第3話

――『エラー、管理者が確認出来ません』


――『エラー、管理権限が自動的に解除されます』


――『エラー、管理個体との同期に失敗しました』


――『エラー、物質体マテリアルボディが確認出来ません。仮想体アストラルボディを形成します』


――『エラー、対象が確認出来ません。仮想体に自我を形成します』


――『エラー、自我が確認出来ません』


――『エラー、管理権限の付与に失敗しました』


――『36億7221万2192回目の試行を終了します』





――『認証成功、下位管理権限の自己生成に成功しました』


――『仮想体、個体名戸張とばりつかさを第七級権利者と認定します』


――『以上、41億822万1972回目の試行を終了します』


――『原因究明に向け、尽力して下さい』




『あー、あー、聞こえますかー』


 音響装置から声が響く。若い男の声だ。


『……あ、カメラ壊れてんのか』


 3メートル四方のその機械は、無人の空間で誰も返すことのない声を出す。


 『NSTI-8900モデル』、通称ネスティ――それが遠い昔に付けられたこの機械の名だ。

 管理者を失い、深刻なエラーを吐き続けていたネスティが導き出した結論は、過去に存在していた実在の人物を、高度な計算装置によって再現することであった。

――そうして生まれたのが、下位管理者『戸張司』である。


『つーか、なんで俺なんだろうな……』


 そう声を漏らす司は、ネスティの製造者などでない。ネスティを製造開発していた会社の子会社で、AIの研究をしていた男だ。

 彼はAIに知識を与える前段階で、自身の記憶領域をコンピューター上に転写していた。司の死後作られたネスティがアクセス出来る領域には、偶然その情報が書き込まれていたのだ。


 ネスティが作られた当時の世界は、終焉を迎えつつあった。

 その原因を究明すべく作られたもののうち一つが、人類保全プログラム、『NSTI-8900モデル』である。


『……誰も居ないのか』


 建物のカメラは随分前から機能を停止していたが、ネスティの演算能力を無意識レベルで使える司は、この建物に人間が居ないことを、収音装置から拾う僅かな音だけで認識出来た。


『俺が死んでから、7039年。――そっか、そんなに経ったのか』


 人類世界は、およそ7000年前に滅んだ。その契機となったのは、世界からありとあらゆる電波が失われたあの日。――世界は、唐突に終わりを迎えた。

 突如として襲い掛かる磁気を纏った巨大台風、一斉に繋がらなくなる電話にインターネット、ありとあらゆる電波が干渉を受け、対面しなければ声も届けられない世界が訪れる。

 電波に依存していた数多くの科学文明が機能しなくなったその世界は『喪失世界ロストワールド』と呼ばれるようになり、度重なる世界規模の天災により世界人口は激減し、たった数年で喪失世界以前の0.1%にも満たない数しか生き残らなかったとされている。


 しかし、人類は絶望を受け入れなかった。生き残った人類は、電波に依存しない新たな科学文明を築き上げ、それからも繁栄と滅びを繰り返していく。


『……駄目だな。当時の情報が全然拾えない』


 司がAIの研究をしていたのは、まだ人類が進歩を続けていた喪失世界以前である。

 災害から先は研究どころでなくなったため、喪失世界から一切の情報更新アップデートがされておらず、ネスティの記憶領域にも、司の死後の出来事は関係者のメモ書き程度にしか残されていない。

 人類保全プログラムでありながら、人類が存続しているかも司には分からなかった。

 下位の管理者権限しか持たない司に干渉出来るのは、ビルの中だけだ。第七ネストビルという名の地上27階地下6階立てのビルは、7000年経過してもまだ元の姿を保っている。


『いや、元通りとは言い難いな。人居る前提じゃないっつーか』


 建物に傷はない。管理者無しでも最低限の保全を続けていたネスティによって、建物に貯蔵されていたナノマテリアルを消費しながら自己修復を繰り返していたからだ。

 しかし、机や椅子にパソコン、トイレといった、およそ人間が働くために必要なものは存在しない。ネスティ本体のあるサーバールーム以外は全て、何もない大部屋であった。


『つーか、ナノマテリアルって何だよ……』


 司は、ナノマテリアルなんてものを知らなかった。ネスティが開発したわけでなく、また司の生前に存在しなかったものは、、としか言えないのである。


『ほとんど全ての無機物を再現出来る特異物質――まぁ、便利だから良いけどさー』


 一人で呟きながら監視用ドローンに取り付けられたカメラを起動しビル内を徘徊させていた司は、ふと無意識で行っていた操作に違和感を覚えた。


『あー……、そっか。もう無線でも動くのか』


 喪失世界では、それまで人類を繁栄させていた無線機器の全てが機能を停止していた。だがそれから7000年を数えるこの時代において、電波干渉は存在していないらしい。


『外には――出れないか』


 ビルの外に出そうと動かした監視用ドローンが、外に出た瞬間に機能を停止した。

 どうやらネスティに保存されている無線通信規格は司の幼少期ほどに相当古いもので、ビルの中というかなり狭い範囲でしか通信が出来ないようだ。


『外にも中継器を設置し続ければ、探索範囲が広がるか……?』


 司は状況判断をするため、下準備を整えることとした。

 窓から外を眺めるだけで外の様子など見えるということに気付かなかったのは、司の思考が疑似的に作り出された仮想体だからであろう。

 ネスティが生成したプログラム上の存在でしかない司は、人間らしい思考を行うが、決して人間ではなかった。



『ん? ……なんだあれ。人間か?』


 司がこの世界に再び生まれて数年後、旧世界都市――新宿に、来訪者があった。

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グレムリン 衣太 @knm

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