第27話 おはようダーリン♪

「ん…………」

「おはよ、ダーリン♪」

「あ、幽子おはよう…………ってダーリン!?」


 ――はうあっ!? ダ、ダダダダーリンってそういうこと!?

 ――俺、幽子とやったのか!? 一生の思い出になる性春せいしゅん18切符きっぷを切ったのか!?


 ――何も、何もおぼえてない!

 ――チクショオオォォォォォッ!


 寝起ねおき直後、一郎はここ数年で一番とも言えるほどの混乱こんらんを見せた。


「あわわわ、あわわわわわわわ………………」

「……ぷっ! ……く、ふふふふ♪」


「……?」

「もうダメ! あははははは! 一郎くん反応はんのう良すぎ♪」


 幽子がはらかかえて爆笑ばくしょうしている。

 一郎は頭に?マークをかべながら事態じたいを見守った。


「よく見てよ。シーツも服もみだれてないでしょ?」

「確かに……あれ? ということは……」


「何もなかったわよ。私がお風呂に入っている間に、一郎くん寝ちゃったの」

「え……俺、寝…………? マジで?」


「うん、マジよマジ。もどったら寝ちゃってるんだもん。びっくりした」


 ――ぐあああああぁぁぁぁぁっ!

 ――お、俺は何ということを……何ということをぉぉぉぉぉぉっ!


 性春18切符を切って、大人への旅路たびじの一歩をみ出す大事なチャンスをのがしたのか。

 いや、それよりも幽子だ。


 彼女が勇気ゆうきを出してまろうと言ってくれたのに、その勇気にこたえることができなかっただなんて最低さいていじゃないか!


 ――俺ってやつは……ホント最低だ!


「幽子……その、本当にごめん! せっかく、その……」

「……いいわよ、あやまらないで」


「いや、でも……」

「一郎くんから聞きたいのは謝罪しゃざいの言葉じゃないわ。そんなことより昨晩、私がお風呂に行っている間に何があったのか? できるだけそのことをくわしく聞かせて。おねがい」


「あ、うん……わかったよ」

「ありがとう。じゃあ話を聞く前に朝ご飯にしましょう。昨日の夕飯がまだ残ってるしね」


 微笑ほほえみながらそう言うと、幽子はベッドから起き上がり台所に向かう。

 お湯をかし、冷蔵庫に保存ほぞんしておいた刺身さしみを使ってお茶漬ちゃづけを作る。


 天麩羅てんぷらも少し残っていたので、インスタント味噌汁みそしるを作ってその中に入れた。

 味噌汁の汁気しるけで、時間がった天麩羅に水分がもどり、美味さがよみがえる。


「へー、味噌汁に天麩羅を入れるのか。美味うまいの?」

美味おいしいわよ。私の地元じゃ結構けっこうメジャーな食べ方なんだ」


 ねぎ人参にんじん牛蒡ごぼうなんかの天麩羅が特に美味しいとのこと。


「お、本当だ! マジで美味い」

「でしょ?」


「味噌汁に天麩羅って合うんだなあ。カラッと食感しょっかんのイメージだったけどこういうのもアリかも」


「お蕎麦そばやうどんに天かすとか入れるじゃない? ようはアレと同じ」

「ああ、言われてみれば確かに。天蕎麦やたぬきうどんがある時点で不味まずいわけがないか」


 ロクの分を祭壇さいだんに上げ、二人と一匹は食事を続ける。

 全てを食べ終え一服いっぷくした後、ようやく幽子が話を切り出した。


昨晩さくばんのこと、一郎くんはどこまで覚えてる?」

「えーと……」


「私がお風呂から戻ってきた時、一郎くんは寝室しんしつにはいなくて、となりのクローゼットルームでたおれていたんだけど」


「隣……あ、思い出した」


 曖昧あいまい記憶きおくつながったようだ。

 ゆっくりと一郎がかたはじめる。


「昨晩、幽子を待っている間、身だしなみがちょっと気になってさ、デカいかがみのある隣の部屋へやに行って直そうと思ったんだ」


「隣にいたのはそういうことね。で、それから?」


「なかなか幽子は戻ってこないし、女性の風呂は長いっていうだろ? だから今の内にって隣に行って、かみの乱れと服の乱れを直して……最後にもう一度全身を確認しようとした」


「その後は?」

「残念ながらそこで終わりだ。次の記憶は朝」


 短すぎて悪いけど――と一郎。


「ふむ……なるほど。隣に行く前に何か変なことは?」

「なかった。あのさ、幽子。やっぱりここって何かいるわけ?」


「ほぼ間違いなく。でなきゃ一郎くんが気絶するわけないし」

「俺が、その……緊張きんちょうしすぎて気絶したヘタレとか思わないのか?」


「思わないわよ? これっぽっちも。一郎くんがそんなヘタレなわけないじゃない」


 みずからの危険をかえりみず、他人を思いやれる勇気のある人が、初体験はつたいけんへの期待きたいと緊張で気絶するわけがない――と幽子は思っている。


 まよわず否定ひていしてくれた幽子への好感度がさらに上がった一郎。


「一郎くんが気絶した後、私とロクであの部屋をふくめた屋敷やしき敷地内しきちない徹底的てっていてき調しらべたんだけど、結局何も見つからなかったの」


「それじゃあやっぱり何もいないんじゃ……?」

「それだと一郎くんの気絶が説明せつめいつかないじゃない。突発性睡眠障害ナルコレプシー持病じびょうとか持っているなら別だけど」


 当然ながらそんな持病はもっていない。


「そういえば一郎くん、体調は大丈夫?」

「ああ、問題ないけど」


「本当に? 少しでも何か変わったことがあれば教えて」

「うーん、そういうことなら少し疲労感ひろうかんがあるかな? ほら、昨日結構りまくっただろ?」


 全身が若干じゃっかんだるい。

 筋肉痛きんにくつうとかはないし、動けないというほどでもないがだるさを感じる。


「少しだるい……昨日はぐったりしていたし、これは間違いなく気をうばわれて衰弱すいじゃくした影響えいきょう……」


 屋敷のうわさ一致いっちする。

 この家の住人は例外なく衰弱死しているという噂。


「でも、人が気絶きぜつするほどの生命吸収ドレインを行えるほど強い悪霊あくりょうがいるなら、絶対に私とロクのどちらかが気づくはずだし、気付けないほど完璧かんぺき隠形おんぎょうをされていたとしたら、夜のうちに私が殺されないというのは考えにくい」


 ……とすると悪霊の線はきわめて薄い。

 悪霊以外で気絶させるほどの生命吸収を使える存在。

 そう仮定した場合、どんな相手が考えられる?


「一郎くん、気絶する直前、最後に何を見たか思い出せない?」

「え? 何を見たかって言われても……身だしなみを直しに行っただけだからなあ。鏡に映った自分以外、特に何も見ていないぜ?」


「鏡に映った一郎くんだけ……あ! ということはもしかして……」


 幽子が何か気付いたようだ。


「身だしなみを整えていた時間ってどのくらい? 体感でいいの」

「えーと、15分は直していたと思う」


「ちょっと直すだけなのに? どうして?」


「確か、いくら直してもなんかパッとしなくてさ。その、緊張きんちょうからビビって顔色が悪くなってたっぽいんだよな、情けないことに。何度直しても決まらなくて、そのうち不安が大きくなったのか、俺の姿すがたが昔の自分に見えちゃったんだよ。あの直前でそんな幻覚げんかくを見るなんて、自分が思っている以上にデブってたころがコンプレックスなのかな? 俺――って、おい幽子。どこに行くんだ?」


「二階。もう一回現場げんばを確認するの」


 そう言って幽子は足早あしばやに出て行った。

 一郎とそばで寝ていたロクは顔を見合みあわせ、ゆっくりと階段を上がる。


「この配置はいち……天窓てんまど……そしてかがみに、さっきの一郎くんの証言しょうげん……うん、多分間違まちがいないわ!」


 一郎とロクが追い付くと、幽子が何かわかったらしく興奮こうふん気味ぎみつぶやいていた。


「確認だけど、一郎くんがこの部屋に入ったのって何時ぐらいだった?」

「え? さすがにそんなこと分からないって」


「まあそうよね。じゃあ入った時に『電気はけた?』」

「いや? 間接照明かんせつしょうめいが自動で点いたし、天窓から明かりが入ってきてて充分じゅうぶん明るかったから」


「了解。なら、全部つながったわ」


 幽子はそう言い部屋から出た。

 一郎とロクもそれに続く。


「お昼になる前に買い出しに行かない?」

「買い出し? 今日はもう帰るんじゃ……?」


「もう一泊いっぱくしましょ。せっかくの三連休だし、一泊で帰るのなんてもったいないわ」

「え? あ、うん……わかった。もう一泊、しよう」


「決まりね。今日の夜と明日の朝の分、 二回分だけ用意してお昼は外で食べよっか」


 幽子の提案ていあんを受け入れた一郎は車を走らせ買い出しに向かった。

 地元のスーパーで二食分の食材を購入こうにゅうした後、有名なカレー屋でお昼ごはんを食べる。


 ここではロクは食べられないので、帰ったらソーセージを祭壇さいだんに上げるつもりだ。


「あー美味しかった。そうそう、帰る前にちょっと寄って欲しいところがあるの」

「わかった。どこに行けばいいんだ?」


「近くのホームセンター。今夜のために、ちょっと買いたいものがあって」

「へえ、何を?」


「大きな紙。それもできるだけ大きいやつを」

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