第22話 初デート

 有給休暇ゆうきゅうきゅうかという制度せいど存在そんざいするのは社会人であって大学生ではない。


 この制度を使って4月最後の連休と、5月初頭しょとうの連休を合わせて九連休、十連休と社会人は作り変えることができるけれど、大学生はそれができないのだ。


 なので、大学生である一郎や幽子たちは、たとえ連休の後にすぐ連休がくると分かっていても、授業じゅぎょうをさぼって無理やり社会人と同じだけ休むことはできない。


 中には休む学生もいるが、そういったやからが後でどうなるかは分かりきっている。


 一時の快楽かいらく単位たんい天秤てんびんにかけるなど馬鹿ばかげているので、一郎たちのような真面目まじめな学生は、別の連休として予定を立てるのだ。


「一郎くん、土日の連休だけどいているかしら?」


 4月最後の連休、ゴールデンウィークの開始直前、授業終了とともにやってきた学食で、物部裕子もののべゆうこはそうたずねた。


「ああ、特に予定はないけど?」

「ホントに? もう他の友達ともだちから何かさそわれたりとかしてない?」


「今年は特にないなあ。サークルからも特別何かをするっていう話は聞いてないし」

「一郎くんサークル入ってたんだ。何サー?」


「何サーと言えばいいんだろうな、アレは? 部室はあるんだけど普段ふだんまった活動かつどうはしないし、飲み会みたいなものが定期的ていきてきにあるだけだし、たまに招集しょうしゅうがかかってもやることはまちまちだし」


「名前は?」

「JS研」


「えらく犯罪臭はんざいしゅうがする名前のサークルね……おまわりさんに逮捕たいほされない?」


「されるような活動をしてたら部室なんてとっくになくなってる。正式名称は『人生のスキマ時間研究会けんきゅうかいりゃくして『JS研』なんだよ。名前の通り、ひまな時に集まって暇をつぶす適当てきとうなサークルさ」


 メンバー全員基本暇人だから、こういう大型連休の時には何かしらイベントをやるのだが、今年はめずらしく何もない。


 メンバーも自分を含めて4人と少ないので、今年は全員予定があるのかも――と一郎。


去年きょねんは新入部員歓迎会かんげいかいねてBBQとかゲーム大会とかやったんだけどな」

「へえ、なんか楽しそうね」


「楽しそうだって? ふ、いつまでそんなことが言えるのか見物みものだな。BBQで使う野菜と肉は市販のものはみとめないし、ゲーム大会で使うゲームは全部クソゲーのみだ」


「何でそんなしばりプレイするの!?」


「部長いわく、『金や面白さというファクターがあると、せっかくのスキマ時間が体感的に短くなる。目一杯めいっぱいスキマ時間を長く体感するためにも、できるだけ苦労してつまらない時間をごすことこそもっとも贅沢ぜいたくな時間の使い方だ』だそうだ」


「それ絶対間違ってるから」

「俺もそう思う。部長本人もたぶんそう思ってるけど、先代に自分もやられたから後輩の俺たちにやったんだろうな」


「自分がやられていやなことは、自分の代で終わりにしようよ!」

「同感。だから俺は今年、新入部員のスカウトはしていない」


 あんな邪悪じゃあくなサークル、自分たちの代で終わらせた方がいい。

 幸いにも今年の新入部員はゼロだし、自分の卒業と同時になくなるだろう。


「それで、土日だったよな。空いてるけど何のおさそい?」

「決まってるじゃない、デートよデート。健全けんぜんな大学生のカップルが連休にすることなんて決まってるでしょ」


「幽子、俺たちまだ付き合っていなかったような?」

「それは一郎くんの記憶きおくちがいね。私たちの関係はお父様公認こうにんよ? だからもうこれは付き合っていると言っても過言かごんではないわ」


「いや、過言だろ!? うちの親父は別に付き合うことにはなってもいいけど、付き合うかどうかは本人次第しだいだって言ったじゃないか!」


「チッ……おぼえていたか。このままなしくずし的にカップル成立させようと思っていたのに」


 くやしそうに幽子が舌打ちした。

 一郎の中で幽子のやべー女度が3上がった。


「まあそれはそれとして、一郎くんとデートしたいのよ。別に付き合ってなくても仲の良い男女だったら休日に一緒に遊びに行ったりしてもおかしくないでしょ?」


「そうだな。で、どこに行こうって言うんだ?」

「海」


「海? 季節的にちょっと早くないか?」

「別におよぐわけじゃないからね。のんびりと海釣うみづりでもどうかなーって」


「ほう、りかぁ」


 釣りは結構けっこう好きだ。

 待ち時間はのんびりごせるし、魚がかかったら勝負が楽しめる。


 そして見事みごと釣り上げたら、美味しい魚料理が楽しめる。

 うん、悪くない連休の過ごし方だ。


「釣りの後はどこかで部屋を借りて料理するの。私、料理得意だから味は期待きたいしてくれていいわよ」

刺身さしみ天麩羅てんぷら……うん、いいかもしれない。あ、でもロクはどうする?」


「もちろん連れて行くわよ。一人だけお留守番るすばんなんてかわいそうだもん。ねー、ロク?」


 ――アオンッ。


 2人の邪魔をしないよう、少しはなれた位置いちを歩いていたロクがえた。

 本当に気配きくばりのできるおりこうさんな幽霊犬イッヌだ。


「ロクも食べれるように祭壇さいだんも持って行きましょ。一郎くん、車持ってる?」

「当たり前だろ。ボンボンめるなよ? といっても普通の軽自動車だけどな」


「十分よ。あー、ホント楽しみ♪ 早く当日とうじつにならないかなあ♪」


 一郎も同じことを思っていた。

 大学に入って二年目の春――そして最初の連休。


 長期間不健康ふけんこうに太っていたこともあり、こういった青春イベントには全くえんが無かった一郎は、内心すごくワクワクしていた。


 人生初の女の子とのデート。

 それもとびっきりかわいくて美人な女の子だ。


 中身はちょっとアレだが……まあ、悪いやつというわけではない。

 しかも自分への好感度がとても高いと来ている。


 まだ付き合っていないことを一郎自身は強調きょうちょうするが、最近は正直時間の問題だろうなーと客観的きゃっかんてき分析ぶんせきもしている。


 ロクの件で、一郎から幽子への好感度は結構けっこう上がったようだ。


 そういえば彼女は言わなかったが、部屋を借りる、料理をする――ということはまりだろうか?


 もしそうだとしたら、これを機会きかいに正式にお付き合いするということになってもおかしくない。


 先日、手を出して来いともあんに言ってるし、このデートをきっかけに――と思っているのかもしれない。


 もしそうだとしたら――いや、そうでなくとも準備じゅんびだけはした方がいい。するべきだろう。


 一郎は午後の授業がある幽子と別れると、帰宅きたく前に薬局やっきょくに立ちった。


 そして買うべきものを買って装備そうびととのえると、こっそりと財布さいふの中に一つしのばせた。


 ――これで準備万端ばんたんだ。

 ――当日、何があっても大丈夫だ。


 一郎はドキドキしながら数日過ごし――デート当日。

 幽子とロクを愛車に乗せて海へ行き、釣りを楽しんだ。


 午後三時――釣果ちょうかは十分、クーラーボックスいっぱいの魚をのせて車に乗る。

 幽子のナビにしたがい、彼女のりたレンタルルームへ。


 この後、彼女の作る手料理を堪能たんのうし、もしかしたらさらに――

 そう、思っていた。


「あの、幽子……ここは?」

「地元で有名な幽霊屋敷ゆうれいやしきよ♪ 買い手がつかなかったからお父様が格安で購入こうにゅうしたんだって♪」

「ああ……ソウデスカ」


 ――親父ィィィィィィッ!


 一郎は心の中で慟哭どうこくした。


んだ人住んだ人、全員衰弱すいじゃくしてなぞの死をげてるんだって。あきらかにこれ悪霊あくりょう、もしくはそのたぐい仕業しわざよね? ね? あぁ……どんな悪いヤツが出てくるのかしら? 楽しみだなぁ♪ うふ♪ うふふふふふ♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る