第一章 社交界デビューでは舐められるな

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 どうしてこうしゃく様に追われることになったのか、話はデビュタントとして参加した王家主催のパーティーまでさかのぼる。

 今回は、十八歳の貴族子女が集まり、社交界デビューを果たすパーティーだ。もちろん、参加者はそれだけではなく、国中の貴族が集まっている。


「今日はなかったけれど、アンジェにはエスコートの練習もさせないとよね……」


 まだ何かあるんですか姉様。もう私は十分ですよ。

 そう面と向かって言えたらどんなに良かったことか。しんけんな表情をしている辺り、エスコートの練習は貴族女性にとっておそらく大切なことなんだろう。

 クリスタ姉様のつぶやきを聞き流していると、会場である王城の一室にとうちゃくした。


(すげぇ……)


 ごうけんらんなパーティー会場は、見渡す限りどこもきらびやかにかがやいていた。私にとっては目がくらむほどまぶしくはなやかな世界だった。


(派手なドレスを着ていても……私にはなんだか合わねぇ世界だな)


 け込もうと格好だけ合わせていても、前世のおくがあるからか、よそ者感がぬぐえなかった。入場早々ごこの悪さを感じていると、何やらいい香りがただよってきた。


(このにおいは……!!)


 すぐさま目線を向けたのは、料理が並べられた一角。じっくりと観察しながら、料理の種類をかくにんする。


(やっぱり肉料理だ!! いや、さすが王家はわかってんな。最高すぎる。……後で絶対食べるぞ!)


 気乗りしないゆううつなパーティーにいやでも参加したのは、ごうなごそうが食べられると知ったからだった。美味おいしい料理に目がない私は、ご馳走を前にしずみ切っていた気分が上がり始めた。


うま味いもん食えるんなら、がんらねぇとだな!!)


 口元をほころばせながらながめていると、クリスタ姉様に声をかけられた。


「アンジェ、顔」

「えっ」

「そんな気のけた顔をしていてはよ」

「す、すみません」


 どうやら私はけた顔になっていたようで、クリスタ姉様からてきされてしまった。


(肉料理は食べたいけど、められたら駄目だもんな。……しっかりしないと)


 気持ちをえたところで、父様の声が聞こえた。


「クリスタ、アンジェ。そろそろあいさつの時間だよ」

「わかりましたわ、お父様」


 私達を呼びに来た両親と共に、国王陛下にえっけんしに向かう。


「アンジェ。失礼のないようにね」

「もちろんです」


 さすがの私でも、国王陛下への謁見がいかに重要で、下手をしてはいけないかということくらいわかっている。私が導き出した最適解は、とにかくしゃべらないということだった。


(……よかった、無事終わった)


 何事もなく謁見を済ませると、各所に挨拶へ向かう両親と別れた。


(よし、ご馳走――)


 うきうきで料理の置かれた一角に向かおうとすれば、かたを強くつかまれた。


「アンジェ、ご挨拶が先よ。社交界デビューしたからには、けては通れぬ道ですもの」

「そ、そんな」

(挨拶してる間に目当てのものが無くなったらどうするんです、姉様……!)


 てっきり国王陛下への挨拶の後は自由に行動できると思っていたので、期待を裏切られた気分だった。


(まぁでも、姉様が私を一人にするわけないか)


 なっとくするものの、残念な気持ちは拭えなかった。


「挨拶が終わったら、軽食を取りましょう」

「本当ですか!」

「えぇ」


 一気にやる気が生まれた私は、クリスタ姉様のご友人方に挨拶をするために後をついて行った。


「クリスタル様。お久しぶりですわ」

「クリスタル様、よろしければ今度お茶会にいらしてくださいませ」


 おぉ、姉様はこんなにも人気なのか。

 初めて見るクリスタ姉様の社交姿におどろきながらも、感心していた。

 それにしても、一気に話しかけるのはやめた方がい気がする。クリスタ姉様の耳は二

つしかないのだから。


みなさまありがとうございます。よろしかったらおさそいは後で招待状をいただけるかしら?」

「は、はい!」


 心配はいらなかったようで、クリスタ姉様は一人一人ていねいな対応をしていた。私は顔には出さなかったけれど、内心「姉様すげぇ」と思っていた。


「皆様、よろしければ私の妹をしょうかいさせてくださらない?」

「もちろんですわ」

「クリスタル様の妹君……」


 ひそひそと聞こえる声が気になるものの、クリスタ姉様に視線を向けられた私は頑張って貴族らしいれいみを作った。


みなさん初めまして。妹のアンジェリカ・レリオーズです。今年十八になりましたので、今回デビュタントとして参加させていただいております。よろしくお願いします」


 クリスタ姉様から教わった挨拶とカーテシーを済ませると、元の体勢にもどった。個人的

にはのない挨拶をしたつもりだ。


「まぁ、とってもてきね」

「クリスタル様にお顔はそっくりね。……他はつうだわ」

「ずっと引きこもっていたみたいだし、とうなんじゃない?」


 あれで聞こえていないつもりなのだろうか。本人を目の前にしてこそこそと話す姿は気分が悪い。

私の引きこもりはある意味事実だ。しゅくじょ教育を終えていなかったので、クリスタ姉様は私を外に出さなかった。貴族れいじょうと交流したいと思わなかったので異論はなかったのだが、周りからは良く思われないのだろう。決して嫌な気分であることを顔に出してはいけないと教わったので、ぎこちない笑みをかべ続けた。


「皆様、妹をよろしくお願いします」

「もちろんですわ」

「よろしくお願いいたします」


 ひそひそと言っていた令嬢でもクリスタ姉様への敬意はあるようで、にこにこと返してくれた。私への言葉とはおおちがいだ。

 なるほど、これが社交界か。


(……やっぱり好きにはなれそうにないな)


 予想通りの感想をいだきながら、社交活動を続けた。

その後も、同い年の令嬢方に挨拶をしたり、たまたまそうぐうした両親の挨拶に顔を出したりと、順調にこなしていった。


「よくできているわよ、アンジェ」

「あ、ありがとうございます」


 今日の私はどうやら調子がいいようで、まだ一度もボロは出ていない。


「さ、一段落ついたところで、何か少し食べましょうか」

「はい……!!」

(よっしゃ!)


 思わずガッツポーズをしそうになったが、こぶしをわずかに動かしたところでとどめた。


(危ねぇ、ボロが出るところだった)


 ふうっとあんしながら料理の並んだ場所へ、クリスタ姉様と向かった。

 肉料理が大量に残っていることを確認すると、口元を綻ばせながら取り皿を手に取った。

 さっそく肉料理をせると、その他の美味しそうな料理も取り始めた。


「アンジェ……ほどほどにね」

「……はい」


 クリスタ姉様からさるような視線を受け、もうそれ以上取るなという圧を感じたので、あわててばした手をひっこめた。姉様の手元を見れば、まるで料理を手にしておらず、持っているのはグラス一つのみだった。


「姉様、食べないんですか」

「……少しだけいただこうかしら」

「その方が良いですよ。せっかくのご馳走がもったいないですから」

「それもそうね」


 くすりと笑みをこぼすクリスタ姉様は、料理をぎんし始めた。

 二人とも料理を選び終えたところで、少しはなれて早速食べ始めた。


(美味い……! さすが王家の料理だな……!!)


 口の中に幸せが広がっていくのがわかった。喜びに包まれていると、とつじょどこからか視線を感じた。


(なんだ、この気配……)


 嫌な気配に、食事の手を止めて会場を見回した。

 だれかにじっと見られている気がしたのだ。理由はわからないけど、とにかく視線の主を

探すべきだ。クリスタ姉様が軽食を口にしているとなりで、私は周囲を見回し始めた。


(あそこか……!)


 見つけたしゅんかん、私は男性とバッチリ目が合った。


(……なんだあれ。なんであんなガン飛ばしてくるんだ?)


 視線の主は、少し離れた場所からこっちを思い切りにらんでいた。その相手は私なのかと

疑ってしまうくらい強い視線だったけれど、周囲をもう一度確認しても私とクリスタ姉様以外の人物はいなかった。


(姉様は下に見られるなって言ってた。……ガン飛ばされたら、睨み返すのは基本だろ。ここで目をらしたら、ひよったと思われる)


 私は負けるかという気持ちで、思い切り睨み返した。

 相手はいかにもガタイの良い男性で、圧のあるふんがあった。他にわかるのは、|綺麗なぎんぱつをしているということだけだ。


(もしかして私のこと、社交界初心者感丸出しのあおくさいガキだと思って馬鹿にしてんのか? 上等だ、そのけん、受けて――)


「何してるの、アンジェリカ」

「な、何もしてません」


 クリスタ姉様の声でハッと我に返ると、私はしゅんに目をせた。しょういんめつのために。


(まずい、クリスタ姉様が私をあいしょうで呼ばない時はおこってる時だ……!)


 隣にいたのだから、睨んでいるのも絶対にバレた。そうわかっていても、ごまかしてしまう。


「そうかしら? 私にはアンジェリカが誰かを睨んでいるように見えたけど」


 丁寧な口調だが、こわいろは冷ややかなものだった。私は観念して理由を話そうと顔を上げる。


「あれは誰かじゃなくて――」


 そこに睨んできたはずの男は立っておらず、周囲を見回しても見つからなかった。


「……いない。姉様、確かにあそこに人がいたんです」

「そう。後でしっかり、話を聞かせてもらいましょうかね」

(あ、終わった)


 を言わせない笑みを向けられ、私は一人心の中でがっしょうするのだった。

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