めていった。
いつか、レイはエレインに言ったことがある。「強いかもしれないが、和を乱すな」と。
だが彼女は、平気な顔で返した。「じゃあ勝手に死んで」と。
彼女の言う通りに動けない者は、たとえ誰であれ彼女にとって不要な存在なのだ。
それに気付いてしまったレイは、以後自分から関わることをやめた。時折同じ戦場に出ることはあっても、最低限しか関わらないようにし、自分と同じようにエレインに反目する者を集め、その指揮をクレアに一任した。
結果、監督役のノービス、エレインの信奉者、そうでない者を集めた3つの指揮系統が存在したことで作戦行動に不和が生じることもあったが、自分やクレアが大怪我をして戦線離脱をしたのを契機に作戦区域が変わり、しばらく会うことはなかった。
次に出会った時には、彼女はエレインでなくファルケを名乗っていた。
彼女は以前のクレアのように若年層の引率役を務めていたようだが、彼女の引率する部隊が出撃のたび壊滅状態に陥ることから、死神と呼ぶ者まで出る始末だった。
その時のレイは知らなかった。彼女の引率していた世代は、Ⅲ型ファティマという最悪の駆動鎧の
それでも出撃のたび数名生存者を出し、更に彼女自身も生き残り続けているという事実を、彼女から目を逸らし続けていたレイは、ついぞ知ることはなかった。
そうしてレイは、死ぬはずだった世代の生き残りである、シェリーと出会う。。
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