第23話 幽霊屋敷

 その屋敷やしき別荘地べっそうちから少しはなれたおかの上にっていた。

 海岸沿いの大通りをりて、高台に向けて車を進めること数分。


 みかん栽培さいばいがされているらしき段々畑だんだんばたけをさらに山方面へ進み、うっそうとした木々きぎが目立ち始めたころ、軽くわき道それたその先に屋敷はあった。


 このあたりでもっとも高い位置にあるため、四方を絶景ぜっけいかこまれている。

 すぐ近くには林があり、それより先には海がある。


 夏の避暑地ひしょちとしては理想的りそうてきなロケーションと言えよう。

 幽霊屋敷ゆうれいやしきとして有名でなければ。


 ……

 …………

 ………………


「ここ、出るの?」

「らしいわよ? いやー、今からどんなバカ……おっと、どんな獲物えものが出るのか楽しみよねっ♪」


「わざわざ言い直した意味ある?」


 意味はない。

 幽子が悪霊あくりょうをどのように見ているのかがよくわかる一言である。


「お父様からかぎあずかっているわ。行きましょ。おいで、ロク」


 ――ワンッ。


 車から降りると、幽子はその場で大きくびをし、ロクをともない先行した。

 ポケットから鍵を取り出し、自分の背丈せたけの倍はありそうな金属製きんぞくせいの門を開ける。


 魚の入ったクーラーボックスをかついで一郎もそれにつづく。


「幽霊屋敷とか言われているわりには随分ずいぶんきれいにしているな。にわも家の中も」

「そりゃ管理会社としては売る気だからでしょうね。まあ、そうまでしても売れなかったみたいだけど」


「そんな物件ぶっけん、格安とはいえ何で買っちゃうかなあ、うちの親父」

「解決できるアテがあるからじゃない? 私っていうね♪」


 幽子がかえりつつウインクを決めた。

 二人と一匹は屋敷に上がるとキッチンを目指めざした。


「一郎くん、ブレーカー上げてくれる? それが終わったらロクと一緒いっしょに全部の部屋へや見回みまわってきて。これから食事をするんだから、部外者ぶがいしゃに邪魔されたくないしね」


「了解。でも俺素人しろうとだぞ? 一人で幽霊屋敷なんて呼ばれている家の中を歩き回って大丈夫だいじょうぶか?」


「ロクがいるでしょ? 前にも言ったけど、犬のき声には退魔たいま効果こうかがあるの。しかもロクは幽霊だから、肉体をかいさない分、よりダイレクトに効果が発揮はっきされるわ。よっぽど強い霊でもないかぎり、ロクがえればどっか行くわよ。ね、ロク?」


 ――ワンッ。


 まかせろご主人――とでも言いたげにロクが吼える。


「ってわけなんで早く行く。私はここで夕飯の準備を進めておくから」


 手際てぎわよく魚をさばきながら幽子が言う。

 料理が得意とくいと言うだけあって見事みごとな手つきだと思う。


「それじゃロク、行くか?」


 ――ワンッ。


 一郎はキッチンを出ると、ロクと一緒にまず1階部分を見回ることにした。

 1階にあるのはキッチンと、そこに併設へいせつされたリビング、風呂とトイレをのぞいて全部で七部屋。


 家主やぬし寝起ねおききするのであろう、ホテルのスイートルームのようなベッドルームに、客人をもてなすために作られた応接間おうせつま


 大きめの本棚ほんだなが部屋中をくしている書斎しょさいに、子ども用のおもちゃがならぶプレイルーム。


 ガランとしているが、かなりの量をしまえるほど大きな物置ものおき部屋。

 最新のマッサージチェアが置いてあるリラクゼーションルームと、そのとなりに作られた在宅ざいたくワーク用の仕事部屋。


 一郎はロクをれて、一部屋ひとへや一部屋丁寧ていねいに見回った。

 電気がくか確認したし、小さな隙間すきまも確認した。

 額縁がくぶちの裏や天井裏てんじょううら、も当然のごとく確認したが、特にあやしい点は見当たらなかった。


 なので、 1階は問題ないと判断はんだんし2階。

 玄関げんかんに入るとまず目に飛び込んでくる階段を上り、部屋の数を確認した。


 2階にある部屋の数は4。

 来客らいきゃく用のリビングルームに来客用の寝室しんしつ、ビリヤード台やスロット、レトロゲーム筐体きょうたいなどが置かれている大人向けプレイルームに、大きなかがみそなえ付けられたクローゼットルームがある。


 それらも1階部分と同様どうように同じ手順てじゅんで確認したが、特に変なことは起きなかった。

 やることはやったので、一郎とロクは1階に降りて幽子に報告ほうこくする。


「確認終わったぞ。特に何もなかったんだけど」

「え? ホントに?」


「ああ、ありがちな御札おふだの存在とかも探したんだけどそれも全然。一切いっさい変なことは起きなかったし、ロクも全然吠えなかった」


「そうなのロク? 本当に?」


 ――ワンッ。

 ――ハッハッハッハッ。


「うーん、本当に何もなかったみたいね。実は私もこの家に入った時から特に何も感じていないのよね」


「そうなのか?」

「うん。でも私って陰陽師おんみょうじの中じゃ落ちこぼれだから、単に私のアンテナに引っかからないだけかなって思ってロクにもさがしてもらったんだけど……そっかぁ」


 幽子がしょぼくれた顔になった。

 めちゃめちゃ残念そうだ。


 ――ワゥゥン……


 そんな幽子を見てロクがすまなさそうなごえを上げた。


「あなたが気にすることじゃないのよ、ロク。もしかしたら本当にいないのかもしれないんだし」


「地元でうわさになった上に、買い手がつかないような物件なのにか?」


「ええ、その噂が本当だなんて保証ほしょうはどこにもないもの。噂だけが先行せんこうして、いかにもそれっぽいからという理由だけで、ワケあり物件にされるケースはそこそこあるわよ」


 この屋敷は外観がいかん立派りっぱさ、周囲しゅうい環境かんきょう、そして普段ふだん人がいないという条件じょうけんからそんな噂が立てられてしまう可能性は充分じゅうぶんにある。


 もともと見た目に見合みあうだけの高額物件だっただろうし、金額にいがつかず、なかなか買い手が現れないのは簡単かんたんに想像がつく。


「持ち主がつね衰弱死すいじゃくししているという話は?」


「それも噂が先行して、誰かが勝手に作った話かもね。近くをたまたま通りかかった人が何かを見間違みまちがえて幽霊がいるという噂になった。噂が噂を呼んでどんどん話がふくらんでいった。そしてありもしない持ち主の話がでっち上げられた。そのせいで良い物件なのに、一郎くんのお父様が現れるまで誰も買い手が現れなかった。真相しんそうは案外こんなところなんじゃない?」


「じゃあ、単にうちの親父が得しただけって話か」

「何も感じない以上、そういうことなんじゃない? あーあ、がっかり。せっかく新しいおもちゃが手に入ると思ったのになー」


 ぶつぶつとつぶやきながら、幽子が天麩羅てんぷらげた。

 テーブルにはすでに塩焼しおやきと刺身さしみが準備されている。


 ほかほかのご飯と味噌汁みそしるすでに完成しているため、これが終われば夕飯だ。


「はい、できたわよ。温かいうちにいただきましょ」

「そうだな。じゃあいただこうか」

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