第2話
「は、はじめましてっ、ボクは篝(かがり)ひなたです。先月までブラジルに居たので、日本語変だったらごめんなさい、これから3年間、よろしくお願いしますっ!」
そんな転校生の挨拶を、後ろの座席からぼうっと眺めていた。
こういう時、ラノベなら金髪碧眼の美少女が転校してきてなんやかなんや好かれてラブコメが始まったりするんだろうか。残念ながらここはラノベの世界じゃないので、そいつは男だ。
しかし、――どうだろう。外国の血が入っていることもあってか、そいつは異常なほど顔が整っていた。
宝塚の男役――いやあれは化粧が濃いから違うか。ちょっと的確な表現が浮かばない。服装によって男にも女にも見える、というのが正確だろうか。男というより、中性に近い。
肩は男子にしては長く、肩程まである薄い金髪。
肌は薄く白く、目は青い。まるで日本人とは思えないその姿に、男子は見惚れ、女子は小さく声を漏らした。
いつも韓流アイドルとかの動画見てキャーキャー言ってるような奴らでも、この距離でマジの美形に会うと叫び声とか出ないんだな。意外だ。
担任から簡単な説明をされ、ホームルームが終わると、転校生はあっという間にクラスメイトたちに囲まれた。
(……髪、あんな白かったっけ)
しかし俺が思い浮かべたのは、そんなことだった。
――そう、俺はこいつを、篝ひなたを知っている。だって、
「そ、そーまくん!」
「……ん」
「……ひ、久し振り」
「久し振り」
なるべくそちらを見ないように、返事をする。
ぶっきらぼうに、興味なさそうに、肩肘をついて。
――悪いな。でも、こうするしかないんだ。
「は? なんで柳田?」「知り合い?」「もったいねー」「最悪」
クラスの男子が、口々にそんな言葉を漏らす。
だって、こうなるのが分かっていたから。
せめてクラスが違えば、関わらずに済んだはずなのに。
俺の態度から察したか、挨拶だけすると、ひなたは自分の席に戻っていった。
俺とひなたは、所謂幼馴染というやつだ。
とはいえ、昔から一緒に育ってきたわけではない。幼稚園が一緒で、家が隣で、父親同士が小学校から大学までずっと一緒なほど仲良くて、昔から家族ぐるみで遊んでいただけ。
ひなたは小学1年生の時に親の仕事の都合で転校――というかブラジルに飛んで行ったから、それから一度も会うことはなかった。
ずっと連絡も取り合っていなかったが、高校に入る前だったか、急に親から教えられたのだ。家族で帰国してひなたは日本の高校に通うらしいぞ、と。
そして、何故か俺と同じ高校に通うことになった。
というのも、俺は人生で一度も引っ越しておらず、隣の家――篝家も賃貸でなく持ち家で、日本を離れている間も売却とかはしていなかったので、海外赴任を終えて帰ってきたら当然その家に住むことになる。
そこでもうじきあちらの中学を卒業するひなたの高校はどうする、という話になったが、家から一番近い高校に俺が通っていることを知って、じゃあ同じ高校に入ったらどうだ――と親同士の話し合いで勝手に決まり、こうなった、というわけ。
――止めたかった。けど、止めるには、両親に伝えないといけないことがあって。
俺は、それを話せなかった。だから連絡先を聞いて、ひなたに直接伝えたのだ。
「俺、中学で色々あって高校でもクソ嫌われてるから、あんまり話しかけない方が良いぞ」、と。
ほとんど説明を濁したが、なんとか最後は頷いてくれた。
同じクラスになったのは、本当に偶然だ。冬休み明け、登校初日に担任から転校生が来ると知らされた時には、名前を聞く前からそれがひなたということが分かって頭を抱えたものだ。こんな時期に他の転校生が来るはずもない。
篝家と柳田家は親同士が仲良いと言っても、子供同士である俺達の関係は、ただの幼馴染でしかない。一緒に居た期間なんて幼稚園から小1までだぞ?
しかしはっきり覚えていることがある。
――俺は、ひなたにプロポーズをしたことがあるのだ。
いつもピンクとか、明るい色の服を着て、金髪で、髪が長くてさらさらで、お人形みたいだった幼稚園生の頃のひなたを、俺はずっと女の子だと思っていた。
「大きくなったら結婚しよう」なんてテンプレみたいなプロポーズをしたあの日のことを、俺はまだはっきり覚えている。
あの時の返事はたしか、顔を赤くしてそっぽ向かれ、「うん」と小さく返されたんだっけ。
――そんなひなたが女の子ではなかったと知ったのは、別れてしばらくしてから。
中学に入って、ある日。「ひなたもあっちの学校に入ったらしいぞ、ほら」と父が見せてくれた写真を見て、俺は言葉を失った。
ひなたが、男子の格好をしていたからだ。
それまでずっと女子だと思っていたひなたは、男子と同じようなズボンを履いて、男子のグループの中心に映っていた。数年ぶりに写真を見ても、かつての面影を感じられる顔つきではあったが――、性別に関しては、違う。
ブラジルって日本みたいなかっちりした制服ないんだなと思ったのは、その衝撃からしばらく経ってからだった。
(やっぱ、人気者だなぁ)
昔から、――幼稚園児だった頃から、ひなたは人気だった。男にも、女にも。
お人形みたいに整った顔立ちは、成長しても変わらない。なんなら色気が増したようにも感じる。男子の制服を着ていようが、男装の麗人にしか見えるほどに。
結局一時限目が始まるまで質問責めにあったひなたは、少々疲れた様子だったが、――それから俺に話しかけてくることはなかった。話し相手には困らないだろうしな。
それで良いんだ。きっとそのうち、皆も気にしなくなるだろう。
金髪美形の転校生。
ただの、幼馴染。
ただの、隣人。
それ以上でも以下でもない。だから、この話はこれでおしまい。
――その、はずだった。
はずだったんだ。
授業が終わり、いつも通り部室で小一時間ほど時間を潰し、家に帰るまでは。
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