第6話 ドナーカード。
あおいの部屋の掃除をしていたら、献血のカードが出て来た。あおいは献血が好きで、定期的に行っていた。
「献血すると健康になるんだって。知ってた?」
嘘つけと思ったけれど、実際はどうなんだろう。ただ、献血したあとにもらえる選べる粗品的なものが、よくあおいと被っていて、さすが夫婦と思ったのを思い出す。
それにしても、福祉や社会貢献に関心があったあおいが亡くなって、付き合いで連れて行かれていた俺が生き残っているというのも皮肉なもんだよな。
すると、ドナーナードが床に落ちた。献血カードと重なっていたらしい。
たしか、献血センターでもらって一緒に記入したやつだ。
ドナーカードでは、提供の条件を、脳死や心臓停止などから選ぶことができる。
中を見ると、脳死が選ばれていて、ほとんどの項目で提供を希望するという内容になっていた。
「あおいらしいなぁ」
そう思う反面、俺は一つの疑問がわいた。
あおいは伝染病で亡くなったから、ドナーとい話は出てこなかった。だけれど、たとえば、あれが事故死による脳死で心臓は動いていた場合、俺は、あおいの意思を尊重できたのだろうか。
独身の頃の俺は、本人が希望しているんだから、突然そうさせるべきだと思っていた。
正直、それに反対して拒む親族の気持ちはよく分からなかった。
でも、それは。
今にして思えば、おれはそんなに寛容な人間だったのではなく、単に、どこか他人事で深く考えていなかっただけなのだと思う。
だけれど、俺は、実際に結婚して、子供もできて。以前とは、感じ方が少し変わった。
だから、今の俺は。
いくら本人が望んでいたとしても、拒んでしまいそうだ。少なくとも、かなり悩むだろう。
それは、臓器を提供するドナーのことを考えて……ということではなくて、もっと、身勝手な……、独占欲に近い感覚だ。
たとえ亡くなってしまったとしても、あおいはあおいのままで1秒でも長く俺の近くにいて欲しいのだ。
ドナーになっても、外見上は、綺麗に整えてくれるとは思うが、それでも、心臓をとられ、眼球がとられ。あれもコレもとられ、そんな妻の姿は、俺には耐え難いことだったのではないか。
提供しなかったら生き返る訳でもないし、臓器は有効に活用された方が、社会全体の利益になることは、頭では理解できる。
でも、俺には無理だっただろうな。
「あおいは立派だよな。ほんと、俺とは不釣り合い……」
ふと、ドナーカードの下の方にテープが貼ってあることに気づいた。
なんだこれ。
おれはテープを剥がしてみた。
すると、特記欄というところに、あおいの手書きの文字が書いてあった。
『ただし、心臓だけは主人と子供だけへの提供を希望します』
……。
「あおいらしくないなあ」
でも。
でも。
きっと、あおいにとって心臓は命の象徴だっだのだろう。
それを俺と茜だけに提供してくれると言っている。それは、あおいらしくなくて、でも、なんだか少しだけ嬉しかった。
「……久しぶりに、献血にでもいこうかな」
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