2-3


 観劇。

 それは社交界デビュー後のパーティーで何度も耳にした言葉だった。これに関してはお決まりの答えがある。


「えぇ、たしなむ程度ですが」


 こうやって令嬢達との会話は乗り切ってきた。

 本当は観劇なんてしたことないし、劇場に行ったこともない。しかし、だからと言って興味ないとも答えられないのが、令嬢生活のめんどうくさいところだ。

 令嬢達は、最新作の劇に関して話すことが多いが、それはまだ見てないで通せば、この話題は乗り切ることができた。今回も同じ手法を使おう、そう思っていると、公爵様はどこか嬉しそうに話を続けた。


「本当ですか。それなら今度、一緒に観劇に行きませんか?」

「か、観劇ですか」


 まさか新たな勝負の場に選ばれるとは思ってもみなかったので、私はどうようしてしまう。


(か、観劇……くそっ。観劇なんてボロが出る気しかしない……! まさかこいつ、それが目的か!? 私の弱みを握ろうってこんたんだな!)


 しかし誘われてしまった手前、断るのはげると同義。

 こうなってしまっては首を横に振ることはできなかった。


「もちろんです。行きましょう、観劇」

「……本当ですか?」

「はい。日程はいつがよろしいでしょうか?」


 内心は非常に焦っていたが、少しでも相手に弱みを見せまいと、ゆうのあるフリをした。いつでも構わないけど? という雰囲気を醸し出しながら公爵様に返せば、彼は少しこんわくした様子で考え込んだ。


「そう、ですね。……では、一週間後はいかがでしょうか」

「大丈夫です。よろしくお願いします」


 引きつりそうになる頰をどうにかがおに変えて返答をした。


(一週間……それだけあれば観劇の知識くらいは叩き込めるな)


 帰ったらすぐに図書室に行こう。


「当日はおむかえに上がってもよろしいでしょうか」

「お迎え、ですか……」

(いや、屋敷まで来られるのはまずい。公爵様から果たし状をもらったこと、クリスタ姉様にも父様と母様にも言ってないんだ)


 バレる前に決着をつけなくてはと思っていたので、公爵様の提案は受け入れがたいものだった。ただ、この迎えがマナーや観劇のルールだとするのなら、下手に断ることもできない。


(待てよ……屋敷の門の前で待っていれば、ギリギリセーフなんじゃないか?)


 屋敷のげんかん前に馬車を止められれば、レリオーズ家の者に見られる可能性が高い。しかし、門の外側ならその心配もない。


「よろしくお願いします。門の外側でお待ちしておりますね」


 さりげなく場所指定をして、公爵様の迎えを受け入れたのだった。

 観劇の話題が一段落したところで、料理が運ばれてきた。

 さすがは公爵様というべきか、どの料理も絶品で、王家のパーティーで食べたご馳走に引けを取らないほど美味おいしかった。


(観劇で何が起こるかわからないが……相手のことを知るのはひっだよな)


 料理に夢中になってしまったが、今自分に必要なことを思い出した。私は公爵様に関して、ほとんど何も知らなかったので、まずは観察することから始めた。


(……意外とまえがみが長いんだな。もったいない。せっかくいい目をしてるのに)


 ぎんぱつの前髪は目に少しかかるほど長く、目が隠れてしまっていた。

 睨み合った仲だからこそわかるのは、公爵様の眼光は何もしなくても鋭いということだった。


(いいよな、こういう圧のある雰囲気。たたずんでいるだけで舐められないのは、ちょっと

うらやましい気もする)

 私も努力をすれば、圧をかけることはできる。ただ、それでも強面こわもてには勝てないだろう。


(おまけにガタイまでいいときた。さっき握力勝負で手を握ってみてわかったが、相当きたえているな。筋肉もかなりあるだろうし)


 公爵様の体つきと自分の細い腕をこうに見る。


(いいな、やっぱり羨ましい)


 自分の腕にもあれくらい筋肉がつけばいいのにと、心の中でつぶやいた。

 じっと観察していると、アーヴィング公爵様と目が合った。


「レリオーズ嬢は何か好きな料理はありますか?」

「好きな料理は肉料理ですね」

「美味しいですよね。特に何がお好きなんですか」

「どれも本当に好きなんですが、一番を挙げるとしたらステーキですね」

「ステーキ……やはり王道は欠かせませんよね」

「そうなんですよ」


 流れるように自然と会話をしていたが、ここであることに気が付いた。


(……待て。さっきから公爵様、私の情報を引き出してばかりじゃないか?)


 油断していた。

 私が公爵様を観察し情報を得ようとしているのと同じで、彼もまた私を調べていたのだ。


(くそ、私も情報を引き出さないと)


 そう判断すると、今度は私から質問を始めた。


「公爵様は何がお好きなのですか?」

「……私も肉料理が好きです」


 まぁ、それだけ鍛えていればそうだろう。納得のいく回答だったが、公爵様は答える直前にいっしゅん考える間があった。


(もしや、本当に好きな食べ物はちがうんじゃ……鍛える上で欠かせない秘密の料理なの

か? ……だとしたら暴かないとな)


 公爵様の強さのけつが、もしかしたらそこに隠されているのかもしれない。そう思い、私はついきゅうを始めた。


「他に好きな料理はないんですか?」

「他に、ですか……」


 ふかりされるとは思っていなかったようで、公爵様はわずかに動揺を見せた。

 きた! と思った私は、話してもらえるように期待をめたまなしで公爵様の目を見た。


「実は…………その、スイーツも好きで」

「スイーツ」

(聞いたことがあるぞ。鍛えるのには甘い物をせっしゅするのも大切だって)


 一人納得して、この話題をさらに広げることにした。


「いいですよね、スイーツ。私も甘い物が好きなんです」

「そうなのですか?」

「はい。……公爵様おすすめのスイーツとかお店はあったりしますか? もしよろしければお聞きしたいなと」

「あ、あります。特に王都には美味しいスイーツのお店が多くて――」


 私は公爵様がよく買っているというスイーツのお店を聞き出して、しっかりと脳内におくした。


(よし。今度買って食べよう。……もしかしたら、私にも少し筋肉がつくかもしれない)


 そんなことを夢見ながら、食事の最後の方は甘い物談義になっていた。

 ひたすら聞き続けたこともあって、ボロは出なかったと思う。


(よし。今日のところは、あらは見つからなかっただろうな)


 食事を終えると、一安心することができた。


「あの、お会計なのですが」

すでに済んでおりますので、ご安心ください」

「え!? 私、はらいます」

「いえ、レリオーズ嬢からお金を受け取るなんてそんな」


 しょうげきを受けながらも会計を申し出れば、公爵様は首を横に振った。


「お誘いしたのは私ですし……ってレリオーズ嬢どうかされましたか?」

「……公爵様のお気持ちはよくわかりました。ごそうさまです……」


 公爵様の態度や行動で、あることを思い出した。私は前世でもこうやっておごってもらっ

たことがある。

 それは――私をかわいがってくれていた番長格のあね。姉御はいつも飲み物とか食べ物を奢ってくれて、お返しをしようとすると「弱いやつから金をとるほどくさってねぇよ」と言っていた。つまりお金を払わせない、ということは公爵様の中で私が弱いと認定されているということ。


(認めたくなかったけど、あの握力勝負で力の差は歴然だった……初めは自分が勝ったと思ったけど、よく考えてみれば、公爵様はピクリとも動いてなかったもんな)


 精一杯力を入れたにもかかわらず、公爵様は微動だにしなかったことを思い出す。


(決闘をする価値もないと私をあわれんで飯を奢ってくれたってことか……?)


 色々と自分の中でてんがいき、恥ずかしいやら悔しいやら感情がいそがしい。


(駄目だ。……今日は私の負けだな)


 力ではこの弱い体じゃ勝てない、別の方法で戦わなければいけない。いさぎよく負けを認ると、次の観劇では絶対に勝つことをちかった。

 レストランを後にすると、私達は噴水前で解散することにした。


「レリオーズ嬢。それでは本日はここで」

「ありがとうございました」

「では一週間後、よろしくお願いします」

「はい、また一週間後に」


 れいとして食事に連れて行ってもらったことに感謝をしながら、別れの挨拶をした。

 見送られる形で別れたが、背後を取られた以上気をかずに馬車を目指すのだった。



*****



 レリオーズ嬢の背が見えなくなるまで、噴水のそばを離れなかった。


(行ってしまったな……)


 今日という日が楽しかっただけに、別れが名残なごりしくなってしまった。

 彼女の姿が見えなくなると、自分の手のひらを見つめた。


(まさか手を握ってくれるなんて……思いもしなかったな)


 エスコートのつもりで差し出した手をギュッと握ってくれたレリオーズ嬢。その行動が可愛かわいらしくて、手にはまだ彼女の手の感覚が残っていた。


「……観劇、楽しみだな」


 ダメもとで誘った観劇は、快くしょうだくしてくれた。

 口約束になってしまうかもしれないという不安は、レリオーズ嬢に日程を尋ねられたしゅんかん消え去った。


(こんな顔で甘い物好きなど、印象を悪くしないか不安だったが……レリオーズ嬢は何一つ気にすることなく、むしろ熱心に話を聞いてくれたな)


 その反応が嬉しくて、俺の心は満たされていた。

 総じていい一日だった。

 嬉しさがこみ上げてくる中、自分も帰路に就こうと歩き出した。すると、馬車に向かうちゅうで、一人の女性が三名の男性にからまれている状況にそうぐうした。すぐさま助けに行こうと体が動いた。俺に背を向けている男達に近付くと、一人のかたに手を置いた。


めないか」

「何だ、お前――」


 圧のある顔だと自負しているので、振り返った三名の男性を思い切り睨みつけた。


「ひっ」

「お、おい。行くぞ」


 反論する時間もあたえずにあつすれば、男性達はすぐさま女性を置いてその場を去った。


「大丈夫ですか」

「あっ……」


 女性とは目が合ったかと思えば、すぐさまらされてしまった。俺の顔が恐ろしかった

ようで、女性は固まっているようだった。


こわがらせてしまい、申し訳ありません。もう大丈夫だと思いますので、私はこれで」


 女性の視線に申し訳なさをいだくと、逃げるようにその場を去った。


(……やっぱり、この顔は怖がらせてしまうな)


 しっしょうしながら馬車に乗ると、馬車はすぐに屋敷へと走り始めた。

 窓越しに見える自分の鋭すぎる眼差しにあきれを抱きながらも、思い浮かぶのはレリオーズ嬢の真っすぐなひとみだった。


(今日も……ずっと目を見続けてくれた)


 それが当たり前だと言うかのように、レリオーズ嬢はじっと俺の目を見つめて会話をしてくれた。おびえることもなく、不自然に目を逸らすこともなかった。

 それが嬉しくて、レリオーズ嬢とは一緒にいるだけで心が満たされている気がした。


(……早く、一週間後になるといいな)


 ガラスに映る自分の口元は、少しゆるんでいた。


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