第9話
「おおお前ら! 30秒以内に準備しろ!」
スピーカーから男の悲痛な叫び声が聞こえ、眠りかけていたシェリーは飛び起きる。
トラックの外からは銃声に加え、男たちの叫び声が聞こえてくる。
『戦闘中みたいだね。参戦しろってことかな?』
「そうじゃない?」
手早く銃の安全装置を解除したシェリーは、立ち上がると司を背負う。
「お前、そんなの背負って戦うつもりか!?」
先程レイと呼ばれた青年が、慌てた様子でシェリーの背を見て言った。
シェリーが背負った司のスタンドアロン端末入りリュックが相当な重量物ということに、肩にめり込むリュックの肩紐と彼女の立ち上がり方だけで察し、問うたのである。
機関銃手は弾帯を通したリュックを背負うことが多いが、シェリーは弾帯を引き出す様子もない。ならば背中に背負っているリュックは、戦闘に関係がないもののはずなのだ。
逃げ回る戦場ならともかく、足を止めて戦う場合は邪魔になる大きな軍用リュックを背負わない者が多い。それは無駄な荷物を持つことで動きが鈍るのを避けるためであり、ここに集まるセルウィーの中でリュックを背負ったのは、機関銃手の数人だけだった。
「そうだけど」
「……弾じゃないなら何を入れてるんだ? さっきから誰かと話してる通信機か?」
シェリーがレイの質問に対し面倒くさそうな顔で返すと、クレアが代わりに「きっと私達とは違う任務が与えられてるのよ」と耳打ちした。
シェリーの持つ軽機関銃は、確かに軽機関銃の見た目をしているが、クレアの言ったようにただの軽機関銃ではない。
シェリーが二人を無視してバレルを引っ張るとレールが伸び、追加パーツを装着し手早く組み立てていく。あっという間にシェリーの手に現れたのは、先程までの軽機関銃とは全く異なる形状の火器――
スピーカーから男の声が聞こえて、およそ25秒後。外から聞こえていた銃声が静かになると同時に、司からの指示を受けたシェリーが銃口をコンテナの内壁に向け、引き金を引いた。
「なっ!?」
閉鎖空間での突然の射撃に驚くあまり耳を塞ぐ者も居たが、レイは目を逸らさなかった。
シェリーによる射撃は、グレムリンが体当たりしたコンテナが大きく揺れるのとほとんど同時、透視でもしていたかのようなタイミングだった。
頭部に弾丸を食らったグレムリンが地面を転がる姿が、司による視界拡張アシストを受けたシェリーにははっきりと見えていた。
『シェリー、まだまだ来るよ』
シェリーは、スポンジのように戦闘技能を習得していった。先程の徒手格闘もそうだし、銃の扱いも、行動選択に関わる思考速度だってそうだ。
こと戦闘においては、同年代どころか、熟練の兵士をも上回るほどの領域に達していた。ネスティの中に保存されていた軍用の早期育成パッケージとよほど相性が良かったのだろう。
何せ、彼女はただの14歳の女の子ではない。ロクな訓練も受けず死んで当然の戦場に放り込まれ1年間生き延びた、幸運と実力を兼ね備えた兵士なのである。
シェリーに続いて、皆が応戦していく。
しかし彼らは皆コンテナの中だ。どこを打てば敵が居るのか、どこから襲ってくるのか分からない。それでも一部の者は司が行ったような視界拡張や観測装置によってグレムリンの位置を把握し、コンテナの壁に弾丸をぶち込む。
コンテナを運んでいたトラックの運転手が戦闘開始前にハッチを開ける予定だったが、その前に操作出来る者が全員命を落としたことにより、最悪の状態で戦闘が始まってしまったのだ。
しばらくすると回路がやられたか、ばちばちと音を立てコンテナの中の明かりが消える。
『シェリー、右下の金具撃ったら、壁蹴っ飛ばして』
シェリーは暗闇の中で暗視ゴーグル越しに見たコンテナの固定金具を射撃し壊すと、駆動鎧の筋力アシストによりグレムリン並みの脚力を発揮し、内壁を蹴り抜いた。
すぐさまコンテナの反対側にも同じよう射撃と蹴りをお見舞いすると、コンテナは多少強引ではあるが両側の壁が開かれ、とても開放的な状態になる。
「うわ」
コンテナの周囲には、数えきれないほど大量のグレムリンが集まっていた。
肉眼でそれを見たセルウィーらが一斉射撃を行い周囲のグレムリンを押していくが、コンテナを運んでいた巨大トラックの速度がどんどん落ちてくることにシェリーが気付く。
「止まる?」
『27秒後、岩にぶつかって横転する。25秒まではここで射撃、あと――』
司の指示を受けたシェリーは、レイの隣で突撃銃を撃っていたクレアの元まで近づくと、首根っこを掴んで引き寄せる。
「きゃっ! 何っ!?」
「あと……20秒でそこから飛び降りて。死ぬよ」
クレアは頷くと、全員に聞こえるようコンテナに取り付けられていた拡声器を起動して叫ぶ。
「皆! 死にたくなければ15秒で飛び降りて!」
通常、彼らは戦闘中に離れたところに居ても声が聞こえるよう、部隊合流時に通信機を設定する。しかしこの部隊は遠征部隊への増員であり、隣に居る者とも通信が出来ない状態だ。
拡声器が使えた今はともかく、降りてからバラけてしまえば合流が難しくなる。だが、シェリーはそれを気にしている様子はなかった。
(戦闘技能だけ磨いて、指揮訓練しなかったのは不味かったか?)
いつものテンションのまま司は思案するが、シェリーに焦った様子はない。
司と出会う前のシェリーだったら泣き叫んでいたところだが、司による濃密な訓練を受けた今の彼女は、まるで
当然、その射撃の精度は司によってゴーグルに表示される視線アシストも影響しているが、射撃技能自体は司のサポートでなく、シェリーが生来持ち合わせていたものだ。
時間になると、全員が一斉にコンテナから飛び降りた。
その瞬間、巨大トラックは大量のタイヤを弾き飛ばし横転し、その勢いのまま数体のグレムリンを跳ね飛ばして転がった。
飛び降りたセルウィー達は慌てて円陣を組むよう集まると、残弾など気にしない勢いで、近づいてくるグレムリンを片っ端から倒していく。
司は、集まったセルウィーが案外戦えることに驚いていた。それもそのはず、彼らは特殊訓練を受けていないにせよ、数年間戦場で生き延びたベテラン兵ではあるからだ。
「……これ、
「生き残りが居たら、されてるんじゃない!?」
シェリーの呟きが偶然聞き取れたのか、近くに居たクレアがそう叫び返してくれた。
こんな状況で、報酬査定に関わる討伐成績の心配をするシェリーに触発されたか、クレアはにこりと笑うと円陣の反対側に居たレイの首根っこを掴んで引き寄せ、先程のシェリーと同じように、銃声の中でも聞こえるよう耳元で喋る。
「1分耐えて。全員の通信機に繋いで、それから本部と連絡取れるか試すわ!」
「……分かった、任せろ!」
クレアは円の中心にしゃがんで銃を置くと、腰に下げていた大きな携帯端末を手にする。
シェリーは一瞬そちらに顔を向け怪訝な表情をしたが、司からの指示を受け興味を失った。
『シェリー、右からデカいの来てる。たぶんあれが親玉かな』
「デカいの……あぁ、あれ? ……なんかサイズおかしくない?」
『おかしいね』
変なものを見つけてしまったという表情で軽口を返すシェリーには、随分と余裕があった。はじめて会った頃から考えると成長したものだと、感慨深いものを感じた司であった。
シェリーに視界に映ったのは、遠くから噴射孔を使って飛んでくる巨大グレムリンの姿だ。
小さな岩や障害物をものともせず突っ込んでくるその姿は、普通ならばもっと小さく見えるはずの距離から、それなりに大きく見えた。
――して、裸眼でも見えるような距離にまで近づいてきたそれは、通常のグレムリンより数倍巨大な、やけに角ばったフォルムのグレムリンである。
「まさかギガースか!? なんでこんな荒野に出てくるんだよッ!!」
接近に気付いたレイが叫び、そちらに銃口を向ける。もうスコープなど覗かなくても命中する距離だ。方向だけ合わせ引き金を引くと、巨大なライフル弾が発射される。
ガギィンと嫌な音が鳴る。――弾丸はグレムリンに当たる手前で光る壁によって受け止められ、運動エネルギーをその場で消失させ、溶けるように蒸発した。
「
『あー、そうやって呼ぶんだあれ』
レイの悲痛な叫びに、司はシェリーしか聞き取れぬ言葉を返す。
「他のやって」
シェリーは巨大グレムリンに銃口を向けていたレイの狙撃銃を脇から掴んで引き、近づいてきた通常グレムリンに銃口を向けさせた。
通常弾頭ではいくら火薬を増やし弾丸重量を上げ威力を増したところで、あのサイズのグレムリンの光子防壁を臨界まで至らせるのは少々難しいためだ。
『調整したよ、いつでもオッケー』
司が電磁投射砲の設定を変えたことを聞いたシェリーは小さく頷くと、片手で構えていた銃を両手持ちにし、巨大グレムリンに向けて引き金を引いた。
――瞬間、電磁投射砲から放たれたのはただの弾丸ではない。それは最早、ビーム砲とでも言うべき光の奔流。電流と磁場を操作し生まれた、銃が耐えられる最大威力に近い射撃だ。
その威力は、実弾銃とは比べ物にならないほど高い。
展開した光子防壁ごと貫かれ胸元に大穴を開けた巨大グレムリンはそれでも動きを止めず、銃口の一本一本が成人男性の腕より太い巨大なバルカン砲をシェリーに向ける。
「え、まだ動くの」
『位置が悪かったね。制御装置マーキングしたから、次はそっち狙って』
シェリーの視界にマーキング位置が赤く映し出される。
通常のグレムリンならば頭部から胸のあたりに制御装置があるのでそのあたりを撃ち抜けば動きが止まるが、この巨大グレムリンの制御装置は股関節のあたりにあったのだ。
「じゃ、これでおしまい」
軽い口調で呟くと、シェリーは再び引き金を引いた。
再び空に光の帯が生まれる。仰角低く放ったので他のグレムリンの頭部をいくつか巻き込みながらも速度を落とすことなく、光は巨大グレムリンの股関節に吸い込まれ、風穴を開けた。
『繋がった! 場所は合流地点から17キロ東、私達以外に生き残りは居ないわ!』
イヤーカフから司の声しか聞こえないことにすっかり慣れていたシェリーは、突然聞こえたクレアの声に少しだけ不快そうな表情をしたが、すぐに戻った。無意識だったのだろう。
「指揮官機は倒した。たぶん三割損耗で撤退する」
全員に聞こえるよう設定されていると判断したシェリーは、ピンマイクに向けて司に言われたことを伝える。
すると、終わりが見えたと理解したセルウィーらが叫び声を上げ、更に高密度の射撃を行いグレムリンの討伐ペースを上げていく。
中でも、すぐ傍でシェリーの大物取りを見たレイの反応が著しい。彼はなんと銃を放り投げると、単機で正面のグレムリンに向かって走っていたのだ。
「は? 何考えてんの!?」
レイの飛び出しを見ていた者は複数居たが、その反応をしたのはシェリーだけだった。戦場で一度でもレイと共闘したことのある者ならば、彼本来の戦い方を知っているからだ。
――彼の主戦場は、銃が使えぬほどの超近接戦闘。
右手に刃のない柄を握り、左手には巨大な
グレムリンと交差する瞬間右手を振るうと、そこから光の刃が現れてグレムリンを刺し貫いた。駆動系をピンポイントに刺した刃は一瞬にして消え、グレムリンも動きを止める。
死体を盾にするよう背で押し他のグレムリンからの射撃を受け止めると、近くに居たグレムリンに左手の回転式拳銃を向け、撃った。
対物ライフルかのような巨大な発射音に、頭部を失い吹き飛ぶグレムリン。一発の威力はファルケの持つ回転式拳銃よりも遥かに高く、およそ一般兵が携帯する拳銃ではありえない。
駆動鎧によって強化された背筋によって壁にしていたグレムリンを中国拳法かのように吹き飛ばすと、別のグレムリンに回転式拳銃の弾丸を撃ち込んでいく。
それがレイの戦い方で、レイの戦場での生き方だったのだ。
「すっごい戦い方ね……」
想像していなかったレイの奮戦に驚くシェリーだが、目を向けても手を止めることはない。
しかし、レイが次にどう動くか想像出来ないので、そちらに銃を向けることが出来ないでいた。なのでそちらの方向は他に任せ、火力が低く穴になりがちなところに加勢していく。
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