グレムリン

衣太

第1話

「なんで! なんでよ!!」


 シェリーという名を持つ少女の叫び声が、機械の駆動音と銃声鳴り響く戦場に木霊する。

 つい先程まで、一年間生き残ってやろうと笑っていた子供達は、薄っぺらい強化プラスチック製の駆動鎧パワードスーツごと臓物を飛び散らせて、もう二度と動けなくなった。

 逃げたくても、ファティマと呼ばれる駆動鎧――急所を薄い強化プラスチックの装甲で覆い隠し、肉体の可動域に特殊な信号を送ることで常人以上の膂力を生み出す鎧――は外部オペレーターによる遠隔操作によって肉体を無理矢理に動かし、無意味な戦闘を続行させる。


 シェリーは弾丸飛び交う中、オペレーターに指定された安全地帯へ走り瓦礫に隠れ、銃だけを瓦礫から出して敵に向けた。

 制圧射撃を担当する彼女の持つ軽機関銃からはけたたましい音が鳴り響き、無線通信機と消音装置を兼ねたイヤーカフは、鼓膜を破らない程度に銃声を軽減する。


『接敵! 数は2、上空約700!!』


 シェリーが所属している小隊の生き残りが空に突撃銃を向け、光学レーダーを通して見た敵の存在を皆に伝えると、先の襲撃を生き残ったシェリーら数人に動揺が走った。

 動揺も束の間、ヒュルルという音が聞こえた瞬間、シェリーは慌てて地面を転がるように走る。屋根の形をギリギリ保った瓦礫の下に潜り込むと、先程まで背に預けていた瓦礫が弾け飛んだ。回避が1秒でも遅れていれば、榴弾砲の直撃を受けていたことだろう。


あっぶなっ……!」

 シェリーには、まだ意味のある言葉を漏らす余裕があった。

 彼女の立ち位置は後衛カバーで、手の届く範囲で敵と戦わないといけない前衛フロントマンと比べると、戦場全体を見渡すことの出来る比較的安全な配置だからだ。

 視界の先で、身の丈より大きな盾を構えた前衛が、人の数倍の体躯を持つ巨大戦闘機械――グレムリンの突進を食らって、盾ごと吹き飛んでいった。


 攻撃自体は盾で受け止めていたから、きっと致命傷ではない。じきに戦場に戻ってくるであろう。残る前衛は3人。誰もが泣きそうな顔で、声にならない声を漏らし、逃げ出そうとする身体を無理矢理動かされ戦っている。


『増援は来ないのか!?』


 後方配置のシェリーより更に後方から叫ぶのは、上官のクソ野郎だ。

 彼は正規軍人でありながら、徴兵された民兵を盾に、高価で高威力な対物ライフルを打ち続けていた。


 銃声鳴り響く戦場でその音が聞こえるのは、無線通信機が彼の声を拾っているからだ。返す者のいない声を、クソ野郎は全方位通信で呼びかける。


『黙って! 奴らがまた来るわ!』

 小隊の主力である攻撃手アタッカー突撃銃アサルトライフルでの精密射撃を得意とする女性、ファルケが叫ぶ。

 ファルケは年若く上官より階級は低いが、戦場で戦ってきた時間はここにいる誰よりも長い。

 彼女の罵倒でようやく自分が広域通信をしていることを思い出した上官は慌てて通信を切るが、時すでに遅し。通信を傍受したであろうグレムリンが3体、空から落下してきた。


 シェリーらが戦っている敵――グレムリンは、生物のような思考を持たない。何者かの手によって作り出された無人戦闘機械。

 小さいものでも常人の倍ほどある体躯、強固な金属製の装甲、全身至る所に武器を内臓し、脚部噴射孔スラスターによる加速やホバリングによって戦場を自在に飛び回る、恐ろしき怪物モンスター

 古代遺跡を守る番人。侵入者を撃退する装置。命尽きるまで獲物を追い続ける無機質な狩人。それが、この世界、この時代に、グレムリンと呼ばれる存在だ。


『シェリー! 今マーカーした3体、20秒抑えて!』


 ファルケからの短波通信を受け、シェリーはゴーグルに右手を当てて視界を観測モードに切り替える。熱源探知による観測機能だ。

 ファルケが先程放った弾丸は着弾後に高熱を放つ特殊弾頭で、腹部に弾を受けたグレムリンを3体発見する。


『はい!』


 バックパックに通された弾帯の残量を重みだけで確認し、そちらに銃口を向け引き金を引いた。

 軽機関銃から放たれた高密度の射撃によって、グレムリン3体は僅かに前面装甲を凹ませ、動きを鈍らせる。


 シェリーの思考は、絶望的な状況にあっても単純であった。ファルケに従い、3体抑えるだけで良いからだ。

 羨望の目を向けられていたファルケは、突撃銃を片手で操る。それは彼女の装着している駆動鎧がシェリーの装備しているファティマのような遠隔操作対応の汎用鎧ではなく、完全独立操作型の高機能モデルということもあるが、違いはそれだけはない。


『シェリー、次の2体も同じ!』

『はいっ!!』


 単純な装備の差が実力に直結するならば、ファルケの駆動鎧は、上官のと比べると2桁は安く買える。

 庶民では一生買えないほどの高価な鎧に高価な銃、高価な弾丸を備えた安全な後方から射撃する上官の討伐成績キルスコアは、ファルケとは比べ物にならないほど低い。

 彼女は右手に突撃銃を持つ。左手に握るは、手には余るほどの大きな回転式拳銃リボルバーである。回転式拳銃の銃身は通常のものとは比べ物にならないほど長く、全長は突撃銃とほぼ変わらない。


 単純な構造でありながら、そこから放たれる強大な弾丸は――


 ゴォンと聞きなれた轟音。

 反動でファルケの左腕が跳ねあがり、最も近くに居たグレムリンの頭部が粉々に砕け散り、制御装置を喪失させて機能を停止させた。


「すごい……!」


 声を漏らしたシェリーは、しかし気を緩めたわけではない。射撃を続け、過熱で真っ赤に染まった銃身の残り寿命を考える余裕もあった。

 ファルケは回転式拳銃の弾倉に入った弾を打ち尽くすと、手のひらほどの空薬莢を地面に落とし、腰に付けていた小型弾倉――スピードローダーを使い、器用に片手で再装填を行う。

 誰よりも動き、誰よりも的確な指示を出し、誰よりも敵を倒すファルケは、シェリーにとっては、遠くにある憧れの存在であった。

 此度の遠征でファルケと同じ小隊になれたことが、シェリーの人生において最大の幸運であったろう。――、だが。


『シェリー! マーカー対象変更! 低温感知!』

『は、はい!』


 再びファルケからの短波通信を受け、シェリーは慌ててゴーグルを操作する。

 先程行ったのは基本の熱源探知だが、被弾していない相手を認識するための低温探知に切り替える。

 ゴーグルの視界で、低温を示す薄い青で装甲染めたグレムリンが映る。しかし――


『7体の、どれですか!?』

『全部よ!!』


 無線機越しに命じられた無謀な要請に、シェリーの頬はピクリと痙攣する。

 普段のシェリーならば即座に「無理!」と返すところだが、ファルケの指示に従い生き残っていたシェリーは、そう返すことが出来なかった。

 しかしその逡巡によって、動き出したグレムリンに銃口を向けるのが僅かに遅れる。


『ああああああああ!! だ、誰かッ!!』


 瞬間、前衛の一人がグレムリンの突進を食らって地面を引きずられていった。それが低温探知で青に染まっていたグレムリンであることに気付き――


「あ、あああ、うあああああ!!!」


 叫び声を上げ、シェリーは狙いも定めず軽機関銃の引き金を引いた。

 指示に対し動作が遅れたことに気付いたオペレーターがシェリーの駆動鎧を遠隔操作するのと、シェリーが自分の意思で身体を動かすタイミングが一致したことで、彼女の動きは通常よりも速く、そして正確であった。


 前衛を抱えたまま一瞬で視界から消えたグレムリンを、シェリーは腕だけで追って正確に射撃する。グレムリンは噴射孔に被弾すると急減速し、前衛と一緒に地面に転がっていく。

 それは、軽機関銃に出来る精密射撃ではない。

 シェリーは自分のミスを挽回するため、一瞬だけ超人レベルの射撃を行ったのだ。本人の意思でなく、そして狙って出来る動きでもなかったが、それによって前衛の一人が犠牲にならないで済んだ。


『た、助かった!』


 地面を転がった前衛が、二本の腕と鎧の背中から生える二本の補助アームでグレムリンを組み敷きそう言った。

 しかし、今のシェリーには返答している余裕などなかった。


(一度引き金を引いて出る弾は7発、グレムリンを3秒止めるのは20発必要だから――)


 これ以上後悔しないために、シェリーは思考を止めず、動作を止めない。

 これまでファルケの指示は的確であった。そして、不可能なことは決して言わないと信じていた。ならば、シェリーにはファルケの指示を遂行するだけの能力があるはずだ。


 一秒一秒全て思考に費やし、無意識下で銃弾を放たない。

 残弾数、今止めなければいけない敵の数、自分の動けるエリア、他の仲間が受け持てるグレムリン、その全てを処理しようとした脳が高温を発し鼻血が垂れるが、気にも留めず引き金を引く。


『次来るわよ! ディルクは戻って!』


 前衛の元へ走っていったファルケがそう叫ぶと、グレムリンを組み敷いていた青年――ディルクは飛び跳ねるように起き上がった。

 ディルクが駆け出すと同時に、起き上がったグレムリンにファルケが左の弾丸をぶちこむ。


『ボス! 右前方の陰から来るわ!』

『分かってる!!』


 いつもなら罵倒で返す上官すら、ファルケに従っていた。

 命を賭した状況で最も正しき選択肢を選べるのは、階級が高い者でも、尊き血のもとに生まれた者でもない。

 戦場で誰よりも長く生き、誰よりも多くの仲間を失ってきた者だけだ。


『第二小隊との合流地点が近いから、このままそっちに向かうわよ!』


 ファルケの指揮により、グレムリンは少しずつ数を減らしていく。

 グレムリンを蹴散らしながら崩れた都市の中を進み、小隊の人員を少しずつ減らしながらもなんとか合流地点に辿り着いた頃には、皆は疲労困憊で動けなくなっていた。

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