第三章 ヤンキー令嬢と強面公爵

3-1


 しきに帰宅すると、クリスタ姉様に「おさそいを受けたのなら事後に手紙を送るのよ」と教えられた。失礼のないようにとくぎすのも忘れなかった。


(果たし合いだったとはいえ、おごってもらったのは事実だからな……ここは大人しく感謝の手紙を書いておこう)


 しみのような手紙にはならないよう、食事が美味おいしかったことと次の観劇が楽しみだという内容をつづって送った。


「おじょうさま。本日はいかがでしたか?」


 ミーシャがきょうしんしんといったひとみで私を見てくる。


「え? ……まぁ、別につうだったよ」

くわしくお聞きしたいです! なんてったって、お嬢様が出かけられるだなんてめっにないことではありませんか!」


 興奮気味に近付いてきたミーシャに、何もなかったと伝えたものの、全然なっとくしてくれなかった。ドーラもレベッカも気になるようで、その様子を静観││ というよりは、話してほしいという圧を感じ取っていた。


(詳しく聞きたいって言われてもな……話せるのは果たし合いしたことだけだぞ? いき

なりくうの友人と遊んだ話作れるほど知識ねぇしな……)


 じょは三人もいるため、うそを並べればすぐにバレるだろう。それなら、本当のことを話して、協力してもらえるように立ち回る方がきちだ。


「……姉様には絶対ないしょだぞ?」


 様子をうかがうように、ミーシャ、ドーラおよびレベッカを見つめた。

 もちろんだと言わんばかりの力強いうなずきをもらうとしょうさいを話した。


「お相手があのれいこくこうしゃく様!?」

「しーっ! 声がでかいぞミーシャ!」


 人差し指を口の前に持ってきながら、声の音量を落とすよう伝える。

 三人の侍女は、私が同性の友人ではなく、公爵様と会っていたことを聞いて目を見開いていた。おどろかせてすまないと思いながら、けんを売られたけいと今日の食事会のことを話した。


「まさかお嬢様が公爵様とそんな展開に……でも、貴族男性が女性にごそうするのは当たり前のことかと思いますが」

「いや、喧嘩を売った相手に女も男も関係ない。これは私の負けなんだ……」


 ミーシャ達には喧嘩のルールが理解できなかったようで、三人とも首をかしげていた。


「……でも、不思議ですね。公爵様はそもそもなぜお嬢様に喧嘩を売ったのでしょう?」

「それは私ににらみ返されたのが気に食わなかったからじゃないか」


 公爵様は、最初はビビらせるつもりで睨んだだけで、喧嘩を売る気まではなかったのだろう。けれども、社交界デビューしたてのむすめに睨み返され、おまけにげられたのであれば、気に入らないと感じてもおかしくはない。


「わざわざ誘いの手紙を送って、自分が負かしたお嬢様を観劇にまで誘ったりしますか?」

「確かに負けた、けどそれは今回のあくりょく勝負においての話だ」

「「握力勝負……」」


 何だそれはという表情でこちらを見つめるドーラとレベッカの視線がいささか気になったものの、私は話を続けた。


「握力勝負だけじゃ、男が女に勝ったとは言えない、かっこうが付かないと考えたんだろう。公爵様はきっと力だけじゃなくて、貴族として私を社会的にさつしようとしている」

「抹殺って……ただ睨まれただけでそこまでしますかね……?」

「だって冷酷と言われる公爵様だぞ? しゅくじょなら当たり前にたしなんでいる観劇で私をためそうとしているのが、いいしょうだ。この勝負で負けたら、私は姉様にどんな仕打ちを受けるか……」

「お嬢様、こわがる相手が公爵様じゃなくなっていますよ」


 ミーシャのっ込みに目をぱちぱちとさせると、ははっと笑ってごまかした。

 今後もへいおんな人生を過ごすためにも、ここで問題を起こして生きづらくなるわけにはいかない。下手したら一生屋敷から出してもらえない可能性もある。

 そもそもこのまま負け続けるのは、性格上絶対許せない。


「今度こそ、絶対められないように相手を負かしてやる!」

「観劇の勝ち負けって……?」

「そんなものはありませんよお嬢様」

「ドーラさんに同意です」


 首を傾げたミーシャと、私の考えに首をるドーラとレベッカ。


「いやあるさ。要するに私は、淑女としてかんぺきに立ち振るって、向こうの知らない観劇の話でもして『参りました』って言わせればいいんだ! まあ、その知識はこれから覚えることになるけど……私ならできる!!」

「わかりました。お嬢様は公爵様と観劇に行かれるということですね。承知いたしました。私どもも、せんえつながら全力でお嬢様をお助けいたします」


「ドーラ……あぁ、たのんだ!!」


 少し前までは否定的な様子かと思ったが、さすがドーラだ。付き合いが長いこともあって、私の考えをしゅんに理解しってくれた。

 他二人の侍女も、間はあったものの、力になると宣言してくれた。


(やっぱり話してみるもんだな! これなら相当心強いぞ!!)


 しゅうかくがあった私は、うきうきで一日の終わりを過ごすのだった。


 翌日、公爵様の返事はすぐに届いた。


(私も楽しみにしています……勝者のゆうだな)


 手紙を読み終えると、私はすぐに観劇の勉強を始めた。

 ほとんど知識がないに等しかったので、クリスタ姉様に頼んで初歩的なことがっている本を探してもらった。


「それにしてもうれしいわ。アンジェに、いっしょに観劇に行く友人ができただなんて」

「……楽しんできます」


 本当は果たし合いなんです、喧嘩を買ってしまったんです。そう正直に言うこともできないので、ごまかし続けた。侍女達は約束を守ってくれて、クリスタ姉様に話が知られることはなかった。

 できることなら、クリスタ姉様にバレてしまう前に、果たし合いの決着をつけたいところだ。そのために、約束の日まで観劇の勉強にはげむことにした。

 公爵様と食事に行ってから三日が経過した。

 今日も図書室で観劇に関する本を読んでいた。半分ほど読み進めると、本から視線を外して背もたれに思い切り寄りかかった。てんじょうに視線を移す。


「……だ。頭痛い」


 毎日本と向き合う日々にひどつかれてしまった。

 想像していたよりも観劇に関して覚えることは多く、だん本を読まない私にとっては苦行だった。


(喧嘩してた日々の方がよっぽど楽だったな)


 精神的に疲れてしまい、今日はこれ以上め込んでも頭に入らない気がした。


「……たまにはいききも必要だよな」


 本を閉じて元の場所にもどした。そして図書室から自室に戻ると、乗馬服にえてきゅうしゃに向かった。


「ティアラー! 走りに行こう!!」


 ティアラというのは私の愛馬の名前だ。本当は「最強姫」という漢字でティアラと読むのだが、この世界には漢字がないので、読み仮名だけのティアラで登録されてしまった。立派なくりは、せることなくかがやいている。

 私が大声を出すと、ヒヒーン! と負けないくらい大きな声が返って来た。


「ティアラ! 元気にしてたか?」


 私はティアラの下にった。ブルッと嬉しそうな声が返ってくる。


「最近走れなくてごめんな。今日は遠くまでは行けないけど、いっぱい走ろう」


 満面のみをティアラに向ければ、ティアラも笑い返してくれている気がした。

 ティアラとは長い付き合いで、もう三年も共にしている。それだけ時間を重ねているからか、馬の言葉はわからなくてもティアラとは意思つうができている気がする。


「よし、行こう」


 厩舎を出ると、私はさっそくティアラに乗った。

 レリオーズこうしゃくていの裏は馬を走らせることのできる草原なので、そこに移動した。


「やっぱり、走るなら全速力だよな」


 前世はバイクを乗り回していた私にとって、走りは命。大事にしていた愛車があり、こわれるまで乗るほど走ることが大好きだった。しかし、転生して一番絶望したのはこの世界にはバイクが存在しないということ。馬車では私の〝走る〞という願いはかなわない。

 クリスタ姉様が乗馬の特訓をしている様子を見たことがあるが、それは非常に美しく、ゆったりとした動きだった。


(そういやそれもあって、クリスタ姉様との勝負は絶対勝てるとんでたんだよな)


 勝負に負けたことを、いやでも思い出してしまった。

 思い返してみれば、私はクリスタ姉様を舐めていたのだ。お上品な乗馬には負けるわけがないと。しかしふたを開けてみれば、クリスタ姉様の実力はらしいものだった。くやしい気持ちまでさいじょうして、苦い感情が胸の中に広がる。

 とにかく、私はクリスタ姉様がきっかけで乗馬を知ることになった。

 できる限り速く走れる馬を探していたところ、ティアラと運命の出会いを果たしたのだ。

 ティアラがやって来た当初は相当な暴れ馬でみんな手を焼いていた。けれども、私はティアラの走りにれ込んで、世話をすることに決めたのだ。以来、ティアラは私が転生してきたこの世界で気を許せるマブダチのひとりだ。


「気持ちいいな!!」


 やっぱり乗馬は好きだ。

 乗馬ができることは、貴族れいじょうの数少ないい部分だ。


「……なぁティアラ。もし私がレリオーズ侯爵家を出たら、ついて来てくれるか?」


 ささやきはティアラには聞こえなかったようで、返事はなかった。


「って、そんなこと言われても困るよな。さ、走ろう!」


 息抜きをしにきたのだから、難しいことを考えるのはめようと思った。

 その後も私は、気が済むまでティアラと草原を駆けけた。



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