第4話
数体の小型グレムリンに追われ、一人走り続ける姿があった。シェリーだ。
「ファルケ、皆、返事してよ!!」
広域通信を行うが、誰からも応答はなかった。
緊急時のみ直接通話を許されているオペレーターへの通信を試みても、イヤーカフはうんともすんとも言わない。
「ここ、どこなの!?」
追っ手を撒くために走り続けるシェリーの叫び声が、静かな遺跡に響き渡る。
遠くに見える巨大なビル群を目指し、大型のグレムリンでは通れない小道を使ってなんとか振り切ろうと、彼女は命がけで走っていた。
どうしてこんなことに。――シェリーは、つい一時間ほど前のことを思い返す。
シェリーら第一小隊は他小隊と合流すると、第二小隊が見つけたという転移門の場所まで向かった。
転移門とは、その名の通りのワープ装置である。マナを用いて動く前時代の遺物の一種であり、特定の2座標を繋ぐことの出来る装置だと言われている。
当然、転移門を見つけたからにはどこに転移出来るか確認する必要があったが、発見した第二小隊はグレムリンの大群の襲撃を受け、全てのセルウィーを失ってしまった。故に、セルウィーが残る他の小隊と合流することを選んだのだ。
第一小隊の上官であるクソ野郎は、なんとか生き残ったセルウィーを数名転移門に乗せ、自身のマナを用いて転移門を起動させた。――そしてその中には、シェリーも含まれていた。
通常、転移門は双方の行き来が出来るよう門の形をしていることが多いが、稀に片側だけにしか門がないことがある。つまりその場合、転移門は一方通行というわけだ。
「やけに綺麗な街並みね……」
「なぁシェリー、ここってどこなんだ?」
「さぁ? 私に聞かれてもね」
シェリーの溜め息混じりの返答を聞いて、一緒に転移してきたセルウィーの一人は舌打ちした。他の者は落ち着かない様子で、周囲にきょろきょろと目を向けている。
先程まで戦っていた退廃した都市とは違い、転移先は今でも人が住めそうなほど綺麗な、それこそ帝国領土においてもセルウィーが入れないような高級都市のように整っていた。
遠くに超高層ビルを見た上でここを
「自動修復機能のある遺跡なんて、本当に実在したのね……」
そう呟いたシェリーは、噂にしか聞いたことのないような遺跡に偶然辿り着いたことに少しだけ高揚感を覚え、興味深そうに建物を眺めていた。
先程までシェリーが戦っていたのは、既に遺物の発掘も終わった遺跡だ。どのような理由でそこに行かされていたのかシェリーは知らないが、はじめの上官の態度からして、グレムリンの
「転移門でどこに飛ぶかは分からないって言っても、通常は10キロ程度。そんな遠くに飛んだとは思えないけど……」
転移門について、セルウィーが知っていることはほとんどない。
マナという制限があるため、通常は民兵を加えない本隊が調査することが多いからだ。
「……ただ、誰も出ないのよね」
何度通信を試みても、ファルケにもオペレーターにも通信は繋がらなかった。
イヤーカフによる通信は、転移門の範囲とされている10キロどころか、100キロ以上離れた帝国本土の通信室まで繋がるものだ。
それでも反応がないということは、信じられないくらい遠くに飛ばされたと推測される。
幸いにもクルト少年から回収した物資には食料もあったから、一月程度は食料の心配をする必要はない。味のしない粘土のような携帯食料だが、飢え死にするよりはマシだ。
「とりあえず、水場探しかな」
「……シェリーは随分落ち着いてるな。初めてじゃないのか?」
「初めてよ? だって、慌てたところで何も変わらないでしょ」
誰にも連絡がつかないのなら、焦って何かをしたところで無駄だとシェリーは判断した。
なにせ、今シェリーを監督している人間などこの世界に一人も居ないからだ。
都市を歩いていると案内図のようなものを見つけたので、ゴーグルにインストールされた翻訳プログラムを起動する。前時代言語含め196言語に対応している翻訳プログラムだが、案内図に書かれた言語を読み解くことは出来なかった。
「ってことはやっぱりここ、未踏破領域よね」
「未踏破領域なんて、近くにあったのか?」
「相当遠くに飛ばされてるってことでしょ。もしかしたら、もう帰れないかもね」
あっさりと言ってのけたシェリーに、隣を歩いていた少年が言葉を失った。
シェリーは、別に確証があるわけではなかった。
未踏破領域というのは本隊が調査する前のエリアを指す言葉だが、シェリーは地図データを持っていないので、ここが既に調査されている遺跡なのかどうか判別がつかないためだ。
「……い、嫌だ。俺は戻るぞ」
「勝手にすれば?」
「……ッ!?」
全く止めようとしないことに、少年は困惑した顔をシェリーに向ける。
たった2歳しか離れていないはずのシェリーが、どうしてここまで冷静でいられるか理解出来ないのだ。
「一人で帰っても良いけど、駆動鎧は使わないでね」
「俺に死ねって言うのか!?」
「死ぬのは勝手だけど、私達を巻き込まないでって言ってるの」
シェリーはそう吐き捨てると、興味を失ったかのように歩き出す。
少年は後ろを振り返り、他のセルウィーもシェリーと同じ表情をしていることに気付き、大きく舌打ちすると隊列に戻っていった。
シェリーが巻き込むなと言ったのは、一部のグレムリンはマナを探知して人間を探すと言われているからだ。それを逆に利用すると、輝臓を持たないセルウィーは駆動鎧へのエネルギー供給を止めるだけでグレムリンに見つかりにくくなる。
駆動鎧へのエネルギー供給を遮断していても、ただ着ていれば強化プラスチック製の装甲板で拳銃弾くらいは受け止められるが、グレムリン相手ならばあってもなくても変わらない。
「めんど……」
後ろを振り返り、シェリーは小さく呟くと溜息を吐いた。
12歳で徴兵されるまでずっと一人で生きてきたシェリーは親の顔を知らず、物心つく前にどこに住んでいたかもよく覚えていない。
社会的にも身体的にも弱者ではあったがこれまで群れて生きることはなく、とかく彼女は社交性というものが欠如していた。
シェリーは、思考を停止して自分を後ろを歩く仲間達のことを荷物だと認識していた。ファルケの居ない新兵集団など、烏合の衆にすらなれないと分かっているからだ。
――その姿を覗いている者が居ることに、シェリー達は気付いていなかった。
*
「子供……?」
街中に設置されたカメラが、珍しいものを発見した。銃器を携帯した少年少女だ。
「……
画面越しにシェリーを見て呟く
*
シェリーの耳が、遠くから明らかに動物のものでない羽音を拾った。
この時代において羽音を放ち空を舞うモノは、総じて人間側のものではない。
駆動鎧による飛翔技術が開発されたこともあるが、飛翔には大量のマナが放出され、良い的になる。
つまるところ、戦場で動物でない羽音がしたならば、100%
「……何よ、あれ」
シェリーはビルの陰から手鏡を出し、羽音のする大通りに向けた。鏡に映っていたのは、見たことがない形式の飛翔型グレムリンである。
「風船……?」
巨大な風船のようなグレムリンが、海を泳ぐ魚のごとく大通りを浮かんでいた。
どうやって飛んでいるのか、シェリーには分からない。いいや、この世界、この時代においてそれを知っている者など居ないのだ。
それは、かつて飛行船と呼ばれていた。空気より軽い気体を充填した巨大な風船で船体を持ち上げ空を飛ぶ、今から7000年ほど前――旧世界に存在した航空機の一種であった。
超低空を低速で進む飛行船は、ビルの隙間を縫って通れるほどに小さくはない。低空で通れるのは大通りだけだ。
――しかし、飛行船を初めて見たシェリーは、飛行船が高度を上げることが出来るのか判断出来ず、動き出すのがほんの少しだけ遅れた。
結果、腹からわらわらと零れ落ちて来た大量のグレムリンに補足されたシェリー達は、ほとんどの荷物を捨てて逃げることとなったのだ。
「っぷはぁー!!」
ほとんど呼吸をすることなく全力疾走をし、なんとかグレムリンを撒くことが出来たシェリーは、肩で息をしながら後ろを振り返る。
グレムリンから逃げている最中、反撃しようと足を止めた者がまず最初に撃たれて、次に足をもつれさせ転んだ者が轢かれ、その次は駆動鎧にエネルギーを充填した者が集中砲火を受け、もう一人は運悪く空から落下してきたグレムリンに踏まれて潰れた。
後ろにはもう誰も居ない。あっという間にシェリー一人になってしまった。
だが、一人だけグレムリンから逃げ切れたというのも正しくはない。崩れかけた門のようなものを通り過ぎたところで、突然追撃が止まったからだ。
「……これ、何?」
シェリーは足を止め、来た道を振り返る。先程通った門は経年劣化で崩壊し瓦礫が積み重なっており、原型を留めていない。
遠視機能で門の細部を見ようとゴーグルに手を触れると、スリープ状態になっていた翻訳プログラムが起動し、瓦礫の中から言語らしきものを抽出しゴーグルに映し出した。
「
唯一翻訳出来たのが、門の近くにあった複数言語で書かれている看板だ。
朽ちてほとんど読み取れないが、その単語だけが翻訳されゴーグルに表示される。
翻訳プログラム曰く、前時代に使われていた『
「あの門が守ってるからあそこから先にグレムリンが入れないとか、そういうこと……?」
看板の意味は分からないが縄張りのようなものだろうかと、シェリーは結論付けた。
念のため門から離れ、ビルの陰に隠れたシェリーはリュックを下ろし、荷物を確認する。
「残ってるのはクルトの
リュックの中身を見て、大きな溜息が漏れた。
いくらなんでも、未踏破領域を一人で探索出来る装備ではない。それを言えば軽機関銃があっても同じようなものだが、頑張れば小型グレムリンを一人で倒せる軽機関銃はともかく、威力の低い短機関銃で致命傷を与えられるのは人間くらいのものだ。
先程飛行船から降りてきた大量の小型グレムリンすら、シェリーの倍ほどの体躯であった。たとえ一体しか居なかったとしても、撃ち合って勝てるビジョンが浮かばなかった。
「……もう、ファティマも要らないわよね」
逃げている最中、エネルギーパックを放り投げ、囮として使っていた。
マナを見る目がある個体なら釣れると考えたからだ。しかしエネルギーパックを失った以上、駆動鎧はただの強化プラスチック製の板でしかない。
邪魔なものを着続ける気にもなれず脱ぎ捨てると、リュックの底に眠っていた替えの下着で汗を拭く。
「なんか、あっち側に比べると建物の修復機能が優秀みたい……?」
逃げながらなのでそこまでじっくりと周辺を観察していたわけではないが、門のあちら側とこちら側で随分と景観が違って見えることに気が付いた。
まず、あちら側と違って車が走れるほどに整備された大通りがある。崩れたビルはあっても不思議と道に瓦礫が落ちていることはなく、敷地内に瓦礫が重なっているようだ。
こちら側の方が安全だと判断したシェリーは、荷物をまとめて立ち上がった。
「とりあえず……水よね」
濾過装置付きの水筒は持っているので、水たまりでも見つけるか、最悪自分の排泄物から飲料を作ることは不可能でない。
だが、水源を見つけなければ持って一週間程度だろうと、シェリーはこれまでの経験から察していた。
ほとんどのビルはシャッターが閉まっており、簡単には入れなそうにない。銃で鍵を壊せば開けられるかもしれないが、中がグレムリンの巣窟になっている可能性を考え、やめておいた。
1時間ほど歩くと、ようやく都合がいいビルを発見する。
自動修復機能によって綺麗な形を保ち、人より大きなグレムリンにとっては小さすぎるビルで、正面玄関はガラス戸で中の様子が見える。色んな角度から各階の様子を覗いてみたが、中にグレムリンらしき姿は見えなかったので、そこを標的とした。
リュックの中から大怪我した時に使う
シェリーはふぅと小さく息を吐き、割れたガラスを銃床で細かく砕きながら人が通れる隙間を作っていく。手際が良いのは、浮浪児時代に空き巣の手口を学んだことがあるからだ。
ゴーグルを暗視モードに切り替え、ビルに足を踏み入れた。ぱりぱりとガラスを踏み砕く音が、静かなビルに響き渡る。
ほとんどの扉はロックが掛かっており開かないので、試しに奥まったところにある扉の鍵に銃弾を数発プレゼントし蹴破る。――残念ながら、中には机や椅子のような家具はあるが、高値で売れそうなものは何もなかった。
「はぁ……こんな綺麗なのに、何も残されてないこともあるのね。玄関があんなに綺麗だったから、シーカーが入ってるとは思えないけど……」
未踏破領域の探索と遺物の収集を生業とする、シーカーという職業がある。腕に自信のあるセルウィーが徴兵の合間に行う副業のようなものだ。
シーカーは少人数でグループを組んで活動するが、民兵として大人数で行動するよりも遥かに危険だ。それでも奴隷でしかないセルウィーが成り上がることの出来る唯一の職業と言われ、憧れる者も多かった。シェリーはそうではなかったが。
徴兵され一年間生き残れば、国から報酬を貰える。それは大した額ではないが、節約すれば一年間無収入でも生活が出来る程度にはなる。此度が二度目の徴兵となるシェリーは前回の休息期間で安全を選び、一度も都市から出ることはしなかった。
一階には何もなさそうだと判断したシェリーは、非常階段を登って二階に辿り着くと、すぐに扉のない区画を発見した。――トイレだ。
「水っ!!」
トイレの形は、都市にあるものと大体同じだった。都市にあるゴミ溜めのようなトイレと比べると、数十倍綺麗で清潔ではあったが。
「…………まぁ、そんな都合良くはないか」
蛇口をひねっても、タンクを覗いても、そこに水は一滴も入っていなかった。
当然と言えば当然だ。ビル自体が自動修復機能によって昔のままの姿を維持していれど、水道業者は当然廃業している。それでもビル自体が貯水槽を持っていれば或いは、と考えたのだが、残念ながらこのビルはそうではなかったようだ。
「ならもう、他も一緒かなぁ……」
ここを出てシャッターの下りたビルに入ってみるか、それかいっそこのビルを屋上まで登って上から貯水槽のあるビルを探してみるのも良いだろうか。そう考えながら二階の探索を終え、三階に足を踏み入れると――
ビーと大きな警報音が鳴り響き、シェリーは一瞬硬直する。
目の前にあった防火扉がひとりでに閉まり、壁と同化していた背後の扉が勢いよく開かれた。
駆動音が聞こえる。恐る恐るそちらに目を向けると、シェリーより僅かに大きなグレムリンが、のそりと扉から出てくるところであった。
「きゃああああああ!!!!」
幸い動き出したばかりのグレムリンは低速で、モノアイがシェリーの方をじっと見つめているうちに脇を通り抜け、叫びながら階段を駆け下る。
「さ、最悪っ!! まだ何も見つけてないのに!!」
もしかしたら三階が縄張りでそこから降りてこないかも――シェリーの脳裏に浮かんだ淡い期待は、巨大な質量物が階段を滑り降りる音で上書きされた。ごごごごごと床を削るような音を立て、グレムリンがシェリーの後を追ってくる。
シェリーにとって幸いだったのが、そのグレムリンが遺跡で戦っていたような戦闘用でなく治安維持を目的とした個体で、銃火器を装備していなかったことだ。
更に室内で噴射孔を使用出来ないグレムリンの動きは遅く、なんとかシェリーは無傷で玄関から飛び出した。それとほぼ同時に、グレムリンが体当たりで扉を破り外に躍り出る。
「出、て、こないで!!」
片手に構えた短機関銃を乱射する。しかし、治安維持用とはいえ装甲を装備したグレムリンだ。短機関銃の拳銃弾程度では、装甲板に僅かな凹みすら与えることすら出来ず弾かれる。
弾を食らいながらグレムリンが身体を屈めた瞬間、嫌な予感を覚えたシェリーは地面を転がるように飛んだ。
噴射孔による、目にも止まらぬ超加速――シェリーは間一髪で突進から逃れた。
背面噴射孔は出力は大きいが脚部噴射孔と比べて方向転換に向いておらず、突進を回避されたグレムリンは、別のビルに突き刺さって止まった。
「……これだけでぶっ壊れてくれるほど、都合よくはないよね」
ビルに直撃してなお、傷一つないグレムリンが立ち上がり、シェリーの方を向く。
再び屈んで突進のモーションに入った瞬間、グレムリンの首に何かが飛び掛かった。
「い、犬!?」
飛び掛かったのは、シェリーの腰ほどの体高を持つ、四足歩行の犬型グレムリンだ。
シェリーを狙っていた人型グレムリンは、シェリーより犬型の排除を優先したか、頭部モノアイが飛び退った犬型の方を向き、キュルキュルと音を立てる。
「……仲間割れ? それとも縄張り争いとか?」
シェリーは戦う二体から目を逸らさないように少しずつ後退し、呟いた。
人型は銃火器を装備していないが、屋外ならば背面噴射孔を用いて高速機動が行える。両手からはばちばちと音が鳴っており、それが何かは分からないにせよ、触られたらまずいということだけは分かった。
一方犬型はというと、背中に巨大な銃のような形状のレールを装備している。レールから時折銃声にしては軽すぎる音が鳴り、弾丸が射出される。
人型は噴射孔による高速機動で犬型の射撃を回避し突進するが、犬型は細い脚部からは想像の出来ないほどの高さを飛び跳ね、垂直な壁をまるで足場かのようにして立体的に動き、人型から一定の距離を保ったまま、効果の薄そうな射撃を続けている。
「……援護した方が良いの?」
シェリーは手にした短機関銃を見て呟いた。
先程弾倉は交換したが、いつ狙われても逃げられるところまで離れており、短機関銃の射程距離ではない。それに、近づいて援護しようにも、どちらが敵かも分からないのだ。
「犬型が助けてくれたように見えたけど、縄張りに入ってきたから襲っただけにも見える」
シェリーの見間違いでなければ、犬型は人型が突進したビルから出てきたようである。
二体の戦闘は大通りを使って広範囲で繰り広げられているので、最初に遭遇したビルからは随分と離れてしまっている。
犬型が出てきたビルに視線を向けると、人型の突進で砕けた壁はあっという間に修復され、元の形状に戻っていた。自動修復機能おそるべし、である。
「……逃げよっかな」
勝敗がどちらに傾くにせよ、どちらかが勝ったら次はシェリーが襲われる可能性が高い。故に、何も見なかったことにして逃げようかと意識を外に向けた瞬間――
ジュウンと、何かが焼け焦げるような音が響く。慌ててグレムリンの方へ視線を向けると、人型の両手から、腕ほどに長い巨大なブレードが生えていた。ブレードの先端がちょんと地面に触れると、一瞬にして
地面を溶かすほどの超高温ブレード。――そんなものを装備していたのにこれまで使わなかったのは、対象の脅威度が低いと判断していたからだ。故に噴射孔以外の武装を使っていなかったが、それだけでは決着が付かないと判断し、人型は新たな武装を解禁したのである。
「ちょっと……これまずいんじゃない?」
状況が変わり、シェリーの目にも明らかに犬型が不利な状況になる。
人型は速いだけでなく、触れるだけで勝てるほどの武装を解禁している。近距離地上戦特化タイプのようだが、それでも犬型と比べるとスペックの差は歴然だ。
犬型は立体的に動けるといっても、細い四脚には噴射孔(スラスター)を装備しておらず最高速度で劣る。リーチに差があるといっても、弾丸が直撃したところで人型の装甲を凹ませはすれど貫通するほどの威力ではないようだ。
「……がんばれ」
いつしかシェリーは、犬型が自分を守ってくれていると思い込み、応援をするようになってしまっていた。そうして10分にも及ぶ攻防は、意外な形で決着が付く。
「……え?」
幾度となく繰り返された犬型の射撃が、突如として音が繋がるほどの連続で放たれた。機関銃のごとき高密度で放たれた弾丸は人型の脚部を砕き転倒させ、人型が立ち上がろうとしたところ、頭部に再び連射を食らって動かなくなった。
「油断させたってこと……!?」
犬型には連続射撃能力があったが、あえて隙を見せるまで使わなかったようだ
勝ち誇るでもなく、てこてこと近づいてくる犬型への警戒は、シェリーの中から消え失せていた。まごうことなき敵対存在、グレムリンであるにも関わらず、だ。
――その様子を遠くから見守っていた司は、「よし」と小さく呟いたのだった。
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