第10話
そんな昔話を掻い摘みながら話しているうちに、家に到着した。
ひなたは、ずっと黙って俺の話を聞いていた。
そして、リビングのソファに座って、カズを撫でながら――呟いた。
「……やっぱりそれ、どう考えても冤罪じゃない?」
「かも、しれん」
「どうしてそれ、皆に言わなかったの?」
「どうしてだろうなぁ……」
あの時、噂を否定しようとは思わなかったのだ。
もしかしたら、全力で噂を否定し続けていればこんなことにはならなかったかもしれない。向田とはマックで駄弁ってただけだと、そう説明すれば良かった。
でも、結局俺はそれを出来なかった。――篠崎のことだけじゃない、向田のことも、ずっと信じていたから。しかし少なくとも向田がイブの日には何もなかったと説明するべきだっただろうと気付いたのは――、全てが終わってからの話だが。
あれ以来、女は信用ならんと考えるようになった。何かのダシにされたのだ。それも、信じていた女から。
「……向田さんと篠崎くんは、ずっと仲良かったんだよね、たまに喧嘩はする程度で」
「あぁ、そうだな」
「ってことは、あれかなぁ、単純に嫉妬を煽っただけのつもりだったのかも? それが思ったより大事になっちゃって……って感じ」
「嫉妬?」
「篠崎くんにもっと好きになってもらうために、いや、ひょっとしたら大事に思われてるのを再確認したかったか――、めんどくさいけど、女子って割とそんな風に動くんだよ。好きな子にあえて冷たくするとか、男子もするでしょ?」
「まぁ、あるか……? 詳しいな、流石モテ男」
「……ひょっとしてそーまくん、あんまり気にしてない?」
「まぁ、ぶっちゃけな」
確かに、折角人間関係がリセットされた高校生活が、また友達ゼロの真っ暗闇に落ちたのは辛いっちゃ辛い。でも、篠崎のお陰で一人で過ごす趣味は出来たしな。
――きっと俺達は、一つだけ間違えたのだ。
俺は、動けなかった。
篠崎は、聞けなかった。
向田は、煽ってしまった。
取り返しのつかないことをした三人は、一蓮托生――。この感情を、後悔を、最後まで墓まで持っていくしかないのだから。
「それに今は、ひなたも居るしな」
「……ボク?」
「話し相手。この話、したのお前が初めてだったんだよ」
「…………お父さんとお母さんには何も相談しなかったの?」
首を振った。――してないし、する機会もなかった。
ほとんど家に帰ってこない二人は、俺にとって相談相手には成り得ない。そりゃカズくらいには愚痴ったが、こいつ話聞いても返事とかはしないしな。「フスゥ……」くらいだ。あんまりワンとは言わん。
「まぁ、話してちょっとはスッキリした。ただ向田のことはな。まぁ、煽ったって言われてようやく納得も出来たが、前からそんな雰囲気もあったからな。本人も大して悪気なかったんじゃねえかな」
「……えらいね、そーまくん」
「そうでもねえ。チキンなだけだよ」
こうして話し相手が一人でも居れば、きっとすべては変わっていたのだろう。
篠崎の家に押しかけて、膝付き合わせて腹割って話せば良かった。――でも、しなかった。だからこの話は、もうこれで終わりなのだ。
「うーん……ボクの口から皆に説明しても良いけど、やっぱ完全に部外者だとね」
「あぁ、気にすんな。別にクラスに話し相手居なくても困らねえし」
「本当に?」
椅子に腰かけ、テーブルに肩肘ついた俺を、ソファから頭だけ倒してひなたは聞く。
心配している顔、――ではない。だから、正直に答えよう。
「あぁ。考えてみると、俺は一人の方が向いてるのかもしれん」
「昔はそうじゃなかったと思うけど……」
「昔? って幼稚園の頃だろ? ……覚えてんのか?」
いやだって、男だと知らなかった幼馴染にプロポーズとか、恥ずかしすぎて死ぬ。なんならそれを口外された方が社会的に辛い。
「うーん、あんまり? でもそーまくん、結構みんなと遊んでたと思うよ。上の子とも下の子とも。だから、元から内向的だったわけじゃないんじゃないかなぁ」
「……そうか。そんくらいしか覚えてないか。良かった」
「何が良かったの……?」
よし、セーフ。この雰囲気なら大丈夫そうだな!
たぶんプロポーズ覚えてたら、ここで吹き出すとか笑うとかなんかしらの反応したはずだ。
真面目な顔してるし、覚えてないだろう。まぁ何度も言ったわけでもないし、雰囲気あったわけでもないからな。記憶は定かではないが、夜になっても迎えが来ない子達が一部屋に集められてて、そん時にこっそり言ったような気がする。忘れてんなら良かった。
「ま、まぁ、本当に気にすんな。全部今更どうしようもない過去の話だ」
どっちの話もな!!
「……そーまくんがそれでいいなら、いいや。ところで向田さんって、下の名前『うみ』だったりしない?」
「えっ、そうだが、なんで知ってんだ?」
「SNS、本名でやってるみたい。ほらこれ」
スマホを渡してきたので、受け取ってみる。
――大学生の彼氏と冬休みにハワイに行ってきたと、大はしゃぎしてる写真が大量に上げられていた。その顔は、化粧のせいか中学時代とは随分違って明るい女子高生のものとなっていたが、――面影はある。
「……楽しそうで良かったよ」
「あれっ、そういう反応?」
「ん? どんな反応するのが正解なんだ?」
「や、もうちょっと、なんだろう……、いや、その方がそーまくんらしいかな」
納得したように頷いたひなたに、スマホは返しておいた。
二度と会わない奴のSNSなんて、そんなしっかり見るもんでもないしな。それにこういう場合、ずっと病んでて死にたいとか連呼してる裏垢が出てきた方が困ってしまう。そんなの簡単に見つかるとも思えんが。
「そーまくんはSNS、なんかやってないの?」
「やってるけど……」
「おしえて」
「つってもなぁ」
ほれ、とスマホでアカウントを開き手渡す。別に恥ずかしいものでもないからな。ゲームとかアニメとか漫画とか、そういうのの話してるくらいだ。
当たり前だが、クラスメイトとか、学校の知り合いは一人もフォローしていない。
「……なんか、思ったより普通だね」
「普通で悪かったな」
「この、よく話してる人は?」
「前からやってるソシャゲのギルドマスターだよ」
「女の人?」
「会ったこともないから知らん」
どうしてそんなことを聞くのか分からんが、真面目な顔で聞いてくる。
普段の食生活からして独身男性じゃねえかな、と思ってるが、実際のところどうかは分からん。まぁラーメンチャーハンストロングゼロくらいしか口にしてない成人女性や妻帯者が居たら流石にビビるぞ。
「…………男の人っぽく見えるね」
「そうか。まぁ会う気はないからどっちでもいい」
オフ会みたいなイベント、行く気もないしな。別に誰かと会おうなんて話をしたこともないし、オフラインイベントが開催されるほど人気なゲームでもない。精々がポップアップストアくらいだ。ショップの催事スペース使ってグッズとか売るやつ。
――しっかし、何が面白いのかひなたは俺のスマホを全然返してくれず、じっと画面を見つめている。そんな見ても別に面白いことは言ってないんだがな。
スマホが返ってきたのは、それから10分ほど経ってからだった。鍵垢なわけでもないし、自分のスマホで見れば良いことに気付いたようだ。人の過去の発言遡んの、何が面白いんかね。
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