第13話 悪夢の光景

『ス、グ、コ、ロ、ス……! ア、タ、マ、ネ、ジ、キ、ル……! オ、マ、エ、ノ、イ、ノ、チ、ノ、ミ、ホ、シ、テ、ヤ、ル……!』

「だからどうぞって言ってるでしょ? できるものならね。イキり悪霊あくりょう!」


 幽子は不敵ふてきに笑って幽霊を挑発ちょうはつすると、あしで思いっきり股間こかんり上げた。


 幽霊の太ももの内側に浮き出ていた三つの顔が、ぶちゅりと音を立ててつぶれる。

 一郎は思わず内股うちまたになった。


「あーあ、股間潰れちゃった。痛そう」


 笑いながらそうあおった幽子は、幽霊の身体からだけ上がるなり延髄えんずい斬り一閃いっせん


 そのいきおいで両足で首をロックし、そのままじ切るように縦回転たてかいてん

 幽霊の顔がだまし絵のように反転はんてんする。


「はい、これでトドメ。死後の悪事あくじやむことね。輪廻転生りんねてんせい――いちからまたやり直しなさい」


 幽子の光るき手が、幽連の心臓しんぞう部分をえぐった。

 心臓を抉られてはもう生きてはいけない。


 これで終わり。

 そう思った。


「……!? 抜けない!?」

『キ、ハ、ス、ン、ダ、カ?』


 心臓を抉られているはずの幽霊が、落ち着いた口調くちょうでそう言った。


霊核れいかくを直接抉ったのに……どうして!?」

『ワ、タ、シ、ハ、ヒ、ト、リ、ジャ、ナ、イ』


「……! しまった……集合霊レギオン特性とくせいわすれてた。これは……ちょっとまずいかも」

「おい物部!? どういうことだよ!? 何でこいつノーダメージなんだよ!?」


「集合霊って一人であって一人じゃないの……一人に見えるけど、文字通り集団なのよこいつ。だから、一つの霊核――心臓部分をこわしたところで大したダメージが入らなかったり……」

「はぁ!? 何だよそれ!?」


「まずったぁ……見た目一人だからその事が完全に頭から抜け落ちてた」

『ハ、ハ、ハ……ド、ウ、ダ? サッ、キ、マ、デ、アッ、ト、ウ、シ、テ、イ、タ、ア、イ、テ、ニ……ヤリカエサレルキブンWAAAAAAAA!』


 ――ゴッ!


 幽霊が全力で右拳みぎこぶしるった。


 抜けない右腕のせいで幽子はけれず、ありえないほど筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした幽霊の右拳を全身で受け止めてしまう。


 バギゴギゴギメギィ……という大量の骨がくだかれた音が、はなれた一郎の所まで聞こえた。


「う……あ……」

『マダダ! ワタシノイカリハコノテイドジャオサマランゾ! クツジョクトトモニ100バイガエシダ! HAHAHAHAHAHAHAHA!!』


 続けて左、右、そしてまた左――と、マシンガンのような連続攻撃で幽霊がなぐる。


 幽子は一切避けることができず、顔、胴体どうたい、脚、全身あますところなく受け止めてしまい、ぼろ雑巾ぞうきんのようになっていく。


 数分前まであった彼女の美しい顔はすでに見る影もなく、全身が赤黒くれあがっている。


「………………」

『シンダカ?』


 幽霊は自身に確認するかのようにそう言うと、動かなくなった幽子の首をね飛ばした。


 炭酸飲料たんさんいんりょうを振った時のように、彼女の首からプシューッと赤いものがき出す。


『イヒ……イヒヒヒヒャァァァァァ!』


 幽子から出た命のシャワーを全身にび、幽霊は歓喜かんきの表情に顔をゆがませる。

 全身に浮き出たうごめく顔たちも例外なく大口を開け、ゴクゴクと浴びるようにそれを飲んでいる。


『フウ……ウマカッタ……ゼンサイトシテリッパナヒトシナダッタ……』


 幽子の身体から一滴いってき血液けつえきも出ないのを確認すると、幽霊は彼女の拘束こうそくきその場に投げ捨てた。


 首のない凄惨せいさんな死体が目の前に転がる。


「ものの、べ……」

『ソロソロコイツノジュツモキレルコロダ……メインディッシュヲイタダコウ……』


 幽霊はジュルリと舌なめずりをすると、一歩、また一歩と一郎の方に近づいてきた。


『ジュクセイサセタウツクシイタマシイ……キットウマイ……』

「ええ、間違いないでしょうね。ねえねえ、どんな味がすると思う?」


『フォアグラ……キャビア……ソレラトオナジクライ………………エ?』

「え……?」


 幽霊が間抜まぬけな声を出して振り返り、一郎もそれに続く。

 その視線の先で、跳ね飛ばされたはずの幽子の首が、思案顔しあんがおちゅうに浮いていた。


 傷一つない、彼女本来の顔で。


「世界三大珍味ちんみかぁ~、あれ美味おいしいっちゃ美味しいけど珍味っていうだけあって結構クセが強いのよね。私はA5ランクの和牛のほうが好きだなぁ」


『ど、ドウイウコトダ!?』

「え? だから世界三大珍味よりも、私はシンプルにA5和牛のほうが好きっていう……」


 いや、その幽霊が聞いているのはそういうことじゃない。

 一郎自身もどういうことかさっぱりだ。


 彼女は目の前で凄惨に殺されたはず。

 なのにどうして生きている?

 しかも首だけで。


『クビヲモガレ、ケツエキヲノミホシタノニ、ナゼイキテイル!?』

「ああ、そっち? それはアレよ。そもそもそんなことは起こっていないの。私は首を飛ばされてなんていないし、あんたに殴られてもいない」


『ナンダト!? ダガ、ワタシハタシカニオマエノチヲアジワッタゾ!』

「そう思い込んでいるだけよ。だってあんた、さっき私の術力オーラを流し込まれているでしょ? 頭から」


「あ! あの口紅くちべに!」

「うん、田中くん正解」


 物部が一郎を見てウィンクする。

 首だけでやるのはやめてほしい。

 何かこわい。


「あの時まったうごけなかったってことは、私があんたを完全に掌握しょうあくしたってことよ。視覚しかく触覚しょっかく聴覚ちょうかく嗅覚きゅうかく、そして味覚みかく――五感ごかん操作ハッキングなんて朝飯前あさめしまえ。気づけないなんてほんとバカよね。現実のあんたは、部屋に入るなりその場を一歩も動いていないわ」


「でも物部、あいつが見た光景こうけい、俺にも見えたんだけど?」

「それさっきのキスのせい。術の範囲はんい内にいたし、まあ見えちゃうわよね。ホントごめんね(笑)」


「お前なあ! 俺、めちゃめちゃ心配したんだぞ! お前が死んだって思って……」

「ごめんごめん。本当にごめんなさい。今じゅつくわ」


 ――パンッ!


 何かをたたく音がした。

 すると、目の前の景色けしき一変いっぺんする。


「良い悪夢ユメは見れたかしら悪霊あくりょうさん?」


 幽子が幽霊に向けて不敵ふてきに笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る