第28話 犯人はこの中にいる

 買い物をえて帰還きかんすると、時刻じこくは午後三時を回っていた。

 一郎と幽子はロクの祭壇さいだんにソーセージをささげ、ロクの食事が終わるとにわに出る。


 ちょっとした畑が作れそうな広さの庭で、二人と一匹はフリスビーをはじめた。

 幽霊とはいえ、やはり犬と遊ぶならコレだろう。


 一郎たちは時折ときおり大暴投だいぼうとうをかましながら(それでもロクは取ってくる)も存分に楽しみ――夕方。


 用意よういした食材で夕飯を作り、それが終わるとリビングでまったり。

 時刻が来るまでゆっくりとごした。


 そして午後十一時――一郎がたおれた時刻にかる。


「それじゃ、そろそろ行きましょうか」


 幽子は先頭に立って階段かいだんを上がって行く。

 そして現場、クローゼットルームの前に立つとその場でかえって一言。


犯人はんにんはこの中にいる!」

「……いや、うん……そうだろうねとしか」


 ――ワゥゥ……


「何よ、一郎くんもロクもノリ悪いわね。これから真犯人を言い当てる解答編かいとうへんだっていうのに。もっとこう、何ていうかな……『な、何だって!? 犯人がこの中にいるだって!?』みたいな、推理すいりモノの登場人物みたいなリアクションがしいっていうか……」


「そうは言うけどさ、この中にいると言われても、ここにいるのって、俺、きみ、そしてロクとこの家にいる何かしかいないわけだし……なあ?」


 一郎がロクにそう尋ねると、ロクは即座にワンと返した。


「まあ、そうなんだけどさあ……」

「この屋敷やしきうわさを考えても、俺たち三人は最初から除外じょがいされるわけだし、犯人とかもう一人(?)しか残ってないじゃん。犯人が分かりきっている状態じょうたいでそんなこと言われても……」


「そうだけどぉ! そうだけどさぁ! 乗ってくれてもいいじゃない! 推理小説の探偵たんてい役を味わわせてよ! 『犯人はこの中にいる!』ってセリフ、人生で一度は言ってみたい言葉第二位なんだからね!」


「ちなみに一位は?」

「ここはまかせて先に行け」


「ああ、うん、なるほど…………」


 確かにちょっと言ってみたい。

 一郎はほんの少しだけそう思った。


「それじゃ開けるわね」


 幽子がドアノブに手をかけた。

 ドアが開いた部屋の中は、天窓てんまどから月の光がそそいでおり、電気がいていない状態でも充分じゅうぶん明るかった。


「部屋の中に入る前に一言、一郎くんは今私が立っている場所、ここから先は事が終わるまで入らないで。絶対に自分の姿すがたかがみうつさないように。わかった?」

「ああ、わかったよ」


 よろしい――と幽子は満足まんぞくそうにうなずいた。


「ところでなんだけど、一郎くんはオカルト知識ちしきどのぐらい持ってる?」

素人しろうとに毛がえたレベルじゃないか? 普通の人より本を読むけど、まあその程度ていどだよ」


「じゃあゲームは? RPGとか」

「そっちは結構けっこうやってる」


「了解。それならそこまでくわしく説明しなくても大丈夫かな」


 開けたドアにりかかりながら幽子が語り出した。


「ファンタジー小説にしてもゲームにしても、月って魔法に深くかかわっていること多いなとか思ったことない?」


「あるよ。定番ていばんってイメージがあるよな」

「うん、そうね。事実じじつとして月は古今東西ここんとうざいを問わず、昔から魔法と深い関りがあった。だからフィクションの設定せっていとかでよく使われているわけ」


 この設定は今も多くのクリエイターたちに使われている。


「私たちの業界では、月の力を使った術は流派りゅうはとして確立されちゃってたりするわね。西洋魔術系に多いのが変身や自己バフ系、東洋魔術系に多いのが幻惑げんわく系かな?」


 月の力を利用したこれらの術は、強烈きょうれつ自己暗示じこあんじ他者暗示たしゃあんじをもたらすらしい。

 狼男ワーウルフ狂戦士バーサーカーきつねたぬきの化かし術などが代表される事例じれいだそうだ。


「そんな私たち的に大人気のお月さん。そんな彼女の光には、さっきげた術を行使こうしするために必要な膨大ぼうだいな力がめられています。本来、人ひとりでは絶対に行使できない強力な術を実行可能にするくらいの強烈な力がね」


 月の光は、例えるならハイオクガソリンのようなもの。

 純粋然じゅんすいぜんとした力のかたまり

 幽子は月についてそうめくくった。


「次に鏡。鏡も昔から魔術的な儀式ぎしきに用いられてきた歴史があるわ。日本では邪馬台国やまたいこくの女王卑弥呼ひみこ祭事さいじで使っていたわね」


 では、何故なぜ鏡がそれらの行事ぎょうじに用いられるか?

 いにしえの時代から、何故そういったものに使われていたのか?


「それは鏡が世界を映すからに他ならないわ。鏡は私たちの世界と、もう一つの世界をつねに映し出している――いわば世界の境界線きょうかいせんなのよ。鏡の中の世界を舞台にしたお話とかあるでしょ? あれ私たちの業界ではフィクションじゃなくてガチだから」


 鏡を使う術は幻覚げんかく系や結界けっかい系が多いらしい。

 鏡の世界のもう一人の相手を通して、攻撃したり守ったりするものだとか。


「さて一郎くん、ここで問題です。今私がした月の話と鏡の話、二つに共通きょうつうしていたものってなーんだ?」


「共通していたもの? えーと……まぼろし、か?」


「うん、正解。東洋魔術系に多い幻術、鏡を使う技に多い幻術。月+鏡=強力な幻術。単純たんじゅんな足し算ね。一郎くんや歴代の持ち主をおそった犯人は、この足し算を凶器きょうきとして使って人を襲っていたってわけ」


 足し算が凶器――斬新ざんしんすぎる。


「おそらくだけど、うわさ衰弱すいじゃくしてくなったっていう持ち主たちって、この部屋で毎回倒れたんじゃないかな? 必ず、昨日や今日みたいに月の明るい夜にね。だってこの部屋は、犯人にとって都合つごうのいい条件じょうけんととのいすぎているから」


「都合のいい条件ってなんだ?」

「犯行現場が自分の家の目の前だということ。獲物えものが自分から現れること。絶対に自分の潜伏せんぷく場所がわからないこと」


「?」

「クローゼットルームという特性上とくせいじょう、獲物は自分からられに飛び込んでくる。そして犯人は月と鏡を使った強力な幻術げんじゅつ被害者ひがいしゃにかけ、生命エネルギーをごっそりとうばった後、即座そくざに潜伏する。しかも自宅の目の前だから、逃げるのに十秒とかからない。かくれてしまえば絶対に見つからない場所だから、陰陽師おんみょうじとかにはらわれる心配はゼロ。被害者が噂になったとしても、陰陽師からただの噂と思われるまで潜伏して、ほとぼりが冷めるまで待ってまた襲う――ってことよねぇ?」


 幽子が部屋の中をにらみつける。

 部屋の中にはだれもいない。


「いやー、すっかりだまされたわ。幽霊屋敷ゆうれいやしきなんてただの噂で、本当は危険なことなんて何もないとか思っちゃった。落ちこぼれの私はともかく、幽霊犬のロクにも感知かんちできないくらい何も存在が感じられないから……ま、そうよね。たとえロクでも、世界をへだてて引きこもられたら、そりゃ何も感じられるわけないわよねえ!?」


 幽子が部屋の中に侵入しんにゅうした。

 センサーが反応はんのう間接照明かんせつしょうめいく。


 部屋の四か所に設置せっちされた照明から光のラインがびる。

 天窓から伸びる光と交差し、立体的な模様もようが浮かび上がった。

 これは、まるで――


「月と間接照明による月光の魔法陣まほうじん! あんたはこの魔法陣を玄関げんかんにして、鏡の世界から出入りして犯行はんこうり返していたのよ! そうでしょ!? 鏡の悪魔ミラーデーモン!」


 ビシッ――と、幽子は犯人に指を突きつけた。

 鏡の中に映る自分自身に。


 ニヤリ――と、鏡の中の幽子が笑った。

 一郎の知る彼女とは全く違う、邪悪さにちた笑顔えがおだった。

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