第20話
「ね、そーまくん」
「うん?」
「ボクお料理覚えようと思うんだけど、付き合ってくれる?」
「え、いや、別に良いけど……、どうした急に」
「いやー……」
カップラーメンを食べ終えてから言う話かと言いたいところだが、ちらり、とスープまで飲み干して空っぽになった器を見てひなたは言う。
「……流石にこんな生活を続けるのは、ちょっと」
「…………まぁ、そうだな」
誰も止めないから諦めてたが、そう言われるとそうなんだよな。
完全栄養食のパンだけならもしかしたら栄養素的には完璧なのかもしれない(完全栄養食つってるし)、しかし、カップラーメンは駄目だ。たぶん何かの栄養が絶望的に足りない。
最初は日本のインスタント食品のレベルの高さに感動していたひなたであったが、そんな生活を続けていると流石に思うこともあったようだ。――俺も数年前にその道を通ったからな。
といっても最低限しか家を出ない俺と違って賄いで外食してくることも多いひなたなので、そこまで頻繁にラーメン食べてるわけではないと思うのだが。
「料理とか、いや俺が言うのもなんだが、誰かに教えて貰わなくても出来るものなのか?」
「うん、ボクのとこも、そーまくんのご両親もお料理しない人でしょ? だからボクらは家庭の味って言われるものを全く知らないわけだけど」
「……そうだな」
「つまりっ、これから家庭の味を作っていけばいいとひなたは思うわけです!」
「お、おー」
がたんと立ち上がり宣誓されるので、とりあえず拍手しといた。ぱちぱちぱちー。
「ほら、これからも一緒に住むわけだしさ、」
「ん?」
「ボクら好みの味を家庭の味ってことにしておけば――」
「……待て、」
「うん?」
「
「…………」
口が滑ったと言わんばかりの顔で、目を逸らし口元を隠すひなた。
……よし、聞かなかったことにするか。
そりゃな、リフォームしてから住む予定っつってんのに隣の家、いっこうにリフォーム始まる気配すらないしな。そりゃ察するよ。ひなた、このままこの家住み続ける気なんじゃねーの、と。口には出さないようにはしてたんだけどな。
「そ、そう、それでね、」
「お、おう」
ひなたも失言と気付いたか、先の発言についてはこれ以上言及するつもりはなさそうだ。
「教えてくれる人をこの家に呼ぼうと思うんだけど、どうかな?」
「……ふむ?」
上目遣いでそう聞かれ、――普通ここで頷かない男はいまい。
ひなたを男だと思ってた時も、実は女だと知った今も、その気持ちは変わらない。
――しかし!
「それ、金かかるだろ」
どんな立場の人を呼ぶのかも分からないが、間違いなく有料だ。それも、高校生バイトのような安い金額でもないはず。
俺は1日1000円、月3万円で生活してる男だ。ひなたはバイトしているが、それでも出費が多すぎるし、ブラジルでもバイトしてなかったってんだからそこまで貯金はないはず。お小遣い大量に貰ってたらバイトなんてしないだろうし。
1日1時間教えてもらうとしたら、もう食費すら残らない。しかし料理を教えてもらうということは食材費までかかって――、いくらあればいいのか、さっぱり分からん。というわけでその案には問題がある。
「あっ、そーまくんは気にしないで良いよ、ボクが出すし」
「つってもお前、バイト代そんな余ってないだろ」
「それはそうだけど、……格安でやってくれる人が居て」
「ん? 知り合いなのか?」
こくり、と頷かれ、「うぅむ……」と首を捻る。
まぁそれが誰かというのは置いといて、そいつが家に来るということはひなたが女ってことがバレることにも繋がるし、まさか学校の奴ではないだろう。
一応数人は気付いてるっぽいが、たかが高校1年生に他人に料理を教えられるほどのスキルがあるとも思えない。
ならば最初からひなたの性別を知ってそうで、料理出来る人――、あれか、バイト先の店長とかか? 結構仲良いっぽいしな。ただあの人は店もあるからそんなに暇はないはず。
……なら誰だ? まぁひなたの交友関係は俺とは比べ物にならないほど広いはずなので、そこを心配するわけでもないが。
「そいつには、女ってことバレても良いんだな?」
「うん」
「……なら止めない。ま、味見くらいなら付き合うから、炭はなるべく早いうちに卒業してもらえると助かる」
「炭にはしないよ!?」
「そ、そうか」
俺はしたんだよな、中学くらいの時。
なんか『鶏肉はいっぱい焼かないといけない』ということだけ知ってて、学校給食で好きだった鳥の照り焼きを作ろうと
「じゃ、あっちの予定も聞いてみるね」
「おう」
カップラーメンのゴミを片し、まだ見ぬ手料理へ思いをはせる――
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