第19話

「……なぁ」


 ひなたとは時間をズラして登校しているので、先に教室に入った俺がスマホで読みかけだった漫画を読んでると、近くの席に座った男子が話しかけてくる。

 名前は――、あぁ、たしか清田だ。清野だったかもしれねえ。


「なんだ」

「これ、なんだけど……」


 スマホで見せられたのは、一枚の写真。あぁ前のクラスグループに貼られてた写真かと思ったら――、違う。ひなたが着てる服で分かるが、これは昨日の夜、散歩に出かけた時に着てた服だ。


「また盗撮されてたのか……」


 気付かなかったな。写真は前より鮮明だ。結構近くで撮られたっぽいが、全く気付かなかった。意識してたつもりだったんだけどな。

 まぁシャッター音が無音だったらスマホ弄ってるだけと写真撮ったのの違いなんて分かんないし、仕方ないんだが。


「……悪い、撮ったのは俺じゃないんだが」

「そうか。それで?」

「この子とは、どんな関係なんだ……?」

「どんなって、知って何がしたいんだ」

「…………」


 何かを言おうとして口を開いた清野が、一瞬視線を外す。向けられた感情は、嫌悪感というより――、恥ずかしい、か?


「つっ、付き合ってないんなら、しょ、紹介してくれないか?」

「…………嫌だ」

「そこをなんとか……、ってやっぱり付き合ってないのか?」

「そうだな」


 一緒に住んではいるけど、付き合ってるわけではないな。


「腕組んだり、手繋いだりしてんのに……?」

「そうだな」

「…………お前インポ?」

「ちげーよ」


 なんなら煩悩とバトル中の写真だよ。


「いやだって、ほら、こんな可愛い子とさ、一緒に居たら、そんな気持ちになるだろ!?」

「…………」


 なるにはなるが、ここで同意したら負けた気がするな。


「ひょっとしてキープしてるんじゃ――」

「人聞きが悪いことを言うな。……幼馴染だよ、

 そう、口にした瞬間。

 「は?」と声が聞こえ、思わずそちらに目をやった。


 ――ひなただ。ちょうど今教室に入ってきて、話が聞こえたのだろう。

 笑顔だが、あぁ分かるぜ。……怒ってんな、これは。


「ねぇ、そーまくん?」


 俺の席の隣に立ったひなたは、笑顔だが確かに圧を掛けながら首を傾げる。


「な、なんだ」

「ただの幼馴染なんだー、へぇー?」

「……ちっ、違うのか?」

「そーまくん的にはそうなんだー、へぇー?」


 圧が、圧が強いッ!!

 これまでクラスに居る時は全く話しかけて来なかったが、なんだ、怒らせたのか!? でも事実だよな!? 幼馴染だよな!? 違うの!?


 清野まで「えっなになに」と困惑してる。こんなひなたを見るのは初めてなのだろう。

 それだけ言うと、ひなたは席に戻り、何事もなかったかのように他のクラスメイトと雑談を始めた。

 して、しばらく――、清野が「あの、さ」と口を開く。


「篝とお前、隣に住んでんだってな」

「……そうだな」


 それ知ってるってことは、朽木はクラスメイトに話したのか。まぁそんくらいは構わんな。


「実はこの子を挟んでの三角関係とか……」

「それはない」


 三角作れねえよ。ひなたとその写真の女、同一人物だもん。図形にならん。完全に直線だ。

 しかし清野はどこか納得出来ない顔で、「だけどなー……」と首を傾げる。


「何にもないんなら、篝あんなキレるか?」

「……やっぱそう思うか」

「あんな篝、初めて見た。いや俺そんな普段から話してねえけど……」

「そうなのか?」

「……ちょっと、なんだ。……カーストがな、違って」

「あー…………」


 カーストねぇ、とひなたの方に視線を向ける。

 そもそも枠組みの中に入れてすらいない俺はクラスカーストがどうなってるかはよく分からないが、ひなたが仲良さそうに話してる男女――あいつらは運動部でコミュ力も高くて人気があって、誰がどう見ても目立つ生徒ばかりだだ。

 その点、清野は別にそうではない。誰とでも話してる様子はあるが、しかしひなたがよく一緒に話してるグループと一緒に行動してる姿は見ない。これがカーストの差というものか。


「ぶっちゃけると俺、あそこの奴らがお前のこと嫌ってんの、どうでもいいと思っててさ」


 小さな声でそう白状した清野に、まぁ、そうだろうな、と感想を覚えた。

 中学から一緒だった奴はともかく、そうでもないなら篠崎のことなんて知ってるはずがない。本当に知らない男女のやりとりで、死んだのも同い年というだけの知らない男。言ってしまえば、篠崎にそこまで興味がある奴なんてそうはいまい。

 ただ、分かりやすく除け者にしやすい設定だったから、そうなっただけ――、そう考えれば、清野のように実はどうでもいいと思ってた生徒も、それなりに多いのかもしれない。カースト上位の奴らが率先して俺を嫌ってる以上あまり表立っては言えないにせよ、だ。


「そんでさ、こんな写真が出回ったの、柳田が有名だったからではあるんだが……」

「……それで?」

「実は案外悪い奴じゃないのかもって、そう思ってる奴も増えてるってことだ」

「…………そうか」


 たかが、写真一枚。美少女と腕を組んで犬の散歩をしてるだけ。

 それなのに、――そうか、そこまで変わるのか。

 清野みたいに、なんで俺が嫌われてるのかもよく分からない奴らにとっては、こういったまっとうな男子高校生らしい姿を見るだけで、意外に思えるのだろう。


「柳田さ、結構近寄りがたいし」

「……そうでもないだろ」

「入学当初は普通だったっけ? あの頃は話してなかったからよく知らねえけど……、まぁ、あんな噂流されて否定もしないと、よく分かんねぇ奴、って思われんのも当然だろ」

「…………」


 それを言われると、痛いな。

 否定しなかったのは荒唐無稽な嘘でもなかったからだし、中学の時に否定しなかった俺が、今更否定するのもな、と斜に構えていたのもある。

 それに、どうせこいつらもすぐに飽きると、そう思っていたのだ。それなのに数か月経っても悪い噂が全然消えないから、そこにはちょっと驚いた。

 だって、どうでもいいだろ。お前らにとって篠崎なんて、同い年の顔も知らない男子でしかない。よくもその話を何度も何度も何度も何度も掘り返せるもんだ。


「結局、さ」

 清野は、ちらちらとひなたの方を見ながら小さな声で言う。


「柳田より目立つ奴が居たら、話題はもうそっちに行くんだよな」

「…………あ、そういうことか」

「うん?」

「いや、……言われてみると、そうだな」


 今更気付いたが最近、悪口を言われていないような気がする。

 顔も名前も知らない男子からも罵倒される生活を何カ月も続けていたせいで慣れてしまっていたが、そういえば、最近そこまで嫌悪の目を向けられている様子はない。


 ――ひなたが居るからだ。

 そりゃそうだよな、よく分かんねえ男子のよく分かんねえ噂より、その場に居る帰国子女の美少女(男だが)(いや男ではないんだが)の話の方が、していて面白い。なるほど、そういうことだったのか。


「……ひなたには感謝だな」

「まぁ、たぶんそのうち昔話なんてする奴居なくなるだろ」

「かな。ま、気長に待ってるよ」

「多分この子のことは結構他の奴にも聞かれると思うが――」

「が?」


 若干言いづらそうに、ちらりとひなたの周りを囲む男女を見て清野は言う。


「…………キープじゃないんなら、とっとと付き合っとけ。今は陸上部くらいしか生では見てないが――、もうちょっとカースト上の奴らの目に付いたら絶対ナンパされるぞ。柳田もあんまりいい気分じゃないだろ」

「……ま、そうだな」

「そういうわけだ。じゃ、今度はその子の名前とかプロフィール、教えてくれ」

「あ、あぁ……」


 そう言うと、清野は他の男子グループのところに行き、「どうだった?」なんて質問責めに合っていた。

 てっきり俺のことかと思ったら、どうやら謎の美少女のことで探りを入れてきたようで――、「また聞いてみるよ」なんて答えてた。

 良い奴だな、あいつ。他の奴ならもっと強引に追及してきてもおかしくないのに、俺が自分から話すのを待つ心づもりのようだ。


(しかし、キープ……か)


 その言葉は、聞いたことがある。『恋人にしないまでもギリギリの関係で留めておく異性』のことだ。

 なるほど、付き合ってないと必死に否定すると、他人からはそう思われるということか。勉強になるな。

 それもこれも、女バレしてからのひなたの距離感がおかしいせいなのだが――、しかし、ひなたの距離感は今におかしくなったわけではない。俺たちは物心つく前から一緒に居たせいで、兄弟同然に育っているのだ。

 普通は小学校、中学校と上がっていくうちに幼馴染はただの隣人になっていくものだが、俺たちはその期間をすっ飛ばしてしまった。

 そのせいで、ひなたの俺に対する距離感も幼稚園生の頃のを引きずっている――そうに違いない。そうじゃないと説明出来ないし。


 自分はこれからどうすればいいのか。

 ひなたとどう向き合っていけばいいのか、そろそろ考えないといけない。


 なぁなぁのままじゃ、絶対駄目だ。――けれど。

 一歩を踏み出す勇気が、なかった。

 相手がひなたでも、気の知れた相手であっても、そこだけは変わらない。


 ――恐れてるんだ、俺は。

 以前の二の舞になるようなことを。

 男女のことなんて、何も分からない。分からないまま楽しく生きていたら、最悪の事態に陥ってしまった。


 だから、――分かるまで、分かるまで、だ。

 いつになるかは分からないけど、その時まで俺は、考え続けよう。

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