第4話 一等賞の金メダル。


 風邪もだいぶ良くなり、また片付けを再開した。今日はあおいと茜(あかね)の部屋を片付けている。


 今年のはじめまでは、この部屋は、おれの寝室でもあったから、普通に俺のものも置いてある。今日は、小物入れにしていた収納ボックスを片付けることにした。


 ボックスの中には、家電の説明書や、ちゃんと目を通していない請求書、自治体からの補助金の申請書などがバラバラに入っていた。補助金は子供関連のものが多く、今更、目を通す気も起きなかったので、表題だけみて捨てていく。


 どんどん箱の底に近づいていくにつれ、自分でも入れたことすら忘れてるものが出てくるようになった。


 茜の保育園でもらったイベントの写真や、父の日でもらった工作が出てきた。懐かしくて、その都度、手がとまってしまう。


 「おれ…‥、これもらって、アカネにちゃんとお礼いったのかな」


 もちろん、ありがとうとは言っているだろう。しかし、この箱に整理されずに入っていることを考えると、『また来年も貰える』と思って、心のどこかで軽んじていたのではないか。


 考えているうちに、どんどん自信がなくなって、ちゃんと感謝を伝えていなかったのではないかと不安になった。


 俺は、茜にとって良い父だったのだろうか。茜の行事と仕事がブッキングすることも多く、仕事を優先したことも度々あった。


 茜は保育園の年中さんだった。


 あかねの短い人生の中では、きっと、どの行事も新鮮で感動的でキラキラしていたハズだ。「来年でもいい」なんて行事は、一つだってありやしないのに、俺は……。


 「はぁ」


 俺は箱の底に手を突っ込んだ。

 すると、今度は、紙で出来た金メダルが出てきた。


 「これ、茜とあおいで作ってくれたヤツだ」

 よりによって、一番、奥に入れてるなんて。


 

 これをもらった日は、茜の運動会だった。

 最初から参加すると約束していたのだが、どうしても外せない仕事の予定が入ってしまって、それが終わってから運動会にいったのだ。


 俺がついた時には、茜が出る競技は全て終わってしまっていて、残るは保護者競技だけだった。


 保護者競技は、それぞれの親がベルトにリボンを結び、時間内でリボンを奪い合うというものだった。


 おれは茜とあおいに応援されて、スーツに革靴のまま出場した。


 「パパ、がんばって!!」


 「おう、任せとけ!!」


 だが、革靴でまともに走れるはずもなく、競技開始三十秒ほどで、俺のリボンはあっけなく奪われてしまった。革靴で走り回ってる保護者は俺1人で、しかも一番最初の脱落者だった。


 それを見た茜は号泣してしまった。


 悔しかったのかな。

 悲しかったのかな。

 ……恥ずかしかったのかな。


 おれはあの時、茜の気持ちが分からなくて、ただただ茜を慰めたのだった。


 そして、運動会のあと、家に帰ると、俺もなんだか疲れてしまい凹んでいた。すると、あかねとあおいが、この手作りメダルをくれた。


 あの時の茜の顔は、ハッキリ覚えている。

 両手でメダルをもって、綺麗な三日月のような口をして、嬉しそうに笑っていた。


 「はい。パパが一等賞だよっ」

 


 でも、結局、あれが最後の運動会になってしまった。今思えば、仕事なんて後回しにしてでも行くべきだった。


 おれは、がらんどうの部屋を眺める。



 「パパ、ぜんぜん一等賞のお父さんじゃなかったよ」


 俺はあの時もらった金メダルを、裏返しにして床に置いた。



 その日は、無性に3人でまた一緒に寝たくて、あおいと茜の部屋で寝ることにした。


 あの時のまま手付かずのベッドに潜り込むと、あおいと茜の匂いがすることに気づいた。


 この匂いも、これからどんどん薄くなって、近いうちになくなってしまうのだろう。


 俺は、忘れたくなくて、あおいと茜のまくらを顔に押し付けて、ずっと匂いを嗅いでいた。


 すると、いつのまにか寝てしまったらしく、夢を見た。


 このベッドで3人で寝ている夢。

 夢の中のベッドは、陽だまりのような暖かくて、お日様の匂いがした。俺たちは川の字になって寝ていた。左手は茜、右手は茜のうえをまたいで、あおいと繋いでいる。


 俺とあおいが手を繋いでいることに気づいた茜は、笑って言った。


 「パパ、ママとラブラブだね!!」


 

 そこで夢は覚めた。

 

 俺は上半身を起こした。

 右をみて左を見る。


 でも、あおいも茜もいなかった。

 ベッドは陽だまりのようではなくて、固い板のように冷たかった。


 「2人に会いたいよ」

 あおいと茜に会いたい。


 俺は子供のように泣いた。


 もう一度だけ。

 もう一度会えるなら、ここで人生が終わっても構わない。


 そう思った。 


 でも、2人には会えないし、俺の時間はこれからも続いていく。


 絶望的な気持ちになって、床を見た。

  

 「あれ、これ裏返したハズじゃ……」


 すると、なぜか、昨日、裏返したハズの金メダルが表になっていた。メダルの表にはこう書いてある。


 「パパはいつも一等賞」


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る