ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。

咲宮/ビーズログ文庫

プロローグ


 パーティーがかいさいされる王城へ向かって、私は姉のクリスタルと馬車に乗っていた。


「今日までよくがんってきたわ、アンジェ」

「ありがとうございます、姉様」


 ふわりと微笑ほほえむ姉は、しゅくじょかがみと言われるほど一つ一つの作法や立ちいが洗練されている。そんなクリスタ姉様からすれば、私はたんだったにちがいない。

 なぜなら私、アンジェリカ・レリオーズは転生者で、前世はヤンキーだったから。

 日本という国でレディースに所属していた私は、地元ではけん最強とも言われていた。

 そんな私が! まさかこんな世界に転生するとは夢にも思わなかったわけだ。

 貴族制度が存在し、王家もある。日本とはおおちがいの世界。

 中でもレリオーズ家はこうしゃくで、全体的に見るとしゃくの高い方になる。そのレリオーズ侯爵家の次女として生きているわけだが、生まれた時から前世のおくがある私にとってはごくの日々だった。

 求められるのはおしとやかな女性らしさと、品のある美しい立ち振る舞い。かつての生活とは対極といえるほどかけはなれたじょうきょうは、十八年ってもいまだに慣れない。

 そんな私が、今大人しくドレスを着ているのは、クリスタ姉様との勝負に挑んだからだった。決められた道を馬に乗って速く走った方が勝ちというルールで、乗馬が大好きだった私は負けるはずないと自信満々でいどんだのだが――結果は敗北。

 今でも忘れはしない。負けたしゅんかん、背筋がこおるような思いをしたのを。


「私の勝ちね、アンジェ。……さぁ、お勉強しましょうか?」


 この瞬間、姉様は本当に強くて逆らってはいけない相手だと本能で判断した。私がクリスタ姉様に忠誠をちかうのに、時間はかからなかった。

 クリスタ姉様は淑女としてかんぺきなだけあって、欠点もすきもなかった。おまけに私のくせとくちょうを熟知しているので、私がかなう相手ではないことも理解した。


(淑女教育を受けたからわかる。姉様はすごい人だ)


 全てをまえた上で、今ではクリスタ姉様のことを尊敬している。

 そんなクリスタ姉様が、わざわざ私のために特注で用意してくれたドレスをこばむことな

どできない。


(……でも、やっぱりひらひらしたドレスは苦手だ)


 落ち込む中、せめてもの救いになっていたのは、アンジェリカの容姿はドレスが似合うことだった。こしまでびたストレートのあかがみは、とてもせん

めいしい色味をしているので、ドレスを着ても甘くなり過ぎずむしろ様になる。何よりも少しつり目な青色のひとみに、整っている顔立ちなのがポイント高い。前世から可愛かわいらしいなんて言葉とはえんだったし、今でもじゃっかんきょ反応が出るのだが、この容姿のおかげでドレスを着ても〝れい〞が先行して〝可愛らしい〞姿にはならないので、どうにかギリギリ許容できていた。

 クリスタ姉様は私と違って少しうすめの赤毛、というよりはマゼンタ色の綺麗な発色をし

ている。うすむらさきいろの瞳も中々にりょく的だなと思う。ドレスアップされた姉様は、どこから見ても完璧な淑女の姿だ。

 王城にとうちゃくするまでの間、クリスタ姉様は私に最後の助言を送った。


「アンジェ。レリオーズ侯爵家の一員であることを忘れないで。たくさん知識をめ込ま

せたし、立ち振る舞いも教えたわ。それでも、今日何よりも大切にしないといけないのは相手に下に見られないことよ」

「下に、ですか?」

「えぇ。何事も最初がかんじんなのよ。今日は社交界デビューですから。見くびられないためには、堂々としていなさい。アンジェは得意でしょう?」

「はい、得意です」


 そくとうすれば、クリスタ姉様はうれしそうにうなずき返した。

 実際、私は常に堂々としているのだが、そこは前世が役に立つ。


(下に見られるなってことは、ようはめられるなってことだよな)

 

 社交界は未知数なところがあるけれど、姉様の言う通りにしていれば何もこわくないし、

そもそもおびえてもいない。


(舐められないためには、あつするのも一つの手段だな)


 そう考えていると、姉様はさきほどと違って圧のあるみを私に向けた。


「あと、どんな時もお淑やかにね」

「……はい」


 念を押す辺り、さすが姉様だ。

 私のことを熟知しているクリスタ姉様は、私が何かやらかすと思ってくぎしたのだろう。一気にきんちょうが走った。


「そんなに怖がらなくてもだいじょうよ。学んだことをかせば、何事もなく終わるわ。そうすれば、へいおんな社交活動を始められるはずよ」

「頑張ります」


 クリスタ姉様の教えに忠実に、社交界デビューに挑んだ私は、言葉通り、平穏な社交活動を始められる――はずだった。

 社交界デビュー後のとあるパーティーで、私はなぜか男に追われていた。

 その男とは、れいこくと有名なアーヴィングこうしゃく様。

 ようしゃなく部下を切り捨て、泣く子もだまだんちょうとして名を馳せる人物。

 とおるように美しいぎんぱつに、圧を感じるほどするどむらさきいろの瞳。少し長いまえがみから見える瞳は、冷たい印象を受けるものだった。ガタイの良さは、騎士団長の名にふさわしいもので、高い身長がより存在感を増していた。

 そんな相手を前にしても、きょうは感じなかった。

 ただ、あせっていたのは、自分がやらかしてしまったのではないかという自覚があったか

らだった。

 かべぎわに追い込まれると、私はを失った。仕方なく振り返って、アーヴィング公爵様とたいする。ちんもくが流れる中、じっとにらみつける公爵様の瞳を見つめ返していた。すると彼は、ふっと不敵な笑みをこぼした。


「いい度胸してますね」


 その言葉は、私の心を大きく動かした。

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2024年12月3日 12:00
2024年12月4日 12:00
2024年12月5日 12:00

ガン飛ばされたので睨み返したら、相手は公爵様でした。これはまずい。 咲宮/ビーズログ文庫 @bslog

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