第26話 『いる』のか『ある』のか

 寝室しんしつに一郎を寝かせると、幽子ゆうこは今一度彼の様子ようす確認かくにんした。


 呼吸こきゅうみだれていないし、みゃく正常せいじょうだ。

 一見いっけんするとただ眠っているだけのように見える。


 しかし、それはあくまで見た目だけ。

 見える者が慎重しんちょうに一郎を見れば、彼の中の気――生命エネルギーのようなもの――が、ごっそりとなくなっているのがわかる。


 通常、人間ははげしい運動をした後などにこの状態じょうたいになる。

 本日一郎は運動をすることはしたが、激しいと言うほどのものでもない。

 また、食事をした後なので、すでにうしなった気は補給済ほきゅうずみだ。


 それにくわえて幽子の入浴にゅうよく中、二階から大きな物音ものおとがしなかったこと、たおれていた彼のふくが乱れていなかったこと、あせをかいた様子もないことから、一郎が激しい運動をしていたというせんは完全に消える。


「一郎くん……私がいない間に何があったの?」


 つかれてぐったりと眠っている一郎にそうかたりかけると、幽子は一度だけ彼をかえ部屋へやを出た。


 となりの部屋で調査ちょうさ中のロクと合流ごうりゅうする。


「ロク、おたせ。一郎くんなら大丈夫。ぐったりしているけど命に別状べつじょうはないわ」


 ――クゥ~ン……


「本当よ。心配なのは分かるけど大丈夫だから。朝になれば普通ふつうに目をますわよ。絶対」


 ――ワンッ。


 幽子にそう言われ、ロクも元気がもどったようだ。

 先ほどまで続けていた部屋の調査を再開さいかいする。


「私が向こうに行っている間に、何か見つかった?」


 ――キュゥ~ン……


 幽子の質問しつもんにロクはすまなさそうにいてこうべれた。

 どうやら何も見つからなかったようだ。


「そう……じゃあ今度は私も一緒いっしょさがすから協力きょうりょくしてくれる?」


 ――ワンッ。


「うん、いい返事へんじ。じゃあ私は入り口から探すから、ロクは部屋のおくから探して」


 幽子に言われたとおり、ロクは部屋の奥から再度調査をはじめた。

 感覚かんかくまし、異常いじょうがないか確認する。


 幽子もロクに合わせて行動こうどう開始かいし

 入り口がわかべゆか天井てんじょうなどに何か痕跡こんせきがないかを探す――が、


「何も、ないわね……ロク、そっちは?」


 ――ワゥゥン。


「そう……わかった。ありがとう」


 この結果けっかまえて、幽子は思考しこうめぐらせる。


 ――何もない。それゆえに何かあった。


 理由も何もなく一郎が突然とつぜん倒れるはずがない。

 そこにはかならず何らかの原因げんいん存在そんざいしている。


 通常では考えられない、この現場特有とくゆう特殊とくしゅな原因が、必ず。


「この家にまつわる地元でのうわさ、そして一郎くんの不自然なまでの気の減少げんしょう……このことからこの家は本当に幽霊屋敷ゆうれいやしきで、人にあだなす何かが存在していることは確定かくていと見ていいわね」


 急に人の気がごっそりとけずられるなんてことは自然ではありえない。

 ここは噂通り何かが『いる』、もしくは『ある』ということは確定事項じこうだ。


「そのことを確定させた上で次に考えるのは、その何かは『いる』のか『ある』のか……」


『いる』と仮定かていした場合ばあい、考えられるのは悪霊あくりょうたぐいだ。

 一郎を一年間なやませたあの幽霊のような存在が、この屋敷にも住みついているということ。


 その場合、幽子にも幽霊犬であるロクにも一切いっさい気配けはい痕跡こんせきさとらせていないため、圧倒的あっとうてき格上かくうえであるということが確定する。


 今すぐ一郎をれてこの屋敷から脱出だっしゅつしなければ、朝を待たずにころされてしまう可能性かのうせいが高い。


 気配を察知さっちできないのだから、いつでもどこでも殺し放題ほうだいだ。

 しかし現状そうなっていない。


 幽子もロクも普通にピンピンしているし、隣の寝室でダウンしている一郎についても、追加ついかで何か起こっている様子は感じられない。


 それを考えると『いる』の線はうすい。

 では『ある』の線はどうだろうか?


 ぐるりと部屋の中を見渡みわたす幽子。


「部屋の中にあるのは全身がうつる、壁一面に張られた大きな鏡だけ。だれも住んでいないから服とかはないにしても、何かしらの小物こものとかがあると思ったんだけど……」


 クローゼットルームに置くのは服やくつだけではない。

 アクセサリーなどの小物るいや、ちょっとした置物おきものなんかも置かれることが多い。


「前の持ち主がわすれていったものとかあれば、霊視れいしで調べられたんだけどそれもない……わよね」


 人形にんぎょうやアクセサリーは、人の思いがこもりやすい。

 いわば呪具じゅぐ筆頭候補ひっとうこうほだ。

 そういったものがどこかにかくれていないか探したけれど、何も出てこなかった。


 自分の目線めせん気付きづけないだけかもと思い、ロクにも探してもらったが、やはり何もなかった。

 幽霊犬である特性とくせいを生かして、天窓てんまどふちや床下なども確認してもらったが何もなかった。


「まあ、そりゃそうか。そんなものがあれば私もロクも、気配やにおいで分かるもんなあ……そういった道具がないんだとしたら、あと考えられるのはこの屋敷が立っている場所そのもの、もしくは家そのものなんだけど、さすがにそうだったら絶対ぜったいわかるし……」


 人が決して入ってはいけない禁足地きんそくちや、家そのものが危険地帯きけんちたい人食いマーダーハウスならば、独特どくとくの気配が周囲しゅうい充満じゅうまんしているので、いくら中の下レベルの自分でも絶対に気づける。


「そうなると何かが『ある』って線も薄いし……そうなると何もないっていうことになっちゃうし……絶対そんなことないし……」


 わからない。

 結果けっかだけは存在するのに、過程かていしめ証拠しょうこが一つもない。


 この家にひそむ『何か』は、どうやって一郎をあんなふうにしたのだろうか?


「部屋の中に何もないなら、家全部を調べるしかないわね。ロク、行こ。朝までにこの家の敷地内しきちない丸裸まるはだかにしてやるんだから! 一郎くんに危害きがいを加えた『何か』に、絶対に落とし前をつけさせるわよ!」


 ――ワンッ!


 意気揚々いきようようと一人と一匹が部屋から出て行く。


「あ、この部屋間接照明かんせつしょうめいがついているんだ」


 幽子は部屋の電気を消した時にそれに気づいた。

 床から20cmくらいの高さにLEDライトがついている。


 部屋を覆うように計六個。

 天窓かられる月光とともに部屋をいろどっている。


「間接照明用のスイッチは……ないんだ。自動なのね、これ」


 どうやらこれらの照明はセンサーで自動管理じどうかんりされているようだ。

 部屋に誰もいなくなれば自然と消える仕組しくみらしい。


「………………」


 ――ワウ?


「あ、ごめんごめん。行こ」


 幽子は何か引っかりを覚えたが、ロクにかされ考えることを止めた。

 幽子とロクは、この後数時間かけて家の内部と敷地内をくまなく調べくしたが、新たなものは何も出てこなかった。

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