第9話
――店を出て、静かに歩く。
あたりは真っ暗だ。きっともう少し、1カ月くらい前まではイルミネーションで飾られていた街だと思うのだが、この時期はあまり目につかない。
ほとんど会話もないまま、電車に乗り。来た時とは違って流石に座れるほどではなかったので、そのまま30分ほど、静かに電車に揺られる。
ようやく最寄り駅に降り立ったところで、ひなたが口を開いた。
「えっと、そーまくん」
「どうした?」
「……今日のボク、どう思った?」
「どうって、……いや、めっちゃ可愛かったぞ。看板娘ってやつだな」
――娘じゃねえが。正直に伝えると、にへらぁ、と表情が緩んだ。
帰り道も電車に乗ってる時もちょっとだけ不安そうな顔をしていたが、もうその不安は感じてなさそうだ。突然バイト姿を見られて恥ずかしかったのかなと思ってたが、そうでもなさそうだし。
「これで女なら絶対惚れてたんだが」
「……でもそーまくん、気になる女の人居るんでしょ?」
「あー、でもなぁ……」
確かに、居る。
――けど、どうしてだろう。初めて会った時は数日夢に見るほどだったが、最近はそうではない。むしろ最近見る夢は、ひなたと一緒に暮らしてる夢とか、なんかひなたと二人で子育てしてる夢とか、そういう荒唐無稽なものが多いんだ。
いやどっちが産んでんだよってツッコミは毎朝自分にすることになるが、どうしてか夢の中だと違和感ないんだよな。
「……今は別に、恋愛とかは良いかな」
「そうなの?」
「あぁ。……もうそういうのに関わるのは、こりごりなんだよ」
「…………」
静かになったひなたを見ると、どこか、思い悩むような顔である。そんな変なこと言ったつもりはないんだが、俺の高校生活を見てるひなたなら察せそうなものだが。
幸い、転校してからひなたが高校で話しかけてくることはほとんどない。
俺の悪口――というか過去の所業を教えられているのかそうでないのかは本人に聞いてみないことには分からないが、俺を嫌う者が多い男子のことだ。初日からそんな話をしていても驚けない。
ひなたの歓迎会で色々あって以降、若干俺を見る目が変わった者もいたが――、それは大体が女子なので、男子からの評価は底辺のままだ。
まぁ、悪口を言われるだけだ。暴力を振るわれたり、何かを捨てられたりといった直接的な被害はない。つーか流石にそれされたら反撃するぞ。お前らに直接何かしたわけでもないのにそっちがやってくんなら、こっちだって覚悟を決める。
担任は黙認しているし、それどころか面談の時に「お前も中学の時は色々あったんだろうが、高校では大人しくしろよな」なんて、噂を完全に信じて、逆に俺を諭すようなことを言ってきたので、もうあの大人に期待するのはやめた。
結局、俺が耐えればすべてが収まるのだ。だから頼むから、耐えられる範囲にしてくれ。
「そーまくんってさ」
「どうした?」
「…………これ、聞いていいことか分かんないんだけど」
「勿体ぶるな。何だよ」
「篠崎
――そんなことを考えていたからだろう。
ひなたの口から出たそいつの名は、――一生忘れない親友の名だった。
篠崎遠矢。小学校に入ってすぐ仲良くなった、明るい男だった。
誰とも楽しく遊ぶけど、一番好きなのはゲームやアニメ。中学に入るとラノベや漫画にも手を出すようになったが、よくいる陰気なオタクではなく、とにかく明るく、誰とも遊べる、太陽みたいな奴。
そいつと、そいつの幼馴染の向田(むかいだ)海(うみ)という女生徒と一緒に遊ぶことが、俺は本当に多かった。小学校から中学にかけて、数えられないほど一緒に遊んだ。
時折向田と二人で遊ぶこともあったが、――まぁ、そんな時も大体出てくるのは篠崎の話だ。軽い愚痴というか、幼馴染特有の距離感の二人だったので、悪態を吐き合うのもよくあった。俺はそんな二人の間に入って、どっちからも相談されたりして、まぁ、良い関係だったと思う。
――二人が付き合ってることを知ったのは、全てが終わってからだった。
まだ、はっきりと覚えている。
12月25日。――中学3年、2学期最後の日。
学校に登校すると、俺を見るクラスメイトの目が、明らかにいつもと違っていた。
その頃の俺は、今と違ってクラスメイトに嫌われていたわけではない。比較的仲いい奴も居たし、篠崎ほどではないが、男子女子問わず誰とでも喋っていたと思う。
何があったのか分からないまま席に着くと、いつも俺より早く登校しているはずの篠崎の姿がない。どうしてかとメッセージを送ると、――ブロックされていた。
分からない。意味が分からなかった。どうして突然ブロックされたのか、心当たりすらなかったからだ。
慌てて、いつもより遅れて(いつもは篠崎と一緒に来るので)登校してきた向田を呼び止めると、――突然泣きだしてどこかへ走っていった。
意味が分からず、立ち尽くす俺。――それを見ていたクラスメイトの女子が、「サイテー」と呟いたのを、今でもたまに夢に見る。
ホームルームが始まっても、向田は教室に帰ってこなかった。篠崎も、登校しない。
針のむしろのような目でクラスメイトから見られていることに、流石の俺も気付いていた。でも、何も心当たりがなかったので、誰にも何も言えなかった。
相談しようにも、いつも話してる男子すら俺を避ける。――その日は結局何も分からないまま終業式を迎え、2学期が終わった。
冬休みに入ると、急に連絡がつかなくなった篠崎の家に行ってみようかとも思った。でも、どうしてだろう。――行く勇気が、なかったのだ。
向田にはブロックされているわけではなかったが、どんなメッセージを送っても既読がつくだけで、いっこうに返事が返ってこない。
――そして、相談する相手など一人も居ないまま、3学期の始業式を迎えた日。
ホームルームで担任から教えられたのは、俺の世界が一変するほどの、大事件で。
「先日、クラスメイトの篠崎遠矢君が亡くなりました」
驚きと、困惑と、すべての感情が混ざり合った結果、俺の口から漏れた声は「は?」という短い言葉。
――分からない。何も分からない。なんであいつが死んだんだ。どうしてあいつが死んだんだ。何一つ分からないまま、呆然と一日を過ごす。
そして、下校時刻。
一人の男子生徒が、呆然と座る俺の後頭部に、わざと鞄をぶつけて、呟いた。「人殺し」、と。
――反射的に、動いてしまった。
そいつが、少し前までは――2学期が終わるまではよく話していた、一緒にカラオケに行ったこともある男子だったから。
痛みを感じる間もなく、そいつの腕を抑えて、俺は言った。「どういうことなんだ」――と。
不思議そうな顔で俺を見たそいつは、俺が本当に何も分かっていないのをようやく察したのか、ぽつぽつと、知っていることや噂話について教えてくれた。
「向田のこと寝取ったって、マジなの?」
「は? 誰が?」
「お前が」
「…………なんで? つーか、いや、どこからそんな話が出てきたんだ?」
その時まで俺は、二人が付き合っていたことすら知らなかった。仲のいい幼馴染としか思っていなかったのだ。察しが悪すぎる。
「クリスマスイブ。向田と一緒に居たんだろ」
「……夜だけだ。急にマックに呼ばれて、3時間くらい話してただけだよ」
「え? マジで?」
頷いて、答えた。「マジだよ」、と。
どうやらそいつ曰く、向田と篠崎の二人は付き合っていて、クリスマスイブの夜に予定を入れていたらしい。でもどうしてかその日、向田と夜を過ごしたのは篠崎ではなく俺だった。
あの夜、俺が篠崎から向田を奪ったことになっているらしく、12月25日のクラスメイトの様子はそれが原因だったようだ。
――そして、親友に恋人を寝取られた篠崎が自殺したなんて、そんな噂が年明けから出回っているんだとか。
篠崎の死因は本当に自殺だったのか、その噂がどこまで本当なのか、今でも分からない。
少なくとも俺が向田と寝たという事実はないのだが、イブの夜を過ごした部分は事実。しかし向田はあれ以来、どうしてか俺と一言も話そうとしないし、近づくだけで逃げていく。
俺が向田に近づこうとすると、他の女子たちが慌てて間に挟まって、向田が逃げる時間を稼ぐ有様だ。完全に、俺が悪役である。
――結局、俺は何も分からないまま中学を卒業した。あれから向田とは一言も話せず、一度だけ篠崎の家を訪ねようとしたが、勇気がなくて、それまでだった。
だがそれでも高校に入ってから、しばらくは平穏だった。しかし、どこからだろう。俺と中学が同じだった奴が、中学時代の噂話を漏らしてしまったのか。あっという間に俺は孤立し、そして、今に至る。
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