第7話

「うおっ、雨!?」


 土曜日のこと。昼前にカズの散歩をしていたら、突然の土砂降りに襲われた。

 天気予報は曇りから小雨だったはず――、慌てて家に帰ると、かなり広い範囲でゲリラ豪雨になっていることを知った。

 幸いスマホは防水対応で水没しなかったが、そういえば家出たばっかのひなたは大丈夫なのか――と心配になってメッセージを送ると、しばらくしてから『びしょぬれだよー』と返信。返信出来たということはスマホは死ななかったのだろう。確か防水スマホじゃなかったし。

 しかしこれからバイトなのにどうするんだと聞いてみたが、『制服はロッカーにしまってたから大丈夫』とのこと。しかし帰りはどうしようもないので、その時になったら考えるらしい。


(迎えくらい行くか……?)


 しかし、そもそも勤務先が分からない。あとひなたの私服はほとんどが隣の家にあるので、鍵を持ってない俺じゃ入れもしない。

 だからといってびしょぬれの服を着せて電車に乗って帰るのは可哀想だ。それなら流石に服くらい買うかなとも思うのだが、これから仕事で夜までと言っていたから、売ってる店が開いてるかも分からない。


 ――と、まぁしばらく悩みはしたが、20分くらいかけてカズのドライヤーを終えた頃にはすっかり忘れていた。

 それを思い出したのは、18時を回ってそろそろ夕飯をどうしようか悩んでいた時――知らない番号から着信があってからだ。無視しようと思ったが俺の番号を知ってる人もそんな居ないよなと、出てみる。


『こちら、そーまくんの携帯電話でいいのかな?』

「えっと、……すみませんどなたですか?」

『私ねー、んと、君んとこのひなた君の雇用主。履歴書の緊急連絡先にこの番号があってね。今日お迎え来れたりしない?』

「出来なくはないですけど……、なんかあったんですか」

『いやさ、ひなた君濡れた服のまま帰るとか言うから。私の服じゃサイズ合わないし、乾燥機も出来ない服みたいで。お迎え来てくれたら夕飯くらいは奢るよ』

「行きます」


 即答である。タダ飯を逃す男子高校生は、そうはいまい。

 まぁ電車代を考えると微妙にタダ飯ではないだろうが――、しかし教えてもらった店の場所はそこまで遠くない。検索してみると、電車片道320円の距離だ。640円でオシャレなカフェで夕飯が食えると思えば、トータルでは得が上回ると思う。どうせ予定もなかったしな。


 というわけで、早速準備である。

 ひなたが近場のお出掛け用(遠方のお出掛け用もあるのか)として使ってる服が客間のハンガーラックに掛けられていたことを知っていたので、それと母さんのコートをひっつかんで家を出る。

 そういえば下着を忘れたなと家を出てから気付いたが、よくよく考えてみると、どこにひなたの下着が保管されているのかなんて知らない。毎日風呂入るたびに隣家に取りに帰ったりはしてないので、家の中のどこかにあると思うのだが。


 柳田家は年中、たとえ真夏であっても洗濯物を外に干す習慣はなく、洗濯全て全自動洗濯乾燥機に任せているので、誰の服が洗濯されてるのかよく分からないのだ。

 なお洗濯カゴを満タンにした人がすべてを洗濯機にぶち込んで回すというローカルルールがある。ちなみに収納は各自で乾燥終わったものの中から自分のものを引っ張り出す仕組みだ。


「雨は、……もう止んでるか」


 流石にあんな豪雨が続くことはなかったか、外に出てみると地面は若干乾き始めている。

 それでも、いやだからこそ、こんなところをびしょぬれコーデで歩いてたら結構目立つだろう。電車乗るなら特にな。


 欲しいものはほとんど通販で買う生活をしているので、久方ぶりに電車に揺られる。通勤時間でもないので、車内はすかすかだ。

 そういえば、と先程電話で知らされた店の名前を検索してみる。


(はー、こういう系か……)


 和カフェ、と呼ばれるジャンルの店らしい。確かにオシャレだ。

 残念ながら店員の写真とかは出なかったが、クチコミを眺めていると、直近のものに「金髪の店員さんが超可愛かった。リピ確定」なんて書かれてるので、恐らくひなたのことだろう。たぶんこれ書いたの男だな。女だったらカッコいいって書くはずだし。


(分かる、分かるよ……)


 顔も知らないクチコミ投稿者(名は『御座候』だ。明らかにおっさん)の気持ちは痛いほど分かるので、うんうんと頷く。ひなたみたいな中性的な奴が、カフェ店員みたいな男女兼用な制服着たら本当に男にも女にも見えるはずだ。

 俺だって、風呂上がりのしっとりひなた〔もこもこパジャマ〕を初めて見た時は自分ちに突然金髪美少女が現れたのかと思って「誰!?」って叫んじゃったしな。


 滅多に来ない大きな駅で降り、普段見ない大量の人波に流されるよう駅を出る。地図アプリに従ってしばらく歩いていると、――あった、あの店だ。

 看板娘(男だ)の影響で大混雑! ――なんてことはなく、時間も時間なので普通に空いてる。服を届けに来たわけだがとりあえず正面から入るべきだよなと扉を開くと、からんころんと鈴が鳴る。

 和カフェなだけあって、古民家を改造した――な店内だ。というのは、外観は普通にビルの1階だったからな。あえてそれっぽく壁材とかに古い木材を使っているのだろう。よく分からんが拘り抜いた感じがするな。


 店内を見回すと、なるほどこういう、という和柄な服を着た金髪美少女が、一人で4人テーブルを使っている大柄な男性と喋っていた。金髪と和柄な服がなんともミスマッチで、なんとなくメイド喫茶のようにも思える光景である。


「ん?」


 ――どうしてだろう。その子を見た俺は、最近たまに家の近くで会うあの美少女に似てるように感じたのだ。

 しかし目の色が違うから、気のせいのはず。ただ髪は同じような金髪だし、長さも肩までくらいあって、ちょうど同じくらいの長さで――


「って、もしかしてひなたか?」

「えっ、そーまくん!? どうしたの急に!?」


 困惑したひなたは、あわわ、と手にしていたトレイを放り投げる。――俺を客だと思って近づいてきた他の店員さん(ひなたと似た服を着てる、大人の女の人だ)が空中でキャッチ。反射神経すげえ。


「……店長さんに呼ばれてきた。ほら服」

「あっ、ありがとう……亀崎(きさき)さん!?」


 ひなたがぐるりと振り返り、先程トレイを空中キャッチした人に呼びかけると、「だってさー」と電話口と同じような、少しダラけた口調でひなたを見た。


「看板娘に風邪ひかれたら、こっちとしても困っちゃうんだよねぇ」

「……30分くらいですし、大丈夫ですよ」

「私が心配なの。いいじゃんほら、彼氏くん来てくれたし」

「彼氏じゃないですよ!?」

「えー、一緒に暮らしてんなら似たようなもんでしょー?」


 なんて混ざりづらい話をしてんだよ。完全に女子の会話だ。先程までひなたと喋ってた常連っぽい男性が「えっ」と声を漏らし、ひなたの方を見て、次に俺を見たので首を横に振っておいた。彼氏じゃないです。つーかそれ男です。


 ――しかし、なんだろう。こうしてみると本当に美少女だな。

 いつも流してる髪が、少し内巻きに巻かれているからだろうか。オシャレだな、よく知らんが。例の美少女と似たような編み込みが左右に二つ作られてて、可愛い。

 制服がユニセックスなのもあって、女子に見えるのも仕方ない。――っていうかユニセックスつっても男子店員一人も居ないから、男女共通なのかも分からないんだが。エプロンがスカートっぽくなってるし、これはひょっとしたら普通に女子制服なのでは――いや流石にそんなの着せられそうになったらひなたでも拒否るか。


「…………似合ってる?」

 くるりと回って、若干頬を赤くして聞いてくるので、秒速で頷いた。

「似合ってる似合ってる」

「……なら良かった」


 ほっとした様子のひなたは、テーブルの片付けを終えると俺を席に案内する。

 ――なんというか、所作まで女子っぽい。女っぽい服を着ているからだろうか。バイト経験とかないはずなのに、なんでここまでそれっぽく見えるんだろう。

 高校生バイトなんてもうちょっと、やらされてる感出るもんじゃないのか? 少なくともファストフード店とかコンビニ、ファミレスだとそうだぞ。


「彼氏くん、結構食べる方?」

「彼氏じゃないですけど、まぁ、そうですね。あるだけ食べます」

「はいはーい。ちょっと待っててねー」


 そう言って店長さん――名前は亀崎だったか、は厨房へ引っ込んでいった。あれっ、ひょっとして店員二人だけ?

 ところで、19時を回っているがほとんど来客はないようだ。普通の飲食店ならここからが書き入れ時なのでは、と思って店内を見回すと、メニュー表の拍子に料理のラストオーダーが18時半と書かれていた。なるほど、元から夜営業は考慮されていない店なのか。

 奢って貰えるという話だったので特に何かを注文するつもりはなかったが、仕事中のひなたに話しかけるのもあれなのでメニュー表を開く。


 和カフェということもあり、全体的に和風なメニューが多いようだ。

 とはいえ店内のショーケースには洋風のケーキが並んでいたりするので、普通のカフェとしても使えそうではある。店内に居る他のお客さんも、もう俺が入店した時点では食事を終えていたようだが、今はのんびりお茶を飲んだりケーキをつついたりしている。

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