第31話 告白まであと少し

 連休れんきゅうも終わった四月の末日まつじつ――、


 一郎の父であるTANAKA Build Agency代表取締役とりしまりやく田中一夫たなかかずおは、本社ビルの社長室で業務ぎょうむを行っていた。


 世間せけんでは先日の連休と合わせ有給を取り、五月の連休と合体させ九連休十連休ゴールデンウィークとする者も多いというのに実に勤勉きんべんだ。


 大勢おおぜいの部下を休ませている分、トップの自分が頑張がんばらなければ――と、長期出張で発生はっせいした新たな業務とにらめっこしながら、次の事業計画じぎょうけいかくっている。


 ――ジャジャジャジャーン!

   ――ジャ、ジャ、ジャジャーン!


 一夫のポケットからベートーヴェン交響曲こうきょうきょく第五番『運命』が突如とつじょり出した。

 作者であるベートーヴェン曰く――「運命はとびらたたく」らしい。


 一夫もその考えに共感きょうかんを持っているため、何かしら重要じゅうような相手からの着信音ちゃくしんおんつねにこれにしている。


 その対象たいしょうは愛するつまとその子どもたち、重要な仕事の取引先、そして――、


『もしもし?』

『もしもし、お義父とうさま? お仕事中だったらすいません。今お時間よろしいですか?』


『ああ、もちろんだよ。幽子さん』


 一夫は手に持っていたペンをつくえに置き、椅子いすの背もたれに思い切りりかかると、幽子からの電話に集中した。


『まずは素敵すてきなバカンス先をありがとうございます。つい先日行かせていただきましたけど、すごく良いところですね。海は近いし緑が多いし』


 家は広いしお風呂ふろ立派りっぱ、最新式の家具もそろえている上、贅沢ぜいたくなレジャーも体験できる。


 本当にいたれりくせりで楽しかった――と幽子はお礼を言った。


『なあに、礼にはおよばないさ。息子とその恋人の思い出のためだからね』

『………………あの、すいません。お義父さま。お義父さまと呼ばせていただいているのに実は私たち……その、まだ…………』


『え、本当に? あのバカ息子まだ告白してないの!?』

『お義父さま! お言葉ですけど言わせていただきます! 一郎くんはバカじゃありません! ちょっとヘタ――奥手おくてなだけです!』


『きみ、今ヘタレって言おうとしなかった?』

『……してませんけど?』


 電話先から調子はずれな口笛が聞こえる。

 これは間違まちがいなく言おうとしたな――と一夫は思った。


 きっとセンシティブな案件あんけんどころか、キスすらできていないのだろう。

 ここまで御膳立おぜんだてして何もしないとか、うちの息子ちょっとヘタレぎないだろうか?


『で、でも結構けっこういい雰囲気ふんいきはあったんですよ? なのに予想外よそうがい邪魔じゃまが入って……』

『邪魔……というと、やはり?』


『ええ、いました。あの家を幽霊屋敷ゆうれいやしきにしていた張本人ちょうほんにんが』


 幽子は事の顛末てんまつを一夫にかたる。


鏡の悪魔ミラーデーモン……別名ドッペルゲンガーとも言われる不定形ふていけいの魔物か。そいつのせいで以前の持ち主たちは次々と衰弱すいじゃくして謎の死をげたと……』


『ええ、自分とまったく同じ記憶きおく能力のうりょくを持つ上に、人外ゆえの能力も持っています。私みたいに戦うすべを持っていなければ、抵抗ていこうもできずに食い殺されますね。ほぼ間違いなく』


『その物騒ぶっそうな悪魔は今どうしてるんだい?』

『ちょうど今私の下で気絶てます。クマさんの人形に変えて毎日なぐったりったりして遊んでますね。打撃だげきばかりじゃマンネリかなーって思って、ちょっと首をめてみたんですけどなかなか面白い声で鳴きますよ。あはっ♪』


 ――ギュエエェェェェッ!?


 電話向こうで変な声が聞こえた。

 おそらく幽子が何かしたのだろう。


『あ、股間こかんを蹴り上げたら起きたみたいです。ギャーギャー五月蠅うるさいのでちょっと待っててくださいね』


 ――ちょっと! だまりなさいっ!

 ――私がっ! 一郎くんのお義父さまとっ! 話してるでしょうがっ!


 ――っていうかっ! あなたがっ! あの時っ! 邪魔しなければっ!

 ――私とっ! 一郎くんはっ!


 ――あーもうっ! 思い出したら腹立ってきた!

 ――今夜あなたで一人かくれんぼするから。


 ――今から腹をかれてお米入れられて、風呂にしずめられる覚悟かくご決めておきなさい。

 ――儀式の最後に死なないレベルでめったしにしてあげるわ。


 不穏ふおんな声が電話から聞こえる。

 一夫は彼女とのえんを大事にしろと言ったけれど、その言葉を撤回てっかいしようかなーと、ちょっとだけ考えた。


『お待たせしました。えーと、あのお屋敷なんですけど、事件を起こしていた真犯人はこの通り排除はいじょしました。ただの立派なお屋敷に変わったので、売り出すなり貸し出すなりしても大丈夫ですよ』


『ありがとう幽子さん。本当に助かったよ』

『いえいえ♪ こちらこそ素晴すばらしいオモチャをありがとうございます♪』


『また機会きかいがあったら紹介しょうかいしてもかまわないかい? こういう仕事柄しごとがら、その手の物件ぶっけんには事欠ことかかないからね。何とかしてくれるとありがたい』


『もちろんですっ! っていうか超ウェルカムなので! いつでもいくらでもおもうしつけ下さい! なにせ、悪魔や悪霊悪いやつら人権じんけんはないので!』


『うん、それじゃ今後ともよろしくね。そうだ、除霊じょれい報酬ほうしゅうだけど――』

『あ、いりません。そもそもまだ私免許めんきょ持ってないし、完全に趣味しゅみでやっているので』


 お金をもらってしまったら、それは仕事になってしまう。

 免許もない陰陽師おんみょうじがそんなことをしたらモグリとなって印象いんしょう最悪。


 業界中から非難ひなんされるし、下手すれば制裁せいさいだってあるかもしれない。

 プロ未満みまんの人間があくまで無償むしょうで、修行しゅぎょうのためにやったというていたもたなくては立場的たちばてきにまずいのだ。


『そういうわけなのでお気持ちだけで』

『でもなあ……ちゃんとした仕事にはそれに見合った報酬を支払しはらうべきだし……』


『本当にお気持ちだけで充分じゅうぶんなんです。それではまた。お話お待ちしていまーす♪』


 電話が切れた。

 一夫は天井てんじょうを見上げながら、幽子への報酬を考えた。

 彼女は一体、何をあげればよろこぶだろうか?


 ……

 …………

 ………………


 数時間後――、


「一郎くん、ここはやっぱりA5和牛のステーキ肉3kgだと思うの」

「ステーキなら家で焼くよりプロにまかせた方が美味いよ。それよりも超高級完熟かんじゅくマンゴー六つのほうが良くないか? 一個五千円だぞ?」


 ――ワォン。(ペタッ)


「ロクは最新式の空気清浄機せいじょうき? あー、幽霊だもんね。なるべく綺麗きれいな空気のとこにみたいかあ」


 一郎、幽子、ロクの二人と一匹は、一郎たくのリビングで一冊の本をかこんで議論ぎろんしていた。

 本のタイトルは最高級贈答品ぞうとうひん


 一郎の父、一夫が速達そくたつで送ってきたものだ。

 今回のお礼に何でも好きなものをたのめとのことである。


「空気清浄機ねえ……ならルンパの方が良くないかな?」

「あー、確かに。毎日掃除機そうじきかけるのとかかったるいもんな」


 ――ワゥゥ……。


「そんなに落ち込まないで。空気清浄機は別に買いましょ。ね?」

「っていうかさ、よく考えたら一個に限定げんていしなくてもよくないか? 別に複数ふくすう頼んでも問題なくない? 今回それ以上のことしているだろ?」


「あ、確かに。じゃあ、今言ったの全部もらっちゃいましょうか」

「それがいい。親父も文句もんくは言わないさ」


「なら、A5和牛に完熟マンゴーセットが一つずつと、空気清浄機とルンパが二つって送っておくわね」

「ん? 何で二つ?」


「私の部屋用。悪霊とか悪魔がいると空気がよどむから」


 あと単純たんじゅんにプラズマクラスターがそういった存在そんざいへのいやがらせになるからだそうだ。


 微弱びじゃく放電ほうでんのせいで、ああいった存在は常に弱い毒を受けているような気分になるとのこと。


 さすがは物部幽子もののべゆうこ

 座右ざゆうめいが悪霊に人権はないだけあって、そういった存在への嫌がらせに余念よねんがない。


「ねえ、ゴールデンウィーク後半どうする?」

「そうだなあ……」


 発送を終えた幽子がそうたずねる。

 前半で旅行を終えているため、一郎的にはゆっくりとごしたいというのが正直しょうじきなところだ。


「一郎くんさえ良ければだけど、このあたりを案内してくれないかな? 私、まだ引っして二週間ちょっとだからお店とかわからなくて」


 そういえばそうだった。

 なんかもう、一緒いっしょるのが自然なことだと思い始めていたからそのことをすっかり失念しつねんしていた。


 何だかんだで幽子と自分は、出会ってまだ一ヶ月未満みまんなのだ。


「わかった。いいよ。案内する。近場ちかばにある安くて美味うまい店とか、授業のコマが空いた時にフラッと行ける穴場スポットとかさ」


「ホント? ありがと♪ 一郎くんとのデート、楽しみにしてるね」

「デ、デートじゃないから!」


 一郎は反射的はんしゃてきにそう言った。

 デートという言葉に過剰かじょう反応はんのうしてしまったらしい。

 女の子れしていない典型的てんけいてき童貞どうていムーブである。


「え……? デートじゃないの?」

「う……」


 かなしそうな幽子の言葉に一郎はいたたまれなくなった。


 ――ワフゥ……。


「ロ、ロクまで……」


 飼い犬の不満ふまんそうな視線しせんがさらに追い打ちをかける。

 一人と一匹からの無言の抗議こうぎに、一郎がくっするまでそう時間はかからなかった。


「ご、ごめん……デート、です」


 しぼり出すような声で一郎が言った。

 一度否定ひていしていたから余計よけいれくさい。


「で、でも! あんま期待きたいしないでくれよ!? 俺、デートとか人生二回目だし。飯とかひまつぶしに実用的なところばっかりで男女で行くような場所じゃないから!」


「それでもいいわよ。一郎くんと一緒に過ごす時間が、何より一番大事だいじなんだから」


 ――特別なところに行かなくてもいい。

 ――特別な相手と過ごすことが何より大事。


 一郎の中で幽子への好感度こうかんどがさらに上がった。

 一郎が勇気を出せる日は、割とすぐそこまで来ているのかもしれない。




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《お知らせ》

今回の更新で第二部完結です!

最終章は1月5日から公開予定となっています!

最終章完結は1月下旬の予定です!

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ワケありマニアの幽子さん 塀流 通留 @UzukuSouhei

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