第9話 ……出た

 ――ギャアアアアァァァァッ!

 ――助けてくれ! だれかぁ!?

 ――うわああぁぁぁっ!


「あははははははは! ねえ見た今の? マグマから出てきたサメが口からビームいたし♪ この脚本きゃくほん書いた人、サメをどんな生物だと認識にんしきしてるのよ(笑) あははははは! すっごいバカ! 好き♪」


 あれから二時間――、

 帰るに帰れなくなった幽子のために、必死に脱出手段だっしゅつしゅだんを考える一郎のかたわら、当の本人はサメ映画を見て大爆笑だいばくしょうしていた。


「あー、面白かった(笑)。やっぱりサメ映画は最高ね。さて、次は王道のスラッシュ系でも行きましょうか」


 見終わったブルーレイディスクをケースにしまうと、幽子は新たなるディスクをセットした。


 アメリカが舞台ぶたいのホラー映画が始まる。

 サマーキャンプにおとずれた男女六人が、次々殺人鬼さつじんきによって殺されていく典型的てんけいてきなスラッシュ系ホラー映画だ。


「誰が死ぬかな♪ 誰が死ぬかな♪」

「何が出るかなのリズムで言うな!」


 命の危険きけんにさらされている現状だというのに、ホラー映画をて爆笑するとか、彼女の神経しんけいはどうなっているのだろう?


「何でそんなに楽しそうにしていられるんだよ? まさにその映画の登場人物たちみたいな状況じょうきょうにさらされているんだぞ? 自分がこうなるって思わないのかよ?」


「まあ、思わなくもないかな?」

「だったら!」


「逃げる手段を必死に探せって? 冗談じゃないわ。逃げるなんてとんでもない。だって私は、こんな状況になるのを心の底からのぞんでいたんだから」

「え?」


 こういう状況になることを、心の底から望んでいた?

 命の危機にあるこの状況を?

 彼女は自殺願望じさつがんぼうでもあるのだろうか?


「田中くんに聞きたいんだけどさ、大学内の私の評判ひょうばんってどんな感じ?」

「それ、今聞くことか?」


「いいじゃん。教えてよ」

「……顔面がんめん偏差値へんさちが高い女子が集まるうちの大学で、満場一致まんじょういっちで優勝した伝説のミスコン女王。運動神経抜群ばつぐんで体育の授業で無双むそうする活発系かっぱつけい女子って言われてることくらいしか知らん」


「うん、そうよね。まあ大体そんな感じよね」

「それがどうかしたのかよ?」


「いや、その評判って結局のところ私の表面的ひょうめんてきな部分しか語られていないなーって。もっと私の深い部分、例えば趣味しゅみとか全然知られていないでしょ? それってさ、ちょっと不思議じゃない?」

「まあ、言われてみればそうかもな」


 大学は社会人になる前の、最後の学生たちの聖域せいいきだ。

 社会に出て仕事に明けれる毎日を送る前に、生涯しょうがい伴侶はんりょを手に入れようとする学生はそれなりに多い。


 なので当然、幽子みたいな超美人とお近づきになりたいというやからは星の数ほど存在する。


 彼女に近づき気に入られるために、好みや趣味を徹底的てっていてきに調べる者は絶対に出てくるだろうし、その情報は多少なりとも出回でまわるはずだ。

 だけどそれがない。


 一郎自身も結婚願望けっこんがんぼうはそれなりにあるため、そういった情報にアンテナを張っているが、彼女に関してだけは一切聞いたことがない。

 何故なぜだろう?


「それはね、私が意図的いとてきに情報を遮断しゃだんしているからなの」

「どうしてだ?」


「実は私の趣味ってちょっと特殊とくしゅでね、できれば他人に知られたくないっていうか……」


 なるほど、そういうことか。

 確かにアブノーマルな趣味は他人にはなかなか明かせないもの。

 徹底した秘密主義をつらぬくというのも納得なっとくだ。


「しかもその趣味って、できるチャンスがかぎられていてさあ。普通に学生生活を送っていたらなかなか実行できないのよ」

「それは……気の毒だな」


 心からやりたいことのできるチャンスが少ないとか、ストレスがたまって仕方ないだろうに。


同情どうじょうしてくれてありがとう。でも、その問題はもう解決しそうなの。少なくとも今日は」

「え?」


 ――パチッ

 ――パチパチパチパチッ


 ――ザッ……ザザザザザ……

 ――ザー……


 突然とつぜん部屋の電気が点灯てんとうし始めた。

 映画がうつし出されていたテレビ画面もノイズが走りはじめ、ついにはあらしとなり何も見えなくなった。


 耳をすませると、キッチンの方からカチカチということも聞こえる。

 もしかしたらIHの電源をON/OFFされているのかもしれない。


 かべにかけられた時計から、秒針びょうしんの音がやけに大きく聞こえる。

 一秒、また一秒と経過けいかするたび、一郎は自分の心拍数しんぱくすうが上がっていくのを自覚じかくした。


「あ、出るのかな?」


 そんな彼とは裏腹うらはらに、幽子の方はゆったりとソファーにすわったままだ。

 開けていたビール缶をかたむけて、つまみの唐揚からあげ(一郎が合コンからタッパーで持ち帰ったやつ)を口の中にほうり込む。


物部もののべ……どこでもいいからかくれろ! 絶対にこのままじゃやばい!」


 一秒ごとに大きくなる重圧じゅうあつ

 一秒ごとに大きくなる殺気さっき


 大学入学からここ一年、毎日のように心霊現象しんれいげんしょうなやまされてきたが、ここまで大きなものはなかった。


 一刻いっこくも早くこの部屋から彼女を逃がさなければ、彼女は死んでしまうかもしれない。


「俺の寝室しんしつに行け! いいお守りとお札で四方しほうを守っているから、一晩ひとばんくらいならなんとか……!」


無駄むだよ。移動しようにも、この部屋空間的に隔離かくりされちゃってるっぽいから。ドアもふすまも開かないわね、これは」

「そんな……くそっ!」


 本当に開かない。

 かぎなどつけていないのにビクともしない。

 ドアはともかく襖までも、まるで溶接ようせつされたかのようにうごかない。


「なら……!」


 一郎はソファーを持ち上げ、襖に向けてぶん投げた。

 本来ならば音を立ててこわれるはずなのに、ガラス部分も障子しょうじ部分も、一切傷つくことなくその場に残っている。


「なん、で……!?」

「何でも何も、そういうものとしか……それより田中くん、ほら」

「え? あ……」


 幽子がさした部屋のすみに、黒い人影がいた。

 人の形なのに人じゃない。

 真っ暗で、真っ黒で、うごめいていて――明らかにこの世のものではない。


 その人影から漏れ出ているものは純粋な負の感情。


 生きているやつがにくい。

 楽しそうなやつが憎い。

 幸せそうなやつが憎い。


 一人はさみしい。

 一人は嫌だ。

 誰か一緒いっしょにいて欲しい。


 邪魔する奴は許さない。


 だから殺す。

 ずっと一緒にいられるように。


 だから邪魔する。

 早くこっちに来てくれるように。


「女の子が来るとあらぶるって言ってたし、どうも女性っぽいわね、アレ」

「……わかるのか?」


「ううん? 適当よこんなの。真っ黒だし顔見えないし、男の可能性もあるわね。田中くん、男のはイケるタイプ?」


「よくこの状況でそんな冗談が言えるな……」


 金縛かなしばりにあい、全身動かない状態の中、一郎は何とか言葉をしぼり出した。

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