第8話
翌日、不動産屋へ行き徴兵されるであろうことを伝えると、男はすぐにトランシーバーの買取価格と一日分の家賃を折半して差額の現金を渡してくれた。
案外良い人だったのか、それとも、どうせ死ぬであろうセルウィーに同情したのだろうか。
司はこの世界で使われている現金を初めて見たわけだが、「これなら作れるかも」と呟くと、シェリーに「マナが入ってるから無理でしょ」と即答され、溜息を漏らした。
次に管理センターへ行くと、シェリーは遠征部隊の再編成に伴い、当日出発する増援部隊に組み込まれることとなった。着の身着のまま、誰かに相談する時間すら与えられない。
シェリー曰くいつものことらしい。だから先に不動産屋の元へ向かったのだ。
「おい、お前
遠征部隊との合流地点を目指し荒野を進む長距離輸送用トラック――に牽引されるコンテナ内で司と雑談していたシェリーは、向かいに座っていた青年に声を掛けられる。
『知り合い?』
「ううん。14」
「はぁ!? なんで14の子供が増援部隊に混ざってんだ!?」
「知らない。あっちに居るノービスに聞いて」
トラック側を指差しそう返すシェリーの対応に「ちっ」と舌打ちをした青年は、20歳前後くらいだろうか。
シェリーよりは頭一つ以上背が高く、体格も良い。巨大なスコープが取り付けられた狙撃銃の整備を終えた彼は、シェリーに見定めるような目を向ける。
「……お前、この部隊に選ばれる意味分かってるのか?」
「死にに行くんでしょ? そのくらい知ってる」
シェリーがつまらなそうに即答すると、何かを言おうとしていた青年が開いた口を閉じ、悔しそうな顔をする。死にたいのかとでも言おうとしていたのだろう。
「……あぁ、そうだ。既に3回再編成されてる遠征部隊の、4回目の増援が俺達だ。そんな俺達が、なんでお前みたいな子供のお守りまでしないといけないんだ?」
「別に守って貰う必要はないけど」
「はぁ? お前の鎧、
「そうなの? まぁ、高性能だから」
「……確かに遠隔操作精度は高いがな。
シェリーが脳裏に思い浮かべたのは、かつての仲間が片腕を失い泣き叫びながら残った腕で射撃をしている姿であったり、両足どころか腰まで千切れた状態で腕だけ動き射撃をしている姿であった。
だから、知っている。ファティマは使用者が完全に死に全く動けなくなるまでオペレーターの強制操作が続く、欠陥品の鎧ということを。
「ツカサ」
『別に良いよ』
意図を読めた司は、シェリーの言葉を待たずに許可を出す。
「どっちが強いか分かれば、文句ないんでしょ?」
溜息交じりでシェリーが立ち上がると、周囲がざわめく。
見れば、コンテナに乗せられたのは皆シェリーよりも年上世代、20歳前後の部隊のようだ。そんな中に14歳の子供が混ざれば好奇な目で見られるのも当然だし、たった1年しか死線を潜っていない子供と思われるのだって仕方ない。
「銃は――」
「撃ち合いがしたいなら付き合うけど?」
「……じゃあ素手だ。参ったって言うまで続けるからな」
青年は立ちあがり、半身を捩り右拳を前に向け、大きく息を吸った。
司の見立てでは、一番近いのはレイピアの構えだろうか。無手格闘術ではなく、、近接武器を握って戦う心得のある者の構えだ。
青年の腰には、剣の柄のようなものがぶら下がっている。
恐らく近接型グレムリンが使う、ライトセーバーのような非実体剣。銃に頼った遠距離戦だけでなく近接戦もこなせる万能タイプだろうと司は判断するが、
一瞬の踏み込みの後、青年の右拳が飛んでくる。駆動鎧によるアシストによって強制的に筋肉を連動させて放たれる、人体ではありえない速度の
青年の右拳は、シェリーの無抵抗の顔面に突き刺さる――
「おっそ」
それを、シェリーは正面から受け止めた。手のひらに吸い込まれるようだったと周囲の者が感じるほど、自然な動きであった。
「お、お前――」
「これで終わり?」
拳を離さず、冷たい声でシェリーは言う。
青年がどれだけ引いても、全力で引き剝がそうともがいても、細身で華奢で小柄なシェリーに握られた拳を、どうしても引き抜くことが出来なかった。
『まぁ、グレムリンよりは遅いね』
「グレムリンより速い人はそうは居ないでしょ……」
司に反応したシェリーの呟きに、青年は呆然とした顔で返す。
シェリーは都市に帰還するまでの間、ただ暇していたわけではない。司による訓練を続けていたのだ。その中には、武器が一つもなくなった状態を想定した無手戦闘も含まれているし、当然訓練相手は、司の用意したグレムリンであった。
グレムリンは人型をしていても動きは人間のそれでなく、関節すら自由自在である。そんな相手と訓練を重ねたシェリーは、多少近接戦闘に慣れた程度の若者では相手にならない。
純粋な力の差が駆動鎧の性能によって左右される鎧装着者同士の戦闘において必要なのは、力や速さではなく、鎧の性能と使いこなす技量である。青年は、それを誤解していた。
「さ、Ⅲ型のファティマにそんな動きが出来るはずがない! 改造してるのか!?」
「してるけど、改造は反則とでも言うつもり? ただのファティマじゃなかったから負けたんだって、お仲間に言い訳でもするの?」
反論された青年は口を閉じて悔しそうな顔をしたが、しばらくすると「参った、俺の負けだ」と負けを認めたので、興味を失ったシェリーは拳を手放し座席に戻る。
それからしばらく、コンテナ内はお通夜のような空気であった。司がシェリーにしか聞こえない声でけらけらと笑っていたが、シェリーは無視を貫いていた。
しばらくして、青年の隣に座っていた女性が口を開く。
「あなた、強いのね。
「D17C772、シェリー」
「D17Cね。……あら、もうあなた以外残ってないわよ?」
「そう」
端末を操作した女性がそう言うと、シェリーはつまらなそうに返した。
自分の同期が全員死んでることなど、聞くまでもなく察していた。1年目を生き残れたのも極僅かで、2回目の徴兵が始まってから半年以上経っている。同期が生きているはずもないのだ。
「クレア、それって……」
「……レイ、聞いて。この子は私達と違って、1回目から遠征に行かされる世代よ」
クレアと呼ばれた女性が、先程の青年にそう伝えた。青年はレイという名のようだ。
「い、1回目からだって!? そんなの死ぬに決まってるだろ!?」
「
「…………」
顔を上げたレイが、子供だと侮っていた先程までとは全く違う目でシェリーを見た。
ノービスのみで編成された正規軍が遺跡に入る前の事前調査が、遠征と呼ばれているものだ。
グレムリンの出現ポイントなどが明らかになる前の遺跡では突発的な戦闘が多く、一般的な遺跡調査と比べても危険度が跳ね上がると言われている。
数年前までは、高品質な装備で身を包んだ軍の精鋭部隊が遠征に派遣されていたが、いつしか大量のセルウィーを投入し失敗前提でほんの少しずつ調査範囲を広げていく、死地への片道切符に代わってしまったと、シェリーは先輩のセルウィーから教えられていた。
ノービスや高品質な装備には限りがあるが、セルウィーは無数に居る。個体の性能が低かろうが、時間と屍を積み重ねることで多少の成果は帰ってくるのだ。
「同期が5万人死んでひとりだけ生き残った子が、ただの女の子だと思う?」
「…………そう、だな。俺が悪かった」
シェリーは、セルウィーが死ぬのを前提とした戦地で1年間生き残り、2年目も司と出会うという悪運の強さで無事都市に帰還することが出来た、いわばエリートである。
それに対しレイは、難易度の低い調査などを繰り返し成長してから戦場に駆り出された世代であり、レイ世代の1年目と、シェリー世代の1年目は全く異なる性質を持つ。
「それに、彼女の銃をよく見て。初年度機関銃手用の支給品、RAM7軽機関銃に見えるけど、バレルの形も弾倉の形も違うわ。改造パーツかしら? それとも全然別の銃? データベースに同型のものはないようだから、外見が似てるだけの遺物かしら」
「なっ……!?」
二人の会話を、特に興味なさそうな顔で流すシェリーは、椅子に置いていた銃を手に取り、座っているクレアに向ける。引き金に指を掛け照準波を飛ばし、額をロックする。
『シェリー』
「……撃たないから」
シェリーは司に返事をしただけだったが、弛緩していた空気が一気に引き締まった。
「この照準波は狙撃銃用のアシストポインタね。もしかして、機関銃なのは見た目だけ?」
焦る様子もなくそう返すクレアは、にこりと笑顔でシェリーに問う。
無視をしようかと思っていたシェリーだが、無視をしていても話しかけられそうだなと考え、返事をすることにした。
「うん。ツカサにもらった」
「その……ツカサさんは、セルウィーなの?」
シェリーは黙って首を横に振った。流石にこのような状況で司がグレムリンだと口にするようなことはないだろうが、司は内心ヒヤヒヤしながら成り行きを見守る。
「……そう。そういうわけよレイ。たぶんこの子、ここに居る全員を相手にしても無傷で勝てるくらいの子よ。ほら、前にも会ったでしょ、一つ下の世代に居た
「まさか、アイツと一緒だっていうのか!?」
「きっとそうよ。そうでもなければ、こんなタイミングで14歳の子が遠征部隊に選ばれるはずないもの。それに、さっきも誰かと通信してるの聞いたでしょ? どこの誰と通信してたのか、私でも分からなかったのよね。ひょっとしたら私達、案外無事に帰れるんじゃないかしら?」
シェリーが14歳でありながら遠征部隊に選ばれたのは、クレアが言うような選抜をされたのではなく、「勝手に帰ってきたならちゃんと死んで来い」という指示でしかないことをシェリーは理解していたが、この勘違いを訂正する必要はないと感じ、何も言わなかった。
「それ、ファルケのこと?」
「そうよ、会ったことある?」
シェリーはこくりと頷き、少しだけ表情を緩めた。元の戦地への増援に向かうということは、生きていればファルケにまた会えるのだと気付いたからだ。
(あまり他人に依存するのも問題だけど、このくらいなら狂信じゃなくて信頼の範囲かな)
司はイヤーカフを通さず考える。ファルケに会ったことのない司は、ファルケのことを又聞きでしか知らないが、話を聞く分にはとてもまともな人間とは思えないからだ。
早くも会話が面倒になった様子のシェリーは、早く着かないかなと考え、椅子に座り目を閉じた。それが、ここに居る他のセルウィーらと真逆の思考ということにも気付かず。
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