第13話
「うし、話せ」
学校に居る間もずっと聞きたかったが、――流石に話しかけることは出来なかったので、帰って早々、ダイニングの椅子に座って向かい合う。
「はーい。っていうか、もう理由はほとんど説明しちゃってるんだけど」
「……どういうことだ? 俺の昔のアカウント見てたってだけだろ?」
「うん」
「……それとどうして、ひなたが男装してることに繋がるんだ」
「女って知ってたら、たぶんそーまくん、ボクが居候するの断ったでしょ」
「…………いや、まぁ、どうだろうな」
そう言われてみると、考えてもいなかった。
どちらの両親も知った上でこの同居を許しているというのだから、あとは俺個人の問題だ。
メンタルが完全にやられていたあの頃、同じ提案を、――それもひなたが女ということを知った上でされたら、どう返しただろう。
照れ隠しとか、そういうのじゃなく。素で断っていたかもしれない。女なんかと一緒に暮らす気はない、と。
「そもそもの話をするとだな、……幼稚園の頃俺は、ひなたを女だと思ってた」
「だよね」
「んで、中学入ってから写真見て、うわ男だったのかよってなって――」
「うん」
「……知ってたのか」
「うん」
「…………そうか」
まぁたぶん、あの時の俺かなり混乱してたと思うから、父さんとかに口滑らせたんだろうな。そんでそれが父親経由でひなたにも伝わり、この計画を練った、と。
「だからまぁ、断ったかは分からんが、女って知ってりゃ難色は示しただろうな。年頃の男女を一緒に住ますなくらいは言ったと思う」
タイミングが悪かった。ひなたが日本に帰ってくるという話を聞いたときは、ちょうど全部が終わった後で、俺が一番荒んでいた時期であろう。
そんな時に、幼馴染の女子と一緒の家で暮らせと言われたら、喜ぶ前に断ったに違いない。
「……ボクはそーまくんとなら一緒に住んでも良いと思ったし、でも女だったらそーまくんが嫌がるかもって思って、そういえばまだ男って勘違いしてたみたいだしそれならいっそ、……って感じかな。伝わる?」
「伝わる。伝わるが、理解は出来ん。それがどうして男装して学校通うとこまで覚悟決まるんだよ」
周囲に性別を隠すなど、並大抵の努力では済まないだろう。
学生の身分において、男女の扱いは均一ではない。体育だって男女別だし、他の行事であっても男は男、女は女として扱われる。ジェンダー平等が謳われるようになって久しいが、そんなの学生にとっては女でもスラックスが履けるとかそんな程度でしかなく――
しかし、気付いてしまった。
そう、校則上、女子でもスラックスは履ける。
――つまり、
そして、初めて会った者が男子の制服を着ていれば、ちょっと女子っぽくても大抵の奴はそいつを男だと認識する。
スラックスを履いてる女子は同級生にも数名見るが、みな上着は女子のセーラー服を着ている。上着まで男子と同じ学ランの女子は、そういえば一人も居ない。――ひなたを除いて。
「先生は、知ってんのか」
「うん、でもしばらくは男の格好で学校通いますって言って、許可も貰ってるよ」
「…………そうだったのか。じゃあ、体育とかが男子と一緒なのは?」
着替えの時どうしてたかまでは覚えていないが、少なくとも体育の時間、男子チームに所属していたことだけは覚えている。
最後にやってたのはハンドボールだったかな、俺も班分けされてひなたと同じチームに入っていたが特に何もしなかった。嫌われ者のぼっちが行き過ぎると声すら掛けられないから、教師の目から逃れる程度で充分なので実は割と楽だ。
「男子の制服着ますって伝えた時、学年主任の先生だったかな? 男女どっちで扱えば良いのかって聞かれたから、男子でお願いしますって伝えてあって。理由とか、特に聞かれなかったよ。……若干可哀想な子を見る目で見られはしたけど」
「……まぁ、そうだろうな」
特例で単位ギリギリの途中入学を受け入れたと思ったら、同性愛者とか、トランスジェンダーとか、まぁそういった、教師にとってはクソどうでもいいことを意識しないといけなくなったわけだ。正直、そういうのはまだ日本人には難しい。
親身になるのが正しいかどうかも分からず、結局、本人の言うがまま男子として扱って、女子ということを公にはしていない、と。――そういうことだろう。
「んで実際のとこ、どうなんだ」
「どうって?」
「とどのつまり俺のためだった、ってことだろ。でももうバレた以上、その格好続ける意味もないんじゃないか?」
「…………でもなぁ」
しかし、ひなたの反応は予想と違った。「そうだよね」くらい言うと思ってたのに、若干困った様子で首を傾げるのだ。
「そーまくん、中学の時の写真見てボクのこと男の子だって思ったんでしょ?」
「……あぁ。男子と一緒に居て、男子と同じ服着てたからな」
「それ、合ってるよ。ボクあっちでも男の子として振舞ってたし」
「そうなのか!?」
えっ、なら俺が勘違いしたのは正しかったってことか!?
写真の姿をはっきり覚えてないけど、女子が男子の真ん中に居るようには見えなかったことだけは間違いない。男子と女子でグループ分けされた上で、男子の方に居たはずだ。だから勘違いしたのだから。
「サンパウロって、日本と比べると犯罪発生率超高いんだよね。500倍くらいだったかな」
「いや高すぎるだろ!?」
「だよねぇ、それに銃携帯してる人も多いから、ちょっとした喧嘩ですぐ銃声聞こえるしね。ボクも何度か向けられたことあるよ。流石に当たったことはないけど……」
撃たれたことはあるんかい。でもそういえばブラジルは治安悪いとか聞いたことあるな。
「強姦――、いや性犯罪全般かな。当たり前だけどそれも日本とは比べ物にならないほど多くて。あっちは男の子も強姦されがちだけど、流石に女子よりは少ないからさ」
「……自衛ってことか?」
「そういうことー。お金持ち、白人色のアジア人って、もうホント、あっちじゃ最悪のコンボなんだよ。そうなると男の子として扱って貰った方が多少は襲われづらいんだよね。胸もさ、ここまでおっきくなってきたのは中学入ってからだし、小学生ならユニセックスな服着てるだけでもバレないしね」
むにむにと、自分の胸を揉むモーションをされる。――馬鹿またご立派様が生まれるだろその動きをやめろッ!! はい口には出しません。見たいは見たいので。
「……キツくないのか、それ」
「ぶっちゃけると、結構痛いかな」
「……そうか。家ん中くらいは外しといて良いぞ」
「いいの? じゃ、お言葉に甘えて――」
「今って意味じゃなくてだなぁ!?」
当たり前のようにシャツの中に手突っ込んで慣れた手つきでジッパーを下ろすと、――ぐわんと、突如シャツがはちきれんばかりに膨らんだ。
いやこのサイズのを隠してるって、人体すげえな。その肉普段どこに行ってんだ? 潰したら無になるわけじゃないだろ。
「胸圧迫してるとさ、肺が圧迫されるからちょっと息しづらくて」
「かなり辛くねえか」
「でも、呼吸浅くなるデメリットを考慮した上でも運動する時は付けてた方が楽なんだよねぇ……。これ、揺れるとかなり痛いからさ」
「そ、そうなのか」
どんなリアクションすればいいのか分からん。男子だと思い込んでた時代なら笑って流せたと思うが、冗談なのか本気なのか、突っ込み待ちなのかも分からんぞ。
――なんて考えてると、俺の視線に気付いたひなたが自分の胸をむに、と揉む。
(うおぉ……?)
固い胸潰しシャツ越しだった、先程までとは違う。指が、凹んだのだ。そこに風船なんかより柔らかい、なんかわらび餅的な何かが詰まってることだけは分かってしまい――――
スキル『血流操作』ッ! ――脳内に瀬戸内寂聴を召喚ッ!!
「えっち」
「不可抗力だ」
よし、耐えた。俺は偉い。
「まぁ良いけど」
「良いのか!?」
「えっ、うん。揉む?」
「馬鹿にすんな。そんな度胸はねえ」
「はっきり言うなぁ」
少しだけ嬉しそうに、あははと笑うひなたを見て。
――どうしてこいつを男だと思い込んでたのかと、過去の自分をぶん殴りたくなる。
どう見ても美少女だっつーの。この美少女が服装だけで男に見えることあるかよ。……あったんだよなぁ、先入観って怖いな。たぶんクラスの男子も同じだと思う。
あとさっき揉むって答えたら揉ませてくれたのか? いや確認はやめておこう。どっちで返されても怖い。
「あっ、でもクラスの女子の数人は気付いてるよ」
「そうなのか?」
「うん、どうしてだろ?」
「えーと、バレてることに気付いたってのは、……どうしてそれが分かったんだ?」
「最初に気付いたのは朽木さん、その次が
「よし待て! その話はたぶん俺が聞いちゃダメな話だ!!!!」
慌てて制止する。デリケートな話を普通に話そうとするんじゃねえ。っていうか、そうだよな。男子の格好してようが身体は女子なんだから、女の日くらい来るよな。
もしかしてあれか、先週だか、三日くらい家でしかめっ面して会話の反応にラグがある日あったよな。機嫌でも悪いのかとあんまり話しかけなかったけど、あれか? あの日か?
「でも仁部、……仁部か」
「仁部さんがどうかしたの? 結構優しいよ?」
「そうなのか? クラスの連中とも話してないように見えてたが」
「あー、……そーまくんとは違うけど、クラスではちょっと孤立気味だよね」
「だな。俺とは違うが」
ひなたが編入してきて以降は外見だけではあまり目立たなくなったが、クラスで一番髪が明るくて、クラスで一番化粧が濃い、ネイルなんて箸持てるのかってくらい長い派手な女子。言葉を変えるとギャル――それが仁部というクラスメイトだ。下の名前は忘れた
他クラスのギャル仲間とはつるんでいるようだが、クラスメイトとは全く話さない、ちょっと変わった立ち位置だ。
なんか今朝だか、友達にカラオケ誘われてたよな。最初は乗り気だったのに他校の男子が居るって聞いた瞬間に「ならパス」って断ってたと記憶している。別に興味があったわけではないが、席が隣だから自然に耳に入ってくるのだ。
だから、そんな仁部がひなたに話しかけていたということだけで、まぁ驚きである。
「あの日結構多い日だったから朝からグロッキーだったんだけど――」
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