第6話
二人は、出会ってから半年ほど掛け、帝国内の都市に帰還した。
『へぇ、ここが帝国か』
「何とかって都市の外周部だけどね。あっちにあるのが市街地よ」
『……壁、思ったより高いな』
「でしょ。あそこまで飛んでくグレムリンは見たことないかな」
どうやらシェリーというかセルウィーは、信号の途絶――つまり通信が切れた新宿への転移時点で死亡認定されているらしい。戦闘中は生死が確認出来ないことなどいくらでもあるので、条件を満たしたらたとえ死体を確認していなかろうが自動的に死亡扱いになるものなのだ。
それは偶然生き残っていたで取り消せるとして、問題なのは、司の存在だ。
「それにしても、ツカサは本当に外に出ても大丈夫なのね……」
『機能制限はあるけどね。念のためスタンドアロン型の端末も作っておいて良かったよ』
シェリーの荷物は、出発前と随分様変わりしている。
まず汎用駆動鎧のファティマだが、司がネスティの開発機能を用いてリミッターを解除したり、遠隔操作の無効設定をしたり、ナノマテリアル製の軽量金属装甲に交換したり、エネルギーパック不要で動くようにしたりと魔改造を施し、見た目以外は完全に別ものと化した。
背負っているのは見た目こそ軍用リュックのようであるが、布地の内側は丸々機械である。外に出られた時用にあらかじめ司が作っていた、スタンドアロン型の小型端末だ。
シェリーの活動拠点が通信出来ないほどの遠方にあることが推測されたため、なんとか人が背負えるサイズまで小型化した。それでも重量は50キロ程度ありシェリーの体重より重いが、駆動鎧によるアシストのお陰で、シェリーにはそこまで重量物を背負っている感覚はない。
都市に戻りシェリーが真っ先に向かったのは、外壁近くにあるセルウィーの管理センターである。旧世界にあった役所のようなものだろう。
「第七十八シルベ地区遠征部隊、第一小隊所属のD17C772です。照会をお願いします」
「……少々お待ちください」
受付に居た女性は、セルウィーでなくノービスである。
彼女は面倒くさそうな態度を隠すこともなく端末を操作し、シェリーの情報を調べる。
「他の小隊員はどうしましたか?」
「上官の転移門使用により、未踏破領域であろうエリアに飛ばされ私一人だけ生き残りました」
「随分と経っているようですが、そこからどうやって帰還を?」
「転移門がもう一度使えるようになるのを待ちました。上官のマナが残っていたのか一月程度で再び転移出来たので、そこからグレムリンを避けて自力でここまで戻ってきました」
「…………」
女性の目が、疑り深くシェリーの表情を見ている。シェリーが嘘を吐いているかどうか知ろうとしているのだ。
ただし、既にこのやり取りはシミュレーション済であり、喋り方や視線の揺らぎから疑うのには限度がある。
「……分かりました。第七十八遠征部隊は他部隊に編入され、現在も作戦行動中です。D17C772には死亡届が提出されていたので取り下げておきます」
「ありがとうございます。私もそっちに合流しますか?」
「……追って通達します。チップに通知があれば24時間以内にこちらへ来てください」
「はい」
会話を終え、詰所を出たシェリーは、大きく溜息を吐いた。
『思ったよりちゃんと受け答え出来るんだね』
「出来ない奴は見せしめで殺されるの。徴兵されて最初にされる訓練が礼儀作法だから」
『……そういうことね』
二人の会話は、イヤーカフとゴーグルに取り付けられたピンマイク越しに行われている。
『っていうか、あんな言い訳でも信じられるもんなんだね』
司が言ったのは、先の言い訳についてだ。説明パターンの中で最もそれっぽい返答をしただけであるが、転移門や一人で帰還出来たことに対する言及がほとんどなかったのである。
「そんなもんでしょ。転移門の仕組みなんて誰も分かってないはずだし、反対側から再起動出来る可能性もあるんじゃない?
『俺としては、今回のルートより転移門の方がトンデモなんだけどなぁ……』
そう、シェリーの帰還に用いたのは転移門などではない。もっと物理的なものだ。
「ヒコーセンって凄いのね」
『昔はもっと速い飛行機があったんだけどね。この距離なら半日くらいで着くはずだよ』
「でも、それって7000年以上前の話でしょ? また作ること出来るの?」
『流石に無理じゃないかなぁ……』
数年前に司が鹵獲した飛行船型のグレムリンを使い、シェリーは拠点としていたアメルハウザー帝国の都市まで帰還を果たしたのである。
しかし、半年かかったのには理由がある。
シェリーが住んでいた国が旧世界の世界地図に合致することはなく、ネスティによる計算で7000年後も人が住める環境になっている土地を推測し、可能性のある場所に手当たり次第に向かった結果、これだけの時間を要したのだ。
「で、とりあえず帰ってこれたわけだけど、どうするの?」
『シェリーにお任せするよ』
「……どういうこと? 帰ってきたらお願いしたいことがあるって言ってたでしょ。教えてくれるんじゃなかったの?」
シェリーは軽く背中の端末を見、訝しんだ表情でそう言った。司は一番重要なことを――つまりこれからの目的を、シェリーに伝えていないのである。
『とりあえず一つは、人が住んでる場所を見つけることだったから、ついさっき達成出来た。で、もう一つは、シェリーに任せることなく今も進行中』
「……どういうこと?」
『出発前、飛行船に色々積み込んだでしょ。今もあれ動かして色んなところに無線機用のアンテナを設置してるんだよ。アマチュア無線――って言っても通じないだろうけど、マナを使わずに遠距離通信をするための機械ってところかな』
シェリーは司の説明が一割も理解出来なかったので、「ふぅん」とつまらなそうに返した。
「ツカサ、他にも私に言ってないことあるでしょ?」
『あるよ、沢山ね。聞きたい?』
「…………別に」
シェリーは、司が言おうとしないなら、それはそれで良いと考えている。
一人で12歳まで生きてきた彼女にそこまで社交性はなく、日常的な会話相手を必要としない。救ってくれた司への協力はやぶさかではないが、司が何も言わないなら聞かないし、頼まれなければしない。
――それがシェリーが半年かけて導き出した結論であった。
「私が選んで良いなら、前よりちょっとは良いところに住みたいかな」
『あれ、宿暮らしなんじゃなかったの?』
「そうだけど、徴兵されると宿も解約されるの。大体死ぬからね」
そこまで言って、シェリーは何かに気付き「あ」と呟いた。
「遠征の途中で抜けちゃったから、たぶんこのままじゃ報酬出ないのよね。だから――」
『お金ない?』
「……そうね」
シェリーは二年前の徴兵を無事生き延びて報酬を貰ったが、休息期間の一年で全て使い果ていた。
しかし、今回は途中で帰ってきてしまったので、今を生きる資金すらないのである。
『じゃあ、リュックの右のポケット開いて』
「左……? なにこれ?」
『シェリーより前に新宿に来た
シェリーが取り出したのは、薄い鈍色のカードだ。
金属製のカードにはネスティでも読み取れない情報が書き込まれており、現金またはそれに類する存在であると司は考えていた。
「……あー、確かにそうだけど、これ、私には使えないわ」
『え?』
「このカードは本人のチップと照会しないといけないの。それもノービス専用。こんなの街で使おうとしたら、盗んだって思われて最悪処刑されると思う」
『……そう、残念』
司とシェリーが出会う前から、時折新宿には転移門による来訪者があった。
それらから拝借したものをいくつかシェリーの荷物に忍ばせていたのだが、どうやら今回はハズレのようで、司はわざとらしい溜息のような音声を漏らした。
『その脳のチップだけは、どうしても解析出来なかったんだよね』
「……それは前も言ってたけど、ツカサがマナを理解してないからじゃないの?」
『うん、たぶんね。マナという純粋概念を理解出来るかどうかが鍵かなぁ……』
「鍵? 何の?」
『聞きたい?』
「別に」
シェリーは、傍目にはそこに居ない誰かと話しながら歩く不審な少女だ。だが、そういった目で見られることはない。彼女の両耳を覆うイヤーカフは軍が正式採用しているものと
とはいえ、今のシェリーのように武装したまま都市内を歩く者はほとんど居ない。徴兵されていない間に率先して揉め事を起こすような輩はあまり多くはないらしいのだ。
――懲罰房などなく、捕縛後即座に殺されるのなら当たり前かもしれないが。
『これも、平和の形なのかな』
「区画によっては武装した人も多いわよ。このあたりは外壁近くで比較的安全だから武器持つ必要がないだけ。治安悪いとこだったら短機関銃があっても足りないくらいね」
『シェリーが住んでたのはこのあたりじゃないんでしょ?』
「そうだけど、縄張りがあったわけでもないから、そっちに戻る必要はないの」
『んー、そういうもんかなぁ』
「そういうものよ」
司には、故郷を思う気持ちが残されている。
それは元の司の記憶領域に残されていた情報でしかなく、今の司にとっての故郷ではないが、シェリーにそういう感覚はないらしい。
『で、とりあえず今日の宿は?』
「…………へそくりとかない?」
『さっきのカードがそのつもりだったけど……。あ、どっかに届けるってのは? 元の持ち主の関係者から謝礼貰えたりしない?』
「貰えるかもしれないけど、ノービス殺して荷物奪ってしまいには謝礼まで求めてくる犯罪者が銃持ってやってきたって勘違いされても、ツカサは対応出来る?」
『……やめよっか』
「それが良いと思う。なら、何か売るしかないけど、この鞄の中身は本当に売って良いの?」
『もうちょっと大事に使いたかったけど、仕方ないね』
シェリーは戦利品を詰め込んだ手提げ鞄を、背中に背負うように持ち替える。
実際のところ彼女は野宿でも良いと思っていたし、司はそれに気付いていた。
だが、野宿をした結果二人が離れることになったらどうなるだろうか。一度売り払われてしまえば、誰かの手に渡ってしまえば、再びシェリーと出会える可能性は低くなる。いや、持ち主が変わる程度で済めばまだマシな方かと司は思考を修正する。
(別に俺はシェリーでないといけない理由があるわけじゃないけど、新宿から出るには
口に出さず思考を進め、ここからどうするべきか思案する。
シェリーと出会ってから半年以上考え続けていたが、はじめてこの時代の人間が住む都市に降り立ったことで、情報を修正していく。
周囲の者の目線、格好、態度、喋り方、ありとあらゆる情報を統合し、この場で誰に与するのが一番利があるのか数万回に及ぶシミュレーションを繰り返し、シェリー以外では計画の遂行は難しいと結論付けた。
あの時シェリーが見つけたビルのシャッターが空いていたのは、実は偶然ではない。歩き方や視線、荷物の量や状況からして、シェリーが水を求めていると判断した司が、先回りして開けておいたのだ。
ビルの中枢に不正アクセスし、ギリギリ逃げられるところで銃火器を装備していないグレムリンを起動させ、外まで追い出しそれから救うという流れは、全て司の仕込みであった。
当然、そんなこと知る由もないシェリーだが、司が何かしていたであろうことは察しているし、司もそれに気付いていた。
(もう一度同じように信用を得るのは、この端末じゃ難しい。新宿で次の人間を待とうにも、それが何十年後になるかも分からない。なら今は、シェリーに生き残って貰うのが一番だ)
司側の結論は出た。だが、シェリーがどう動くか司には分からない。彼女の精神性を理解するのに、本体から離れた状況というのは都合がいいとは言えないからだ。
『……にしても、本当に電気がないのか』
夕方になろうとする時間だが、街中に街頭のようなものは見当たらない。
闇を照らす光源として使われているのが、外壁に設置された巨大な照明器具だ。野球場にあったような照明器具を巨大にしたようだなと司は感じたが、それを動かす燃料であるマナがどこから補充されているのかなど、分からないことがあまりにも多い。
「デンキって、旧世界のマナのことだっけ。ないと困るの?」
『たぶん全然違うものだけど、この端末の充電もしたいんだよね』
「…………もしかしてツカサ、そのうち止まる?」
『そのうちね。いつになるかは言えないけど』
司は自家発電機で持ち込もうかと思っていたが、手荷物をあまり増やすと他のセルウィーに狙われる恐れがあるとのシェリーの判断により、荷物は最小限まで減らしてある。
手回し発電機など装着したところで焼石に水だし、ソーラーパネルは面積あたりの充電効率が悪い。ならば充電パックを巨大化し、省電力化するのが最適だと司は判断していた。
「あぁ、あったあった。大抵こういうところにあるのよ」
シェリーが向かっていたのは、外壁のすぐ下だ。ちょうど建物の影になって壁からの照明が当たらないエリアに、市場のようなものが並んでいた。
薄暗くアングラな雰囲気だが、ノービスの目を欺く必要がある闇家業の人間は、大抵こういうところに住み着くという。
シェリーが近づいたのは、闇市の近くで突撃銃を背負って突っ立っていた大男だ。
「さっき未踏破領域から帰ってきたんだけど、住む場所を貸してくれる人、知らない?」
『ん? どうしてその男に?』
どうして立ち並ぶ店の方でなくより怪しい男の方に近づいたのかと司が問うと、シェリーは司にしか聞こえない声量で「ちょっと静かにしてて」と呟いた。
「ん? なんだ、お前みたいなガキが未踏破領域から帰ってこれるわけねぇだろ」
「それが色々あってね。これ分かる?」
シェリーが取り出したのは、先程使い道がないと判断していた鈍色のカードだ。
「……おいこれノービスのだろ。どこでこんなの拾ったんだ?」
「無能な上官に殺されそうになって、
背負った銃を見せるよう肩を動かし笑顔で返したシェリーを見て、男は一瞬呆気にとられた様子になったが、ガハハと勢いよく笑い出した。
「思ったより気概のあるガキじゃねえか。案内してやっても良いが、分かってんだろうな?」
「えぇ」
そう言うと、シェリーは他の者に見えない角度でカードを手渡した。
男は「ひゅう」と嬉しそうな声を出し、ポケットにカードをねじ込み手招きする。
「ついてこい」
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