第15話
「んー、その話を聞いた感じ、朽木は少なくとも最初から知ってたっぽいな」
二人きりの時に「困ったことはない?」なんて、そんな常日頃から聞くことはないだろう。
ひなたは困ってる時普通に困ってる顔をするし、人に聞くことに躊躇いを覚えるタイプでもない。流石の朽木も、1カ月近くクラスメイトしてたら理解するはずだ。
確かに委員長なんかしていてお節介な女ではあると思うが、だからといって無理に恩を押し付けてくるタイプでもないし、空気が読めないわけでもない。裏事情を知っていたから心配していたんだと考えた方が無難だろう。
「仁部の方は、……どうだろうな。あいつのキャラが掴めないが、男嫌いではあると思う」
「そうなの?」
「あぁ、カラオケに他校の男子が居るって言われて参加拒否ってんの見たことある。いや彼氏とか居て知らない男子と一緒の閉鎖空間に居たくないだけかもしれないが……」
しかし、ギャル仲間が彼氏の悪口とか言ってても仁部の彼氏の話なんて出た記憶はない。
「あと気付いてんのは芳之内くらいか。……まぁあいつは、あれだな」
芳之内つぐみ――弓道部の、真面目系女子。なんか1年にして全国大会出てたとか聞いたことあるな。
一言目が「その胸、痛くないのか」って。透視でもしたのか? でもまぁ、そういえば弓道って胸当てとかするもんな。なんか親近感とかあったのかもしれん。知らんが。
「まだしばらく自分から他のクラスメイトにバラすつもりはないんだよな?」
「うん、まぁそのうちバレるんだろうけど……」
「そう、……だな。だってあと2年持つかって言われたら絶対無理だろ」
話を聞くと、普段トイレは職員室脇の生徒が使わないところを使っており、体育などでの着替えは更衣室を使わず保健室で着替えているらしい。
ほとんどの先生がひなたの事情を知っているから、そのあたりは融通を利かせてくれるんだとか。
「だねぇ。まぁ、いくら鈍感でも半年もしたら気付くでしょと思ってたから、いつかは女子ってカミングアウトしないとなぁとは思ってたよ」
「鈍感? クラスメイトがか?」
「いやそーまくん」
「……俺がかぁー」
いやまぁ、そうだよな。クラスメイトならともかく、俺同じ家で1カ月以上一緒に過ごしてきてんだぜ? なんで気付かねえんだよ。気付け馬鹿。
今思うと怪しいとこかなりあったけど、その時に気付かなきゃ意味がない。言うて一緒に居るって言ってもひなたは割とバイト行ったり遊びに行ったりで家に居ないし、俺も部屋からはあまり出ないので、会話はそこまで多くなかったが。
「そういえば、熱出るのよくあるって聞いたけど、いつからなんだ?」
ちょっとさっきの話を続けている自信がなかったので、露骨に逸らしにかかる。
「んー、物心ついた時には? 幼稚園の頃もよく熱出てたよ」
「…………そうだったのか」
幼稚園時代なんて、ひなたが異常なまでに可愛かったこととプロポーズしたことくらいしか記憶にない。よく一緒に居たけど、何して遊んでたかすら覚えてないな。
「ところで、全部バレたらそーまくんに聞こうと思ってたことがあるんだけど」
「おう」
「あの時の約束は、まだ有効?」
「……あの時?」
「おしえて」
「…………ちょっと待て」
待て、マジで分からん。約束ってなんだ? そんなのしたっけ?
とりあえず浮かぶのは10年以上前にプロポーズした時のことだが――いやあれ3歳とかだよな? 流石にそれは除外でいいだろ。んで、えーと、最近なんか約束したっけな。
あっ、そういえば、ひなたがカラオケで酒飲んじまって、看病してた夜――
――「困ったことあったら、ちゃんと言えよ。出来ることはするから」
あぁ、あれか! あれのことか!?
あれ別にそんな長期間意識した約束のつもりなくて、ただ単純に「汗拭くタオル欲しい」とか「飲み物欲しい」的な要望を受けるつもりだったんだけど、まぁいいか。確かにあの時何も頼まれなかったからな。
1回限りの回数限定というわけでもないが、俺に出来ることをしてやりたいという気持ちは今でもあるし。男のフリするのって大変だろうしな。
「おう、勿論有効だぞ。なんかあるのか?」
「うぅん、今は大丈夫。
いやに具体的だが、確認はよしておこう。
「ん? あぁ、7日だ。……ひなたは、えっと、8月だっけな」
「うん、31日。ボクの方がお姉さんだからね」
「そうかぁ……?」
「じゃ、約束は2年後の12月までお預けってことで」
「あ、あぁ」
急に誕生日って、なんの話だ? 買わせたいものがあるとか? あと実はひなたってこう見えて俺より4か月くらいは上なんだよな。とてもそうは見えねえけど。
幼稚園の頃は身長同じくらいだったと思うが、今となっては20cm近く差がついてる。
俺がスクスク育ったのと、ひなたの身長が中学くらいで止まってるのが原因だろう。まぁ男子にしては低いが、女子からしたら平均以上ではあると思う。
顔は言わずもがな、――胸も、兵器によりはかなりあるんじゃないかな。知らんけど。
何が嬉しいか、俺の答えを聞いて満足したのかひなたは頬を両手で挟むようにして「んふふー」とにまにま笑ってしばらくこちらを見ていた。うわぁ真正面から目が合っちゃう。惚れちゃいそう。俺の幼馴染が可愛すぎる!
ちょっと前までだったら「それ男子もするんだ……」って突っ込んでいたと思うが、いや女子って分かったならあざと可愛い。わざとらしいのに可愛い、おかしいだろ顔面の力がよ。
あとあえて押さえつけてんのか姿勢のせいで偶然そうなってんのか、胸が二の腕で押さえつけられて変形し――――おっと危ない。
「それで、……これから家の中は女の子の格好してていいの?」
「あぁ、学校はともかく、家ん中くらい楽な格好してろよ。まぁ外出るとバレそうだが……」
この家、高校徒歩圏だからな。部活帰りの生徒とかが通りがかるくらいなら全然ありうる。駅前とか特に、同じ高校の制服着てる生徒たむろしてんのよく見るしな。
「案外バレないもんだよ?」
「……そうか、もう外出てたのか」
「うん。
「はぁー……、まぁ、服装かな。女子っぽい服着てたら分からん……か……?」
ちょっと断言出来ない。この美少女、いや男子だと思い込んでた俺が言うのもなんだが、女子の服着ただけで知人が見分けられないもんだろうか。顔が良すぎて分からんか?
少なくとも先日見た、バイト中のひなたは女子っぽい制服――ユニセックスなだけかもしれない――着てたけど別に男に見えたしな。
一緒に住んでるといっても俺はカズの散歩くらいでしか外に出ないし、その間にひなたが何してるのかは全然知らない。前まではリビングのソファで転がって漫画読んでたりしたけど、今リビングは部屋のないひなたが使ってることが多いしな。気遣わせると悪いと思って、部屋をあまり出ないようにしていた。
ひなたのバイトは土日プラス平日もたまに入ってるようで、バイトに行くと夕飯は賄いで食べてくることが多い。バイトがある日は連絡が来るが、ない日もずっとリビングに居るわけではなく、よく買い物や遊びに出掛けているようだ。
誰と遊んでんのかは知らん。彼氏? いや流石にそれはないか。……ないよな? ないと言ってくれ。
中学あたりから家の中で時間を潰すようになったインドア派の俺とは違い、ひなたは結構外出るのが好きなタイプらしい。ブラジルと比べたら日本は安全だから、一人で遊びに行くことも出来るのだろう。まぁ夜遅い日はちょっと心配になるけどな……。
「そーまくんの許可も出たから、明日からのボクを楽しみにしててね」
「……つってもお前、普段あのパジャマだろ」
「まぁそうだけど……」
寒がりなのか、それともまだ日本の気温に慣れてないからか、風呂に入る前であっても寝る前でなくとも、いつも例のもこものパジャマを着てるんだよな。
俺はひなたが居なかった頃は生活リズムがもうちょっと狂ってて風呂入る前に寝落ちすることもあったし、制服のままだと夜のカズの散歩中、見回りしてる先生にばったり出会って「夜遅くに制服で出歩くな」なんて怒られることもあったから、帰ったら速攻部屋着に着替えるようにしてんだが。
「散歩、行くか」
会話のさなか、散歩の気配を察知してか体内時計か、ほんの少しずつ近づいてきたカズが「わふっ」と返事をする。
「……ボクも着いてって良い?」
「あぁ」
「良いの!?」
「……そんな驚くことか?」
身を乗り出してまで驚かれて、逆にこっちが気圧された。
「だ、だってそーまくん、いつも同じ時間に一人で散歩してたから、なんかルーティンでもあるのかなって……」
「ねーよ。しいて言えば散歩行かないとカズが文句言うくらいだ」
ゲームに熱中してて散歩忘れてると階下から吠えられるんだよ。昔は階段駆けあがって来て部屋まで押しかけてきたもんだが。体高あるから普通に家中の扉開けられるんだよこいつ。
確かにアラーム掛けてまで同じ時間に一人で散歩してたらそう思われても仕方ないか。実際はカズの体内時計がかなり正確なだけだが。
「ちょ、ちょっと待ってて!」
「あぁ。着替えんのか?」
流石に制服のまま歩いてると関係を邪推されそうだし、さっき胸潰しのシャツ開けてたから今は体育祭の応援団に入った女子が男子の制服着てる時みたいな、そんな感じになってる。俺はこの時間なら制服のまま散歩してても良いが、ひなたはなぁ。
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