それからの思い出

私が生き返って1日目__

家に荷物が届きました。

箱を開けると厳重に保管された古びた本が入っていました。

送り元は彼でした。

本と一緒に入っていた手紙には、何やらとても大事な本らしいので私に管理して欲しいというメッセージが書かれていました。

どうやら、記憶を失った自分よりも私の方が信用できるらしいです。


よく分からないですね。



~~


私が生き返って2日目__


彼に会いに行きました。

ですが、彼はもう存在しなくなったようです。

私の顔を見ても何一つ反応しませんでした。

声をかけてもまるで変な子を見るような目で……


思い出すのも辛いです。

ただ分かったのは彼は本当に私のことを綺麗さっぱり忘れているということ。

これが悪魔の言っていた契約というものなのでしょうか。


だとしたら、これほどまでにおぞましいものは無いでしょう。



~~



私が生き返って3日目__


私の前に悪魔が現れました。

昨日、彼に会いに行った事に怒っているようです。

彼がそのまま私のことを思い出してしまったら、私は消えてしまうんだそうです。


なるほど、やはりそういう仕組みでしたか。

終わっていますね。


悪魔の顔など二度と見たくありません。

悪魔は悪魔です。



~~



私が生き返って4日目__

家の中に大量の現金を発見しました。

これはお父様からのプレゼントでしょうか。

これでもう何年もお金に困ることはなさそうです。

そういえば私の扱いや遺産相続とかどうなっているのでしょうか。

……考えるのも面倒です。なるようになるでしょう。



~~



私が生き返って5日目__

何もしませんでした。


一体何をしたら良いのですか?



~~



私が生き返って6日目__

スーパーに食べ物を買いに行きました。

この家は立地が最悪です。



~~



私が生き返って7日目__

今日もまた何もしませんでした。



~~



私が生き返って8日目__

彼にまた会いに行きました。

やっぱり、彼は私のことを何も覚えていないようです。

残念です。


帰り道にあの悪魔がいました。

大喧嘩しました。



~~



私が生き返って9日目__

今日もまた何もしませんでした。

全てにおいて気力が湧きません。



~~



私が生き返って10日目__

今日もまた何もしませんでした。



~~



私が生き返って30日目__

家の電気が止まりました。

困りました。どうしましょうか。



~~



私が生き返って31日__

買い出しから戻ると家が燃えていました。


ふざけるな。



~~



私が生き返って32日目__

生まれて初めて野宿をしました。

私に残っているのは僅かな現金と託された古びた本だけ。

他の全ては家と一緒に燃えました。


どうやら私の家は金持ち一家全員が死亡した空き家として有名らしく、強盗のターゲットになったようです。

なんですかそれ。燃やす必要が本当にありましたか?


もう辛いです。もう十分生きたんじゃないですかね。



~~



私が生き返って32日目__



この白紙の本をクッキー缶に入れて、家の燃えカスの下に埋めました。


ずっと私が持っているよりも安心でしょうか。

これで安心してこの世を去れます。



~~







~~



悪魔に拾われて0日目__



私は自殺に失敗しました。

あの悪魔さんに命を助けられてしまったのです。


悪魔のくせに。



~~


悪魔に拾われて1日目__


ものすごい長い説教をされました。

悪魔のくせに。


なんで私を助けるんですか?と尋ねると、そっぽを向いてしまいました。

色々あって、私はこれからこの悪魔さんの家に暮らすことになりました。


でも悪魔が普通のマンションに住んでいるのはどうなんでしょうか。



~~



悪魔に拾われて3日目__



悪魔のくせに部屋が汚すぎます。

どうやったらここまで汚せるのですか?


なぜペットボトルに飲み物が残ったまま放置することができるんですか?

カップラーメンの汁はちゃんと捨ててください。

あと下着をそのまま地面に置くな。


今日は大掃除をします。



~~



悪魔に拾われて4日目__


信じられません。

一人暮らしをしているというのに一度も料理をしたことがないらしいです。


冷蔵庫の中にカップラーメンが入っているのを見て驚愕しました。


これからは私が料理をします。

あまりやったことはないですが悪魔さんよりはマシでしょう。

これから料理道具を買いに行きます。



~~



悪魔に拾われて5日目__



街で医者のおじさんと出会ってしまいました。


その時の驚きっぷりが本当に笑えました。

だって本当に自分の頬をつねっていたんですよ。そんなの初めて見ましたよ。


まぁ私は幽霊みたいなものですし驚くのも納得です。

事情を説明しようにも悪魔の事は言わない約束ですから、困りました。


こういう時は適当にはぐらかして逃げるにかぎります。



~~



悪魔に拾われて10日目__



そりゃあ、適当にはぐらかして逃げるなんて事が出来ないですよね。

他にも色んな知り合いに発見されてたりして、毎度言い訳するのも厳しくなってきました。


医者のおじさんなんて、もう半分ストーカーですよ。

まぁ心配しているのも分かるんですが。


悪魔さんと相談して、私の死亡をなかったことにすることになりました。


そんなことが本当に出来るんでしょうか?



~~



悪魔に拾われて__もう何日目でしょうか?


私の戸籍が戻ってきました。

正式に私は生き返ったのです。


これで市役所の書類と戦う日々は終わりです。


もちろん色んな事を聞かれましたよ。

あの葬式はなんだったのか。というかそもそも死体があったよね?とか。


でも、全て悪魔さんと一緒に「何も分かりません」で押し通しました。

今の私はコールドスリープから起きたらなぜか死んだことになっている可愛そうな子という設定です。

それ以外の事象はよくわからない不思議な何かが起きたという事になりました。


誰もが納得しない表情をしてましたが、私という存在が生きているという物的証拠は覆せません。


これで私は正式に生き返ったのです。


あと心臓病もなぜか知らないけど治った事になっています。

人間ってゴリ押しされたらなんでも受け入れてしまうんですね。



~~



ある日__



はぁとため息をつくと白い湯気が出ました。

寒い。早く電車が来ないかなと駅のホームで何度もスカスカな時刻表を確認します。


すると誰かが時刻表を確認しにきて、私と同じようにため息をつきます。


心臓が弾けるかと思いました。


彼です。


私はもう会ってはいけない人。

もう二度と関わってはならない人。


冷えきっていた体が急激に熱を取り戻します。

あまりの動悸に頭が一瞬クラっとしました。


彼は記憶を失ったというのに私はまだ諦めてなかったのでしょうか。


話しかけたい。

その強烈な欲望が頭を支配します。


でも……いや……


「……」


人生を取り戻したら、次は自分の彼氏ですよね。


要は私のことを思い出させなきゃ大丈夫なんですよ。


だから私はナンパをすることにします。


なんて声をかけましょうか。

そうですね、当たり障りのない言葉がいいですね。

でも、きっと彼にはそうあってほしい。そんな言葉を。


私は深呼吸をして、彼に話しかけました。


「何かお探しですか?」

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