第14話

 仁部春奈は、気付いた。

 遅刻寸前に校門をくぐり、ダッシュで教室に入り、席についた瞬間だ。


 原因は匂い――、だろうか。夜中まで雨が降っていて、湿度が高かったから分かったのだろうか。それとも偶然、明らかにグロッキーなそいつの顔を見たからだろうか。

 ともかく、本人すらも理由が説明出来ないため言語化は出来ないが、気付いてしまった。

 右斜め前の席、――先月、わけわからないタイミングでやってきた外国育ちとかいう転校生の顔が良い男子が、


 常に鞄に入れてる自分のポーチには、多い日用のナプキンと薬が入っていて。

 カレンダーを見た感じ、自分はまだしばらく大丈夫そう。


「ん」


 特に話すつもりもなかったが、野良猫に餌をやるような感覚で、ポーチを押し付けた。説明しないでも感触だけで伝わったか、そいつは目を丸くした。


 ――んで、その日の帰宅寸前。

 ホームルームが終わって、バイトに向かうため席を立った私に、「今朝はありがとう」とそいつがポーチを返してきた。

 時間もなかったし、話すこともなかったので、「別に」とだけ返して受け取って、そのまま学校を出た。


 家に帰ってから見てみると、ナプキンは3枚減っていた。その代わりに、お詫びのつもりか1000円札が入っていたので、ありがたく頂戴する。

 別に金が欲しかったわけじゃないが、返すという発想はなかった。



 朽木琴乃は、知っていた。

 学級委員であり、編入生の情報を誰よりも先に教えられていたからだ。


「あっ、女子なんだ。ブラジル育ちの日本人……どんな子なのかしら。そういえばサンパウロには日本人街があるんだっけ」


 しかし、年明け。クラスに編入生が来ることになったとホームルームで担任教師が説明した時、疑問に思った。普通、分かってたら男子か女子か言うものじゃないのか、と。

 だって、私は名簿を見たから知っている。女の子だ。しかし、名前も性別も告げなかった。生徒の質問にも、「どうだろうな」なんてはぐらかして。


 そして、彼女が私たちの前に顔を見せた、その日。


 驚天動地。私は自分の目を疑った。――彼女が、男子の制服を着ていたからだ。

 名前も顔も、たしかに男女どちらとも取れる。髪は長いけれど、それより日本人にはありえない綺麗な金髪の方に目が行って、外国人なら髪長い男子くらい居るかな、と思えてしまう。


 だが、服装が男子のものというだけで、あぁも自然に男子として扱われるものなのかと、私はしばらく不思議に思っていた。

 ふつうの人間は、相手を内面でなく外見で見分ける。だからだろうか、最初から女ということを知っている私と、男だと思い込んでるクラスメイト達は、彼女への意識が違っていた。


 もし、篝ひなたが女子ということを、皆が最初から知っていたら。

 男子はもっと積極的なアプローチに出ただろう。女子は、――どうだろう。可愛すぎる子は嫌われるなんて話もあるし、今のは異性と思っているからの優しさの可能性もある。

 とはいえ積極的に交際を迫っている様子もないので、まだ高嶺の花というか、可愛いお人形さんのような扱い方をされていた印象であった。外国育ちで、外国人みたいに綺麗な髪や顔をしているからだろう。


 そういえばカラオケで、彼女が間違って配膳されたお酒を飲んでしまった時。

 ――柳田くんが迎えに来てくれた時、私は心底ほっとしたのだ。

それは、すべてを知った上で助けてあげられる人が、彼女にも居たんだという事実に。

 私は、だったから。


 彼女がどういう覚悟で男子として学校に通っているか、それが分からなかったし、聞く勇気もなかったから、一歩引いた目線でしか見れていなかった。

 本当の王子様ってのは、きっとこうやって、大勢から祝福されることはないんだろうななんて、思っちゃったりなんかして。

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