第7話
男に案内されたのは、夜店から少し離れたところにある二階建ての建物であった。
他の建物が赤茶けたレンガ造りなのに対し、モルタルのような白壁は多少目立つ。
「一応聞いておくが、いつまでだ?」
どうやら闇稼業御用達の不動産屋に連れてこられたようで、案内した男は部屋の主に耳打ちすると、上機嫌な顔でさっさと出て行った。
「明日か、明後日か、もしかしたら一年後かもしれない。私14で、今も徴兵中なの。勝手に帰って来ちゃったから、そのうち連れ戻されると思う」
「……待て、流石に軍とドンパチするなら断るぞ」
「しないわよ。死ねとか言われない限りは従うつもり。だから匿ってもらう必要もないし、寝て起きても荷物が全部盗まれてない程度に安全ならどこでもいいの」
思ったより要求が低いシェリーに、司は少々驚いていた。
新宿と飛行船での暮らしを経たシェリーは、贅沢に慣れてしまったと考えていたからだ。
それまで路地裏や木賃宿のような格安の宿で寝泊まりしていたシェリーを、何もしないでも食事が出る、温水シャワーに風呂まである環境で生活させたのだ。元の貧乏暮らしに戻るのは嫌だと奮闘するのを期待していたのに、どうやらそこまで変化しなかったようである。
(まずいな、修正が必要だ)
司には、シェリーの要求が分からない。シェリーは、司が何をしたいのか分からないしあまり興味もない。
二人の噛み合わなさに気付かない不動産屋の男は、溜息交じりに答える。
「それなら構わねえ。金によって案内出来る場所は変わるが、どうする?」
「現金はないの。代わりに未踏破領域から持ってきた遺物があるから、それで手を打たない?」
「……とりあえず見せてみろ」
シェリーが取り出したのは、手巻き充電式の通信端末――トランシーバーを2つ。超小型かつ広範囲で通話が出来るもので、マナ電池で動く端末と比べると各段に小さい。
シェリーに簡単な説明を受けた男はしばらく操作し、他の従業員に手渡し離れたところでも通話も試した。
満足いく結果になったか、「まぁ良いだろう」と告げる。
「これなら、一月くらいは使っても構わねえ。それで良いか?」
「うん、大丈夫。突然居なくなると思うから、荷物が一つも残ってなかったら徴兵行ったって判断して良いわ」
頷く男は、いいカモを見つけた――そんな顔をしていた。
シェリーが案内されたのは、不動産屋の近くにある、護衛の詰め所のようだ。そこもモルタルのような白壁の建物だった。時折この色の建物を見かけるので、色で何かしらの徒党を示しているのだろうな、と司は考えた。
休憩中だったのかトランプに興じていた男らは突然現れた少女を呆然とした顔で見たが、シェリーを連れてきた男が「カスパルさんの客だ。しばらく部屋を使う」と言うと、口を噤んだ。
余分なものが一切置かれていない部屋に案内されたシェリーは司の入ったリュックを床に置くと、手提げ鞄からスティック状の袋を取り出す。新宿から持ち込んだシリアルバーだ。
旧世界の技術力があってもナノマテリアルで安全な食料を作ることは出来なかったが、最大規模の旧世界都市である新宿には、百万人近い人間が住むための食品製造工場が存在した。
司は動かせそうなものを再稼働させ、保存食を大量に作っていたのである。
その中で、シェリーが気に入ったのがこれだ。オートミールと水飴を主原料とした簡素なものだが、甘味に慣れていなかった彼女にとって、水飴の甘さは異次元の快楽であったらしい。
そればかり食べていたら糖尿病になる未来が見えると司は心配したが、明日どころか今日を生きるのに精一杯だったシェリーに、数年後に死ぬかもしれないなんて脅しは全く効かなかった。
それも当然だ。平均寿命が10代前半なら、生活習慣病などないのと同じである。
『そういえば、思ったより大人が多いけど、彼らは徴兵されてないの?』
「さぁ? ただ、避ける方法もあるって聞いたわ。頭のチップを抜いたり、お金で解決したり」
『チップは前も聞いたけど、お金?』
「そう。いくらか知らないけど、国にお金を払うと徴兵を拒否することが出来るらしいの。大金を稼げるシーカーになりたがるセルウィーが多いのはきっとそのせいね」
『へぇ……』
司が起きてから新宿に訪れた来訪者は、総じてシェリーのように転移門で新宿にやってきたノービスであったため、シーカーについてシェリーから聞いた以上のことを知らない。軍が正式に調査していない遺跡に入り、先に遺物を回収して売り払うことを生業とするらしい。
それを軍が許容しているのは、ひとえに後で活動するノービスの安全を確保するためだ。
勝手に調査し勝手に死んでくれるシーカーによる探索で先に回収される遺物なんて、軍の正式調査と比べると誤差程度の量でしかないためだ。
『お金を稼いで徴兵を断る方法を用意するのも、口減らしの一環ってことかな』
「きっとそうよ。国からしたら、お金は入るし人は死ぬしで万々歳よ」
シェリーはこの制度を不合理なものだと理解しているが、だからといって自分に何かが出来るとは思っていないし、何かをしたいとも思っていない。
埋め込まれたチップを抜けば徴兵されなくなることを風の噂で知ってはいたが、それをして徴兵を避ける子供をシェリーは見たことがないという。
チップ抜きをするのは、既に成功し確固たる生き方を見つけた大人だけで、子供達は徴兵された方が生き残る確率が高いらしい。
『じゃあ、今日会った大人は皆チップ抜いたりお金払ってるのかな』
「……それは、どうだろ? 今みたいな徴兵が始まったのは20年前くらいらしいし、大人のセルウィーを街の外で見ることなんてほとんどないのよね。徴兵もされてないのか、それとも遠征部隊より安全なところに行ってるのか……」
『へぇ……まぁ確かに、下手に生き汚い大人に銃持たせて一緒に従軍なんてしたくないか』
「そういうことでしょ。ファティマには遠隔操作があるって言っても脱ぐことなら出来るし」
『すぐ死ぬ子供を徴兵するなんておかしいと思ってたけど、そういうことね』
司はそれに薄々勘付いていた。
子供ばかりを戦場に出す理由を、簡単に説明出来る状況というのがある。
――それはただ数を減らすことだけを考える時。そして、種を根絶やしにしたい時だ。
下手に知恵のある大人を殺すより、知恵を付ける前に子供を殺し続ける方が効率が良い。
そして子供がすぐに殺されることが分かれば、いつしか新しく子供が生まれない状況が作れる。大人を殺しても残った人間は子を作るが、子供を殺せばいつしか子供が増えなくなるのだ。
この世界にはマナという燃料があり、食事はそのほとんどが合成食料だ。そうなると、子供を増やす理由が労働力の確保でなく、性欲という快楽を求める以外になくなってしまう。
ノービスは、どういう理屈かセルウィーを一人残らず滅ぼしたがっている。現在はその目的に至るための、子供を効率よく殺す段階にあると司は判断していた。
「っ……!」
シリアルバーを食べ終わるところだったシェリーが、突然頭を押さえて蹲った。シリアルバーの欠片が、あまり綺麗とはいえない床を転がる。
『大丈夫!?』
「……だ、大丈夫。久し振りだからびっくりしただけ。チップに通知が来たの」
『言われてたやつか。薬出そうか?』
「そのうち治るから良い」
しばらく蹲っていたシェリーだが、「あー」と小さく呻くと、落ちたシリアルバーの欠片を拾って一切躊躇せず口に放り込んで咀嚼した。
せめて埃くらいは落として欲しいと司は感じたが、口には出さなかった。
「24時間以内って言われたから、明日の夜まで寝てても良いのよね」
『良いんじゃない?』
「……じゃあ、おやすみ」
シェリーは頭を押さえながら駆動鎧を乱暴に脱ぎ、司の上に重ねていく。
流れでゴーグルとイヤーカフも外されたので、司はシェリーに聞こえない音量で『おやすみ』と呟くと、今日知った新しい情報を整理していく。睡眠の必要がない司にとって、夜は自分一人の時間だ。
(シェリーに会うまでずっと一人だったのに、今更寂しいと感じるのはなんなんだろうな)
AIの成長か、それとも不具合か。司には、それが分からなかった。
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