2-2


 三日後の朝。

 いつもより早く目が覚めた私は、起き上がるとトレーニングを始めた。腹筋・背筋・腕立たてせとメニューをこなしていく。


(今日は果たし合いだ……うま手く立ち回れるようにしねぇと)


 相手がどのような形で勝負をいどんでくるかわからないので、しゅんびんに動けるように体をほぐしていった。


(それにしてもこの体、全然筋肉つかないんだよな)


 トレーニングは幼い頃からしていたのだが、体質のせいなのか、筋肉がしっかりつくことはなかった。せいぜい体がじょうになったくらいで、強そうな体には見えないのが難点だ。


「あとは圧だな……められないようにしねぇと」


 鏡を前に、睨んだりかくをしたりして表情のかくにんを始めた。

 午前中のほとんどを果たし合いに備えるためについやした。昼食を終えて食堂から部屋に戻ると、待ってましたと言わんばかりに三人の専属侍女が気合いの入った目で私を見た。


「ど、どうしたんだ」


 にっこりとドーラが口角を上げる。


「本日はご友人とお出かけになると聞きました。ということで、ドレスにえていただきます」


 果たし合いに行くとは言えなかったので、パーティーで知り合った友人と王都で食事をするとうそを吐いた。招待状という名の果たし状自体はドーラも目にしているので、特にせんさくされることはなかった。しかし、問題なのは今日のよそおいだった。


「それは――」

「クリスタルお嬢様とのお約束、ですよね」

「うっ」

(果たし合いの相手は、泣く子もだまる冷酷な公爵だ……武力行使のけっとうになった時に、動きやすい格好をと思ったんだが)


 今着用しているスラックスのまま向かおうと思ったのだが、要望は通らなかった。ましてや令嬢と食事に行くと思っている侍女達からすれば、ドレス以外は認められない様子だった。


「さぁ、お嬢様。準備をしましょう」

「ま、待てドーラ! 出発まであと四時間もあるんだぞ? まだだいじょうじゃ」

「いいえ、足りないくらいです」


 ドーラが首を横に振ると、私はりょうわきを専属侍女のレベッカとミーシャにつかまれた。


「お嬢様を世界で一番美しくするのが私達の仕事ですので」


 眼鏡を光らせてキッパリと宣言したのがレベッカ。彼女との付き合いも長く、私が十三歳の時から仕えてくれているので、五年の仲になる。


「お任せくださいね」


 やさしい声でがっちり片側の腕を摑んだのがミーシャだ。専属侍女の中では最年少で、今

年で二十一歳になる。ミーシャは商家のむすめで、ぎょう見習いとして我が家にやって来た。

 そして見習い期間を終えた後に、そのままレリオーズ侯爵家に就職して私の侍女をしている。彼女とは、三年以上の付き合いだ。

 侍女は三人とも年上であり、れんけいが上手いので基本的に私が負けることが多い。長い付き合いだからか、私が多少令嬢らしくない口調でも何もめずらしがることなく、むしろ「それがお嬢様ですから」と言ってようにんしている。クリスタ姉様もくずれた言葉遣いはしきの中だけねともくにんしてくれていた。


「お嬢様。本日はどのドレスをお召しになりますか?」


 ドレス以外は認めないと言わんばかりに、ドーラからは圧を感じた。

 を言わせないというじょうきょうを作られてしまい、結局私はドレスに着替えることになった。

 ゆいいつ要望が通ったのは、パーティーではないのではなやかすぎず動きやすいドレスがいいということだけだったが、ひとまずそれできょうすることにした。


 ドレスが決まると、私はあっという間に、着替えさせられ、顔とかみを整えられた。

 あらしのような侍女達だ。

 三時間もの時間をかけてたくを済ませると、鏡の前でドレス姿を確認するフリをしながらどこまで動けるのかやってみた。


こぶしは出せるんだけど、りがな……最悪、ドレスが破れるかくでいくか)


 公爵様がけてくる勝負の方法には、恐らくタイマンもふくまれる。もしそうなった時にある程度戦えるようにしたかった。


「お嬢様、そろそろ出発のお時間ですよ」


 夢中になって動きを確認していたが、ドーラの声で我に返った。


「そのドレスがお気にされたようでなによりです」


 侍女達に嬉しそうな反応をされたので、そういうことにしておいた。

 馬車に乗り込むと、ほおたたいて気合いを入れようとしたが、寸前で手を止めた。


(ミーシャが時間をかけてしょうをしてくれたんだよな……崩すのはやめよう)


 ギュッと拳を作るだけにして、指定された王都の噴水へと向かった。

 王都の入り口付近で馬車から降りると、噴水を目指した。


(もういる……!!)


 約束した時間の十五分前には着いたが、公爵様はそれ以上に早かった。


(なるほど……それだけ今日の果たし合いに気合いが入ってるということだな)


 一人なっとくしたところで、私はゆっくりときょめ始めた。

 すると、まだそこまで近付いていない状況で相手に気が付かれてしまった。


「レリオーズじょう……」

(見つかった! ……にしても相変わらずするどい目付きだな)


 バレてしまったので近付くと、えずあいさつをすることにした。


「お久しぶりです、公爵様」

「お久しぶりです。本日は誘いを受けてくださり、ありがとうございます」

(誘い、ね。貴族は果たし合いなんて言葉は使わないよな)


 たいしたものの、公爵様からは全く敵意を感じなかった。もしかしたら感情をかくすことにけているのかもしれない。そう思いながら、誘いという名の果たし合いの意図をたずねた。


「本日は何をされるつもりでしょうか」


 一体どのような形で勝負をするのか、そう問いかけたつもりだった。


「今日はご一緒に食事でもと思ったのですが……いかがでしょうか」

「食事、ですか?」

「はい」


 それは奇しくも私が侍女達についた噓に当てはまるものだった。

 まさかそんな話をされるとは思ってもいなかった私は、混乱し始める。


(食事の果たし合いってなんだ? そんな勝負方法があるのか?)


 大きなもんが頭の上に浮かんだが、もしかしたら貴族にはあるのかもしれないと結論付けた。


(私は社交界デビューしたばかりの令嬢だもんな。あらさがしをしようってわけだ。……どこからでもかかってこい)


 淑女教育で習ったように、お淑やかなふんかもしながら頷いた。


「もちろんです。よろしくお願いします」

「よかった。では参りましょう」


 そう言うと、公爵様はスッと手を差し出した。


(なんだ? あくりょく勝負か?)


 早速勝負を仕掛けてきたのかと思いながら、公爵様を見上げた。彼は自分の手を見つめるだけで、どうだにしなかった。


(受けて立つ)


 小さく息を吐くと、私はアーヴィング公爵様の手に自分の手を重ねた。そして公爵様の手がわずかに動いたのを確認すると、私は思い切り力を入れ始めた。

 せいいっぱい力を出して手をにぎっているものの、公爵様はびくともしなかった。


「レリオーズ嬢、その。手つなぎはまだ早いかと……」


 公爵様は握り返すどころか、私の握力を手繫ぎ程度と評価した。それがくやしくなって再

び顔を見上げたが、彼の頰はほんのりと赤くなっていた。


(少しは効いたみたいだな……!)


 じょうげんで手を離して歩き出せば、公爵様に呼び止められた。


「あっ。エスコートはさせてください」


 エスコート。それは以前、クリスタ姉様から聞いた言葉だった。


(確か、手をそっと重ねて案内してもらうやつのことだよな)


 思い出したところで、私はそっと公爵様の手に自分の手を重ねた。


「……ありがとうございます。では行きましょう」

「はい。お願いします」


 公爵様のエスコートのもと、案内されたのは王都の一角にある大きなレストランだった。

 個室に通されると、向かい合って座った。

 食事をたのんで待つ間、公爵様が話を始めた。


「今日の装いはとてもてきですね」

「ありがとうございます。公爵様も、よくお似合いかと」

められたら必ず褒め返さないとな)


 クリスタ姉様に教わった淑女教育を思い出しながら、ボロが出ないように話を進める。


「ありがとうございます」


 どこからでもかかってこいという気持ちで、公爵様の言葉を待った。


「休日はどこに行かれるんですか」

「……休日、ですか」


 てっきりきらいな食べ物や苦手なことを聞いて、私の弱点をさぐってくるかと思ったのでひょうけした。


(なんで公爵様は急にこんな質問を……そういえば、前世でも決闘相手が私の強さにあこがれて話しかけてくることがあったな。もしかして……さっきの握力勝負で私の強さを認めたのか? ふっ、この会話は、こいつなりの歩み寄りなのかもしれねぇな)


 そんなことを考えてみたが、相手は異世界の貴族様だ。力で勝っても、貴族としてのげんや立ち振る舞いの面で舐められるわけにはいかない。何よりもここでボロを出して、クリスタ姉様の耳に届きでもしたら、スラックスが没収されるかもしれない。ここは、しっかりと貴族らしい返答をしなくては。

 私がどう答えようか考えていると、しびれを切らしたのか公爵様が自分の話にてんかんした。


「私は観劇が好きで、劇場によく行くんです。レリオーズ嬢、観劇はお好きですか?」

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