第2話

「はぁ、はぁ……」


 なんとか合流地点に辿り着いたシェリーら第一小隊は倒れるように座り込むと息を整え、擦り減った体力をゼリー飲料で少しだけ回復させる。

 普段なら気休め程度にしかならないが、限界まで体力と精神を削った今は、合成甘味料のクドさが際立つぬるいゼリーを胃に流し込むだけで休息できるというものだ。


 遠征が始まった数日前に30人いた第一小隊も、いまや7人しか残っていない。前衛が3人、攻撃手が2人、機関銃手マシンガンナーが1人、狙撃手スナイパーが1人だけ。


「それで、ボス、次はどこへ? 私としては他の小隊と合流したほうがいいと思うけど」


 ファルケに指摘された上官は舌打ちをし、空を仰ぐと通信機に電源を入れた。

 今度は広域でなく本部を指定した通信だったので皆のイヤーカフは無音だったが、彼の様子からファルケの言うように他の小隊との合流を選んだことが分かった。


「……ったく、保身のためだからって、私達をこんなに減らしてどうするのよ」


 ファルケはため息交じりに呟くと、上官から離れてシェリー達の休憩場所に近づいてくる。


「保身って?」


 多少は喋る元気のある前衛のディルクが、手ごろな瓦礫に背中を預けたファルケに声をかける。

 戦場での経験はともかくファルケと年齢にそこまで差がないディルクは、戦闘中でなければ小隊のエース様にも気さくに話しかけている。


「自分の小隊だけで目的遂行するのと、小隊を壊滅させて他の小隊への合流を提案するの、どっちが上からの評価が高そうに見える?」


 ディルクはそれに無言で、やれやれといった仕草で返した。


 この小隊にいる正規軍人は、上官ただ一人だけだ。残りは全員が全員民兵であり、徴兵によって無理矢理戦場に駆り出された、哀れな子羊たち――アメルハウザー帝国内で『セルウィー』と呼ばれる、被差別階級の人種である。


 帝国は、武力で周辺国を併合し独立を宣言したその日、体内に輝臓マナポットという臓器を持たない民族全てをセルウィーと認定し迫害を始めた。

 体内燃料であるマナを貯蔵する術を持たない彼らは、帝国領に併合されると同時にそれまで培ってきた地位を失い、奴隷として管理される存在となる。


 ――しかし、今や帝国民の8割はセルウィーである。大国から小さな部族まで残らず併合し続けた結果、あっという間に支配階級の数を上回ってしまったのだ。

 そうしてを減らすための施策が、30年ほど前から始まった徴兵制度。

 セルウィーと認定された全ての帝国民は、12歳の誕生日を迎える年から徴兵され、民兵として一年おきに従軍することが定められた。

 帝国に併合された国々は領土を放棄させられ、住民の居ない都市はあっという間にグレムリンの支配地となった。

 今では、帝国四大都市を残して帝国領土に人類圏は存在しないと言われている。


「ポイントA31で第二第三小隊と合流する」


 上官がそう言うと、セルウィーらの視界に周辺の位置情報と合流地点が表示される。


「第三も?」

「第三のゴミどももグレムリンの襲撃にあって、残りはたった2人だとさ。とっとと準備しろ、すぐに出発するぞ」


 舌打ちしながらそう言う上官に、ファルケは苦笑で返した。


「皆、弾薬は足りてる? ファティマのエネルギーパック残量もちゃんと見ておいてね。30%切ってたら早めに交換するように」


 生き残ったセルウィーらは吸っていたゼリー飲料を放り投げると、手早く補給を行う。

 シェリーはリュックの中に入った弾丸が心もとないことに気付いたが、黙って立ち上がり、近くにある少年の死体――クルトという名で将来は天文学者になりたいと語っていた――からリュックを剥ぎ取り、ついでに銃も回収しておいた。

 クルトの持っていた銃はシェリーの持つ軽機関銃とは弾丸の規格が違うので、弾丸だけを流用することが出来ないためだ。


「……まだ、10ヶ月もあるのに」


 シェリーは小さく呟いたが、それを聞けるクルトは物言わぬ死人であった。

 折角襲撃を生き残ったのに、彼は合流地点の手前で不発弾を踏んでしまったのだ。


「私は先にいくよ」


 シェリーはそう呟くと、空になったリュックを墓標代わりに置いて立ち上がった。


「……良かったの?」


 ファルケがシェリーに問いかける。シェリーの表情は、暗いものではなかった。


「はい」


 皆で帰るという約束は守れない。それは、遠征が始まる前から分かっていたことだ。

 二度目の徴兵で人死にに慣れてしまったシェリーとは異なり、小隊の半数近くは一度目の徴兵となる数えで12歳の少年少女だ。

 彼らは一月ほどの訓練を受けているが、当然、実戦で訓練通りに動ける者は少ない。

 焦って、慌てて、まともに使えないと判断されれば、オペレーターに遠隔操作で身体を動かし戦わされ、必ず命を落とす。

 それまでに戦闘に、命を賭すことに慣れれば、生き残る確率がほんの少しだけ上がる。ゼロが0.1%になるようなものではあるが。


「彼の分も、生きますから」


 シェリーは振り返らない。徴兵一年目を五体満足で生きて帰ることの出来るセルウィーがほとんど居ないことを、シェリーは痛いほど分かっていた。


「慣れるけど、慣れちゃいけないことは分かってるのよ、私も」

「……ファルケさんも、そうなんですね」

「えぇ。私は――」


 何か言おうとしたファルケに、遠くから上官の檄が飛ぶ。


「おいお前ら! くっちゃべってる時間あんなら行くぞ!!」


 ファルケは「はいはい」と面倒くさそうに返すと、シェリーに「まだ今度ね」と告げ、誰よりもたくさんの荷物を抱え歩き出す。


 ファルケの後を、シェリー達は追いかける。死に追われ、必死に逃げるかのように。

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