3-2


 観劇の約束当日。

 ドレスコードとして、ある程度はなやかなよそおいをしなくてはいけないことを学んだので、今日は大人しくドレスに着替えていた。侍女達の「お助けいたします」という宣言は早速果たされることになった。


(勝負の赤。このドレスなら勝てるだろ)


 いつも通りかみは下ろした状態で、髪にも首にも特にかざりをつけることはしなかった。

 たくを整えると、レリオーズ家のぎょしゃには「今日は友人の馬車に乗って行く」と伝えて、屋敷の門の前に向かった。待機してすぐに、我が家に向かってくる馬車が見えた。

 馬車が私の前で止まると、中から公爵様が降りてきた。


「お久しぶりです、レリオーズじょう

「ごしております、公爵様」

(なるほど、こんいろの礼装か……なかなか似合うな)


 公爵様の装いも華やかなもので、ここはいい勝負だった。


「では行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 馬車に乗る際に、公爵様は手を差し出してくれた。


(これ、本で読んだぞ! 馬車に乗る時の男性側のエスコートだよな)


 確かあれは『観劇用のエスコート』という本だった気がする。題名に〝観劇〞が入る本はかたぱしから読んだのだが、そのがあった。

 公爵様の手にそっと自分の手を乗せて、馬車に乗り込んだ。その後公爵様も着席したところで、馬車は劇場に向かって出発した。


「レリオーズ嬢は、赤いドレスがよく似合いますね」

「ありがとうございます。公爵様も今日の礼装、とてもてきです」


 められたら必ず褒め返す。これをてっていしながら、馬車の中の会話を乗り切っていった。

 他愛のない会話を終えると、私はこの一週間公爵様が何をしていたのか聞くことにした。これも彼に対する情報収集だった。


「公爵様。この一週間はどのように過ごされていたんですか」


 しんけんに聞こうと、公爵様の目をじっと見つめる。


「そう、ですね……特別なことは何もしてないです。アーヴィング公爵領の領地経営を行ったり、だんの訓練に顔を出したり。ですが、結局しょさいで書類を片付けることが多かった一週間かなと」


 どうやらこうしゃく当主としての仕事でいそがしい時間を過ごしていたようだ。


(領地経営ができるのはすげぇな……普通にそこは尊敬だ)


 本と向き合うだけでも頭が痛くなっていた私にはできそうにないことだった。しかしぼうにもかかわらず、訓練は欠かさなかったようだ。ガタイのいい理由がまた少しわかった気がした。


「騎士団の訓練は何をされたんですか」

「全てに参加したわけではないのですが、けんじゅつみがいていました。りをしたり、何人かの騎士と対戦したり」

「剣術は始められて長いんですか?」

「もう十年以上は続けていますね。アーヴィング公爵家に直属の騎士団があるので、幼い

ころから自然とけんは振っていました」

(それはカッコいいな。……剣術の対戦か。間近で見たらはくりょくあるんだろうな)


 私も剣術に興味を持ったことはある。この世界ではなぐいの喧嘩よりは、剣で戦うけっとうの方がいっぱん的なようだった。

 それなら私も剣術を学ぼうと思ったのだが、なにせこのか細いうででは剣を持ち続けるのが難しく、学ぶことを保留にしてしまった。

 いつかは剣術ができるようにときたえていたのだが、悲しいことに筋肉があまりつかず、ちょうせんできずにいるわけである。


「幼い頃から続けられているのはすごいですね」

「ありがとうございます」


 強くなろうと努力し続けることは、だれにでもできるわけではない。公爵様が十年以上続けたあかしが、あのガタイの良さだとすれば、努力のたまものだろう。誠実な一面はなおに尊敬したいと思えた。


「レリオーズ嬢。私からも、一つ気になることを聞いてもよろしいでしょうか」

「……もちろんです」

(私ばかり情報を引き出すのは、フェアじゃないよな)


 噓をくつもりはないが、弱みだけは見せないようにと気をめた。


「レリオーズ嬢は、私の目が怖くはありませんか?」

「……え?」


 予想のななめ上をいく質問に、私は間の抜けた声を出してしまった。


「その……私は目付きが悪いので。普通にしていても圧が凄いのか、怖がられることが多くて。睨んでいなくても睨まれたと思われてしまうこともあるので、ご不快な思いをさせていないか心配で」

(…………睨んでいなくても、睨まれたと思われる?)


 公爵様の発言に、私は思考が停止してしまった。

 彼が自分の容姿に関して語る間、改めて顔を観察した。確かに、今も普通に話しているだけなのに睨んでいるようにも見える。

 私は嫌な予感がして、しんちょうかくにんをすることにした。


「公爵様。もしかして王家しゅさいのパーティーで、目が合いましたか……?」

「そ、そうです……! 誰かと目が合うことは滅多になかったので、レリオーズ嬢が怖がることなく視線を返してくれたのが凄く印象に残っていて」


 とてもガンをつけた人間の言葉には思えなかった。


(もしかして、公爵様は私のこと睨んでなかったんじゃないか……?)


 あせが流れてくる。私が喧嘩を売られたと思ったのは、かんちがいだったのだ。しかし、そうだとしても納得できないことがいくつかあった。


「私も一つうかがっても?」

「もちろんです」

「その、いい度胸してますねというのはどのような意味ですか?」

「私と目が合う人は滅多にいませんし、合ってもすぐにらされてしまうので。正直、怖いふんがある目付きだと自負しています。ですがレリオーズ嬢は、動じることなく、真っすぐな瞳で見つめ返してくれたので、度胸のある女性だと思ったんです」

「な、なるほど。そう、だったんですね……あはは」

(そういうことかよ!)


 思いもよらない意味合いだったことに突っ込みたくなったが、どうにか作りがおあいづちを打った。

 公爵様の行動原理がひもかれ、喧嘩を売られていなかったことが明らかになっていく。


(ま、待てよ。そうなると、どうして果たし状が送られてきたんだ?)


 新たな疑問が浮かんだしゅんかん、公爵様に名前を呼ばれた。


「レリオーズ嬢? やはり怖がらせてしまったでしょうか」


 これはまずい。会話に集中していなかったことが伝われば、相手に失礼だ。


「いえ。怖いと思ったことは一度もありません」

「えっ」


 しょうげきの事実を知ったことで、どうようどうが速くなった。


(公爵様が気にされてるのって、絶対最終日に逃げたあの件だよな)


 なにせ目が合った瞬間、そくに走り去ったのだから。自分が怖がらせたと思うのが普通だろう。ただ、私は公爵様の目を見て怖いと思ったことはないし、ビビったこともない。

 今はとにかくその誤解を解くために、私はぜんとした態度で本心を語ることにした。


「社交シーズン最終日……あの時会場を後にして走ったのは、私が何かご不快な思いをさせてしまったかと勘違いしたからでして。決して公爵様の目をおそれたわけではないんです。むしろ、こうしてよく見れば見るほどりんとしていてカッコいいと言いますか、その圧が非常にうらやましいと言いますか」


 公爵様の目を見ながら弁明のように長々と話していたら、思わず心の声まで出てしまった。私が話し過ぎたのか、公爵様は驚いたように固まっている。


(ま、まずい。変なこと口走ったか?)


 今までなんとかボロを出さないようにしてきたが、動揺とあせりでやらかしてしまったかもしれない。これ以上はだまっていようと口を結べば、少しのちんもくの後、公爵様は再度ゆっくりと私を見つめた。


「……嬉しいです。目について褒められたことはなかったので」

「えっ、本当ですか?」

「本当です。さきほども話した通り、怖がられることが当たり前だったので。……あまりよく思われてはいなかったと思います」

「それは……周囲の見る目がないだけじゃ」


 再び公爵様が目を見開いた。今度こそやらかしてしまったかときんちょうが走る。


(……あっ。素で反応しちゃった)


 自分の発言を振り返る。令嬢らしさなどない、屋敷での素の自分が出てしまったことに気が付いた。


「ははっ」

(わ、笑った……! 普通に良い笑顔だな)


 初めて見る公爵様の笑みは、いつも見るかたい表情と比べてちがう印象を受けた。


「ありがとうございます、レリオーズ嬢」


 感謝されるようなことを言ったつもりはないのだが、失言をしなかったことにあんしていた。けんそんするのもおかしな話なので、小さくしゃくをしながら受け取った。


「……あれ? ということは、公爵様は目を怖がらなかった私が気になって手紙を送ってくれたということですか? 私に腹を立てたとかではなく……?」

「腹を立てるだなんてとんでもない。どうしても、レリオーズ嬢とこうしてお話がしたかったのです。思っていたよりもっと素敵な女性で、勇気を出して良かったです」

「あ、ありがとうございます。公爵様もとても素敵な方かと」

(なんだ、公爵様はいいやつじゃないか)


 評価されたことが素直に嬉しかったのだが、公爵様の話を聞いていると、とても彼が冷酷な人のようには見えなかった。


(……しょせんうわさは噂ってことじゃないのか)


 広まってしまった話とは全く異なる公爵様を前にして、くだらない噂が流れる社交界はやはり好きになれないと感じた。


(まぁ、とにかく。果たし状は私の勘違いだってわかったし、お誘いは本当にこうだったわけだ。……せっかく観劇の勉強もしたし、今日は楽しむとするか!)


 気持ちをえたところで、改めて公爵様を観察してみると、近寄りがたい雰囲気があるような気がした。冷酷とまでは言わないが、冷たい空気を感じてしまう。その原因を考えながら、気になることをたずねた。


「公爵様は、まえがみをずっと下ろされたままなんですか?」

「はい。他の人を不快にさせるので……」


 コンプレックスを感じるものはかくそうとするのが、自然なのだろう。


(前世でも公爵様みたいに眼光のするどいヤンキーはたくさんいたな。……でもあいつらは結構親しみやすかったけど)


 彼らと公爵様とは何が違うのだろうとかくしてみると、あることに気が付いた。


「……あくまで私の感想なのですが」

「はい」

「目を隠すために前髪を下ろしたままだと、余計に怖がられるのではないかと思いまて」

「そう、なのでしょうか?」

「はい。前髪があると、余計に圧を感じるのかなと思って。まゆも見えませんし」

「眉毛……? 考えたこともなかったのですが、眉毛で変わるものでしょうか」


 いまいちピンときていないようなこわいろで復唱する公爵様。


「眉毛はとても大切ですよ。人相に関わるので」

「人相」


 私は深く頷くと、両手の人差し指で眉毛を隠してみせた。


「ほら、眉毛があるとないとでは、結構印象が変わりませんか?」

「確かに……レリオーズ嬢は眉毛がある方がれいです」

「あっ……ありがとうございます」


 予想外の言葉に動揺してしまったが、すぐに立て直した。


「ということなので、眉毛を見せることは大切かと」

「なるほど」

「髪をかき上げてセットし、前髪を取っぱらえば公爵様の眉毛と目がはっきり見えるようになります。これでかなり印象が良くなるんじゃないかと思って」

「印象が……」


 私が前髪をかき上げたヤンキーを見すぎたこともあって、その方が印象が良いとつなげてしまったが、世の女性方にどう映るかまではわからない。念のためを考えて、個人の感想と伝えた。


「……レリオーズ嬢は、前髪を上げた方がお好きですか?」

「そうですね。よりりょく的になるかと」

「なるほど……貴重なご意見ありがとうございます」

「いえ、思ったことをそのまま口に出しただけなので」


 りちに頭を下げる公爵様に、私も反射的に同じくらい深く頭を下げた。


「あの……ここまで言いましたが、本日の公爵様のお姿も十分素敵です。決して否定しているわけではなくて」

「光栄です。もちろん伝わっています。レリオーズ嬢が親身に考えてくださったのが」

「……それならよかったです」


 ほっと安堵しながら、小さく笑みをらした。


(前髪ありも似合っているけど、やっぱりあの瞳と眼光をかすならかき上げだよな)


 せっかくガタイもいいのだ。かき上げが似合わないはずがない。いつか公爵様のかき上げスタイルを見れるといいな、とひそかに楽しみにするのだった。

 話に区切りがついたところで、ちょうど劇場にとうちゃくした。

 馬車から降りると、想像以上に立派な劇場が目に入る。


(ここが劇場……本に書いてあった通り、かなり大きいな)


 入り口付近は多くの人でにぎわっており、これから始まる演目への期待が高まった。


「ではレリオーズ嬢。行きましょう」

「はい、お願いします」


 公爵様のエスコートで、劇場の二階へと向かう。そこには、貴族らしき人が多く見られた。どうやら二階席は貴族専用の席で、個室のような形になっているらしい。

 公爵様が用意してくれた席に向かう中、やけに視線を感じた。


「見て、アーヴィング公爵よ」

「おとなりに居るのは誰かしら」

「見ない顔だな」


 公爵様は目立つようで、話題の中心に上がっているようだった。


(貴族って本当にうわさばなしが好きだよな。どうせ、あることないこと言ってるんだろ)


 ひそひそと話す姿にあきれたが、視線を集めていた公爵様はごこが悪そうだった。


「すみません、レリオーズ嬢。私のせいで」

「どうして謝るんですか。公爵様は何も悪いことしてませんよ」

「いえ。注目を浴びているのは私が原因なので」

「だとしても気にしないでください。誰にどう見られようと、私は気にしません」

(……平民になるかもしれないしな。ならなかったとしても、気にしないけど)


 公爵様を見上げると、真剣なまなしを向けた。


「むしろ見てくる方が悪いくらいの気持ちでいましょう」


 ふっと笑いながら言えば、公爵様は目を丸くした。


(本当はこっち見てんじゃねぇよ精神を伝えたかったけど、さすがに品がなさすぎるしな)


 社交界の嫌な部分を実感しているところだが、こういう時は気にしないのが一番だとクリスタ姉様に教わった。それを自分なりにかいしゃくして公爵様に伝えたつもりだ。


「いいですね、そういう考え方も」

「はい。私達は何も悪いことをしていないので、堂々としていましょう」

「そうしましょう」


 頷き合うと、背筋をばして移動を続けた。

 公爵様に案内されたのは、劇場の真ん中に位置する席だった。


(凄い。よく見える)


 視界が良好で、たい全体がよく見える。知識のない私でも良席だとわかった。


「こんなに良い席を用意していただき、ありがとうございます」

「今回の演目は、この席で見ていただくとより楽しめると思いまして」

「なるほど」

(あ、これも勉強したところだ。当たり前だけど座席によって見え方が大きく異なるんだよな)


 一階席、二階のみぎはしひだりはし、真ん中では、それぞれきょや舞台の見え方が違う。その中でも真ん中は、全体をかんして見られる席になっている。


「レリオーズ嬢、何か飲まれますか?」

「そうですね。あるとありがたいです」


 映画はポップコーンとジュースを持って見る派なので、観劇でもあると嬉しかった。


「係の者に準備が伝達できていなかったようなので、声をかけてきますね」

「それなら私も――」


「いえ。私のぎわですし、レリオーズ嬢は開演までゆっくりしていてください」


 公爵様はそう告げると、さっそうと個室を後にした。

 一人になった私は、きょろきょろと辺りを見回し始めた。


(もうほとんど席がまってるな)

 

 かなりの大人数で賑わっている一階に比べて、二階はゆったりとした空間だった。


(それにしても、公爵様が私を観劇に誘った意図が気になるな)


 果たし合いという誤解が解け、厚意だという理由がわかっても腑に落ちない部分があった。ほとんど面識がない人間を、会話もせずに食事に誘うのには何か厚意とは別の理由がある気がしたのだ。


(厚意じゃないとして……私のことが気になってるって言ってたな)


 気になる相手を誘う理由は限られてくる。

 思い返してみれば、前回の食事の時、公爵様は緊張している瞬間もあった気がする。


(気になっている相手で、緊張してしまう。次の約束もしたい相手か。…………あっ!)


 じょうきょうを整理していくと、一つの答えにたどり着いた。


(わかったぞ! 公爵様は、私と友達になりてぇんだ!)


 ようやく疑問が解けると、スッキリした気持ちになった。


(友達ならいくらでもなるさ。……あぁよかった。喧嘩でも果たし合いでもないなら、クリスタ姉様におこられる心配もないな)


 心の底から安堵すると、かたの力が抜けた。

 結論が出たところで、公爵様が戻ってきた。するとすぐに係の者によって、飲み物が準備された。ていねいにセッティングすると、係の者は退室した。


「種類は豊富だと思いますので、ご自由に飲んでください」

「ありがとうございます」


 問題が解決し、ようやく二人そろってゆっくりすることができた。


「レリオーズ嬢は今回の演目、ご覧になったことはありますか?」

「『ヴィオラのはつこい』ですよね。演目自体は知っているのですが、劇を見るのは初めてで」

「そうだったんですね。実は今回の劇、私が個人的に好きな劇団の公演で。演技が上手な方が多いので、退たいくつはしないかと」

「それは楽しみです」


 公爵様おすみきの劇団となれば、つまらないということはないだろう。


(これは期待できそうだな。楽しみだ)


 わずかにきんちょうかんいだきながら待っていれば、会場が暗くなり幕が上がった。

 劇の内容は、身分差のれんあいを題材にしたものだった。

 主人公のヴィオラには幼い頃から決まっているこんやくしゃがいたが、ある日家に働きに来た使用人ジョンに心をうばわれてしまう。それがヴィオラの初恋だった。きょくせつあり、ジョンもヴィオラに強く好意を抱いたため、彼はヴィオラに駆け落ちしようとける。

 しかし、最終的にヴィオラは家のために生きると言ってこいあきらめるという物語だった。


(ヴィオラ……! お前凄いよ……!!)


 自分の気持ちを優先すれば、駆け落ちするせんたくしかない。ただ、ヴィオラは違った。


(幼い頃からの約束を守った。……ヴィオラは筋を通したんだな。最高じゃねぇか)


 私は一人、ヴィオラの選択に感動して胸を打たれていた。


(さすが公爵様のお墨付きだな。凄く面白かった)


 幕が下がり始めると、はくしゅをしながら演者を見送った。演者が深々と頭を下げているのが見える。演じきったことに対する敬意をと思って、できる限り拍手を続けたが意外にも拍手はすぐに鳴りやんだ。


「何だか拍手が小さいですね」


 私はそっちょくな疑問を公爵様に尋ねた。


「内容に納得がいかなかったり、つまらないと感じたりした方は必要以上に拍手をしないんです。今回だと、結末に不満がある方が多いのかもしれません」

「結末?」

(なんでだ。どう考えても、かっとうした上でしたヴィオラの選択は悪いわけじゃなかっただろ)


 駆け落ちを好む人がいるのは想像がつくが、そこまで大きく不満を抱くほどでもないはずだ。


「演目には悲劇を題材にしたものが多いのですが、どれもしょうげきてきな結末をむかえることが多いんです。それと比べると、今回は少しげきが足りなかったのかもしれません」

(それってヴィオラに不幸になってほしいってことか? それこそつまらないだろ)


 公爵様いわく、もっと刺激のあるお話だと主人公が身投げをするものや、こいびとと心中してしまうお話もあるんだとか。


「それはずいぶんと悲しい結末ですね」

「盛り上げることが重要なので、より刺激的な演出や内容で、見る側の心をつかみにいくんだと思います」


 クライマックスが最大の見せ場というのは理解できた。その上で今日の演目を振り返ると、盛り上がりには欠ける気がした。刺激がないと言われれば、その通りだろう。


「……その、レリオーズ嬢はいかがだったでしょうか?」


 公爵様は目をせていて、表情は少しかたかった。


おもしろかったです。個人的にはヴィオラが好きになりました」

「そう、ですか……?」


 公爵様が私の言葉に反応するように目線を上げると、バッチリと目が合う。瞳がうごいているのが見え、それが不安だと感じ取ると表情が硬い理由までわかった。恐らく公爵様は私が退屈しなかったのか気になっていたのだろう。


「はい。もしかしたら駆け落ちを選んだ方が、内容として好まれるのかもしれませんが……私は最初から最後まで自分の考えをつらぬいたヴィオラが好きです」


 ヴィオラの政略けっこんは、本人が家のためになる結婚を望んだゆえの選択だった。不幸にも結婚が決まった後に、別の人と恋に落ちてしまったがそれは仕方のないことでもある。苦難の末に、ヴィオラは最後まで意志を貫き通した。まさに初志かんてつ。評価されるべき心意気だろう。


(いいよなぁ、初志貫徹。カッコいい生き方だ。……家のために生きる、か。私とは真逆だな)


 自由を目指して平民になろうとする私は、ヴィオラとは正反対の人間だった。ヴィオラの生き様は見上げたものだが、だからといって私にとっての初志貫徹が何かはわからなかった。自分のために生きると決めて、平民になるのなら、生き様としては似ているのかもしれない。

 演目と自分のきょうぐうを重ね合わせていると、公爵様は安心した様子で私を見た。


「レリオーズ嬢にそう言っていただけて、本当に嬉しいです」


 私の感想を聞けて公爵様は安堵している様子だった。


(確かに、自分が連れて来た観劇がみょうな演目だったり、つまんなかったりしたら心配になるよな)


 公爵様の気持ちは十分に理解できたので、私はできるだけ良かったというむねを伝えようと思った。


「初めて見る演目だったのですが、凄くわかりやすい内容で楽しめました。劇団の方の演技も、本当に引き込まれるほど上手だったので、見ていてあっという間でした」


 私の感想を受けて、公爵様の表情から少しずつ硬さが消えていった。


「……女性は大団円が好きだという話を聞いていたので、今回の結末を見て実は不安になってしまって。ですが、レリオーズ嬢に楽しんでいただけたようで安心しました」

「本当に楽しかったですよ。大団円……今回のお話も面白かったですが、確かに後味がいいお話も好きなので、今度は大団円の演目も見に行きましょう」

(友達なら、何度でも一緒に観劇するよな。公爵様とは好みが似てるっぽいから、また一緒に行ったら楽しいだろうな)


 観劇経験がないので、きらいがまだはっきりしていない。ただそれでも大団円の物語は、純粋に見てみたいと思う。貴族の嗜みは乗馬しか理解できないと思っていたが、意外にも観劇が好きになりそうだ。


(これが生き様だ! とか決闘! みたいな内容があると、もっと面白そうだよな)


 一人でそういう演目がないかと考えていると、公爵様が少し間を空けてわずかに口元をゆるめた。


「……ともご一緒させてください」

「よろしくお願いします」


 小さな会釈に同じくらいの会釈を返した。


「レリオーズ嬢……まだお時間がよろしければ、お食事もいかがでしょうか」

「是非。一緒に食べましょう」


 以前、公爵様が連れて行ってくれたレストランは本当に美味しかった。それに加えて今日の演劇も申し分ない面白さだったので、公爵様はかなりセンスがあると思う。


「では行きましょう」


 どんな時でも公爵様はエスコートしてくれる。これが当たり前なのかはわからないが、ただ隣を歩くよりも一緒に時間を過ごしている感じがして気分が良かった。


「劇場の隣に、良いお店があるんです。少し歩くのですが、だいじょうですか?」

「はい、問題ないです」


 ハイヒールで歩く練習は、クリスタ姉様によって嫌というほどやらされた。それに、パーティー会場で何度も歩いてきた上に全速力で走ったこともあるので、かなり慣れてきている。


「公爵様はどのような演目を見ることが多いんですか?」

「基本的には今日のような悲劇が多いですね。より刺激のある内容が好まれやすいけいこうにあるので、自然とそういう演目を見る機会が多くなっています。ですが、大団円のお話や喜劇も見ますよ」

「喜劇……いいですね。いつか喜劇も見に行きましょう」

「……喜んで」


 公爵様の口角が、また上がった気がした。先程に続き二回目の笑みは、とても貴重に思えたので、その理由を一人で考察した。関連性を考えると、すぐに答えが出た。


(わかったぞ……公爵様も大団円と喜劇が好きなんだな)


 好みが合っていると確信できることは、友人として最高だった。よい収穫があったと、私も公爵様のようにそっと微笑ほほえんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る