第21話 親との顔合わせ

「ほう、ただならぬ関係かんけいというのは具体的ぐたいてきにどういう……?」

「それはもう何と言いますか、とても口には言えないような叡智えいちな関係とだけ……」


ちがうから父さん! 彼女とはまだ付き合っていないから! 仲の良いただの友達だから!」

「でも叡智な関係ではあるわよね?」


「正しい意味で叡智な関係かもしれないけど、誤解ごかいされるようなことは言わないでくれないか!?」


「なるほど……セ〇レか。若いうちはそういったただれた関係にあこがれを持つのはわかる。俺にもそういう時代はあったから強くは言わん。ただ避妊ひにん予防よぼうのために付けるものは付けろ。それがおたがいのためだし。何よりお前のためでもある」


「だから違うって言ってるだろ! 彼女の言う叡智な関係っていうのは、本当に俺の知らないことを教えてくれている文字通りの叡智な関係であって、父さんが想像そうぞうしているような爛れたほうの意味じゃない!」


「本当に? こんな美しいおじょうさんを前にして手を出していないだと?」

「そうなんですよねー、お父様からも一郎くんに言ってくれません? ぜん食わぬは男のはじだぞって」


「ふむ、どうやら本当に手を出していないらしいな。さきほど本当の意味で叡智な関係と言ったが、彼女から何を教わったんだ?」


幽霊ゆうれい怪異かいい、この世ならざる者たちの存在や対策たいさく、そして陰陽師おんみょうじと呼ばれる人たちのことについていろいろと」

「ほう……?」


 父親の顔つきが少し変った。

 先ほどまで見せていた息子をからかうような父の顔から、家族を守る仕事人の顔へと。


「お嬢さん、物部もののべ幽子さんだったね?」

「はい」


「幽子さん、きみは陰陽師なのかな?」

「いいえ、違います。私の両親は陰陽師ですけど、私自身は免許めんきょを持っていませんので」


「免許を取る気はあるのかな?」

「いずれ取りたいとは思っていますけど、私程度ていどの実力では正直難しいでしょうね。中の下程度の落ちこぼれなので」


「先ほど息子はこのマンションについての問題が解決したと言っていたけど、それはきみのおかげかな?」


「はい。このマンションを根城ねじろにしていた迷惑めいわくな幽霊及び、一郎くんに取りいていた悪霊あくりょうたちを、全部まとめてぶっ飛ばしました」


「どうやって?」

「もちろんこうやってです」


 幽子が両腕りょううでを光らせた。


「私の術力オーラまとわせたパンチやキックでボッコボコにしたんです! やっぱり悪霊を殴なぐるのって最高ですよね! こっちが何もできないと勘違かんちがいして調子乗ってあおたおしてくる悪霊を、逆に煽りまくってこの世にとどまっていたことを後悔こうかいさせつつ、成仏じょうぶつしない適度てきどな強さで殴ったりったりしてイジメるのって本当に楽しいっていうか……何物にも代えがたい最高の娯楽ごらくっていうか。最初は『呪い殺してやる!』とか息巻いきまいていた悪霊が『ごめんなさい……』『成仏ころしてください……』って嗚咽おえつしたり、泣きながら懇願こんがんしてくる様は何度経験けいけんしても気持ち良くてストレス発散はっさんに――」


「おい一郎、この子ちょっとやべーぞ」

「違うぞ父さん。ちょっとどころじゃないぞ」


 悪霊をこわしてもいいオモチャ程度にしか思っていないまである。

 座右ざゆうめいが『悪霊に人権はない』だけあって、悪い霊に対して容赦ようしゃがなさすぎる。


 中世ヨーロッパにおける拷問官ごうもんかん異端審問官いたんしんもんかんですらドン引きするレベルのことを、悪霊に対しては平気で笑いながらやれる女だ。


「まあ、やべー女ではあるんだけどさ、悪霊以外にはまともだし、ちゃんとやさしいところもあるから」

「そうなのか?」


「ああ、彼女の残虐非道ざんぎゃくひどうっぷりが発揮はっきされるのはあくまで理不尽りふじんな悪霊だけ。それ以外には普通だし、無垢むくな霊については優しいよ――ロク」


 ――ワンッ。


「うおっ!? 何だこの犬!? いや、犬の幽霊、なのか?」

「俺と彼女が見つけて、助けられなかった犬なんだ。死ぬ前に優しくしてくれたから、俺たちに恩返おんがえしがしたいって言うんで、その気持ちをんでここで飼っているんだ」


「おいおい、ペット禁止きんしだぞ。ここのマンション」

「禁止にしている理由は騒音そうおん悪臭あくしゅうだろ? コイツは幽霊だからにおいはしないし、かしこいからむやみやたらにえたりしないよ」


「幽霊なら壁とか無いも同然どうぜんだろう? さっきお前は家賃やちんを戻しても問題ないと言ったが、この犬が他の部屋に行かない保証ほしょうはあるのか?」


「ない――けど、心配なら幽子に結界けっかいってもらえばいいさ。まあロクは賢いからそんなことをしなくても大丈夫だけどな。むしろこの世にる間は、このマンションの守り神になってくれるんじゃないか? な?」


 ――ワンッ!


「ほら、まかせろご主人ってさ。全くお前は賢いなぁ~、そして可愛いなぁ~♪」


 幽霊犬という存在を当たり前のように受け入れ、モフっている。

 そんな息子を見て一郎の父親はたのもしく思うとともに、自分の後をいでもらおうと強く思った。


「ふぅ、まあなんかいろいろあったのはわかったよ。お前も楽しそうだし安心した。母さんたちにもそうつたえておく」

「もう帰るのか?」


「ああ、元々お前の様子を見ることが目的だったからな。まあ若干じゃっかんどころかものすごく予想とは違ったが」

「はは……予想なんてできるわけないよな。こんな事態じたいになってるとか」


「そうだな。だが、いい経験だろう。こういう経験はなかなかめるようなものではない。一郎、いい機会きかいだから聞いておく。俺の後を継ぐ気はあるか?」


「そりゃあるよ。兄貴も姉貴も別の仕事してるし、俺以外に誰が継ぐんだ?」


「そうか、なら絶対に彼女とのえんを切るな。手広く不動産ふどうさん屋をやる以上、絶対にワケあり物件ぶっけんや事故物件を取りあつかうことになる。そんな時に陰陽師が身内みうちにいるなら、絶対に役に立つ」


 父の言い方が気に入らない。

 今のところ幽子と縁を切るつもりはないが、ただの道具としてしか見ていないわけじゃない。


 道具扱いしかしていない父に、一郎は少しだけムっときた。


「ということは、私はお父様のお眼鏡めがねにかなったということでいいですか?」

「身内としてむかえるという意味ではね。家族としてはまた別だよ」


「そうですか……じゃあ、家族としても迎えられるよう頑張がんばります!」

「一応聞いておきたいんだが、言動げんどうからいって、きみは一郎のことを好いていると取っていいんだよね?」


「はい、もちろん!」

「では聞くが、一郎のどこが気に入って好きになったのかな?」


「もちろん、財産ざいさんです!」

「ストレートすぎないかな!?」


「お言葉ですがお父様、こういう時に性格と言われたらどう思いますか? 答えとして無難ぶなんすぎて、本心を言っていないように聞こえませんか?」

「む……確かに」


「私はもちろん一郎くんの、財産目当てで近づいてくるようなクソ女にも霊障れいしょうおよばないよう立ち回るさりげない優しさとか大好きですけど、正直にそう言ったところで勘繰かんぐられてしまうでしょう? 顔が好きとかこういう場合論外ろんがいですし」


「だから財産と? 財産も論外だと思うが」


「私の言う財産はお金ではないんですよ。ご実家のやっている不動産――そこで取り扱うワケあり物件が私にとっての何によりの財産なんです。先ほど申し上げた通り、私はそういう場所に住みいている悪霊をシバき倒してイジメ倒すのが大好きなんです! つねにそういう場所を探していますので、そういう場所にこまらなくなるのは本当に助かるんですよ!」


 悪霊をシバき倒せば不動産屋も助かるし自分も気持ちいい。

 WIN&WINの関係をきずけると思いませんか――と幽子。


「なのでお父様、私と一郎くんの交際こうさいについてみとめていただけないでしょうか!? できれば将来的な結婚についても!」


「そういうのは本人同士が決めることじゃないかな? でも、私はきみが気に入ったよ。陰陽師云々うんぬんとかそういうの抜きでね。ただ――」

「ただ?」


「それはそれとしてそういった物件の相談をしに来てもいいかな? その……そうしてもらえると非常に助かるので」


「もちろんです! っていうかむしろガンガン持ってきてください! この前はらったここの悪霊、威勢いせいがいいくせに根性がなくて2日で成仏したから全然殴り足りなかったんですよ!」


「そうかそうか! では幽子さん、今後ともよろしく」

「はい、いつでもお話を持ってきてください。お父様♪」


 ――クックックック。


 ニチャリとした笑顔を二人が交わした。

 一郎の父と幽子のファーストコンタクトはある意味大成功だった。

 一郎の外堀そとぼりが少しめられた。

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