第4話 目的は財産

 

「どうしてだと思う? 当ててみてよ」


「やだよメンドくさい。それよりいいのか? 男連中がさみしそうにきみを見てるぞ? 客寄せパンダの俺の相手なんかせず、あっちに行ってチヤホヤされた方が楽しいんじゃないの? チヤホヤされつつ飯を食いつつ、俺のあだ名の由来ゆらいについて、盛り上がった方が楽しいんじゃないの?」


 一郎が親指でしめすと、男連中がチラチラ視線を送っていた。

 今日の合コンの大本命である彼女とからみたいのがみえみえだ。

 他の女の子が不機嫌ふきげんになっている。


興味きょうみもない連中からのチヤホヤなんて面倒めんどうくさいだけよ。私はね、興味がある事には全力だけど、興味がないことには一切関わらない性格タチなの」

「それにしては去年ミスコンに出たよな?」


「あんなのお金目当てに決まってるじゃない。賞金がなかったら出ていないわ」

「なるほど。それじゃあ今こうして俺に話しかけているのもお金目当てということか」


 大学を卒業したら次は社会人だ。

 結婚して子どもを作ることを視野しやに入れて、交際をしてもいい年頃だろう。


 家庭に入ったら、なるべくらくして暮らしたい。

 ママ友たちと旦那のかせぎを使って、優雅ゆうが贅沢ぜいたくにランチをキメたいと思うことは人間として当然の考えではないだろうか。


 まあ、一郎側はその考えを実現させてやるつもりはないようだが。

 金は大事だけど情も大事だ。

 とある問題を抱えているとはいえ、一郎も結婚願望がんぼうはある。


 いくら見た目がよかろうが、実家が太かろうが、何の情もかない相手と結婚なんてできないと彼は考えている。

 当然、その前段階まえだんかいのお付き合いもだ。


「お金見当て? あー、うん、ちょっと違うような……? でも合っているような……?」

「どっちだよ?」


「んー……やっぱ違うかな? 私はお金目当てじゃなくて財産目当てよ!」

「同じじゃねーか!」


 どこがどう違うと言うのだろう?

 お金=財産だろうに。


「違う違う! お金のほうは本当に興味ないのよ。だってお金なんてかせげばいいし、簡単に稼げるじゃない」


「ああ、なるほど。パパ活か」

「はっ倒すわよ!?」


「悪い悪い。立ちんぼだな?」

「ぶっ飛ばすわよ!?」


「え? 違うの? キャバや風俗ふうぞくは例のウィルスのせいでここ数年給料が右肩下がりらしいし、叡智えいちなほうの女優さんも動画文化が世界中に広まってインディーズが乱立らんりつしたせいでそこまで良くないって聞くし……うーむ?」


「叡智な方向からはなれなさいよ……とにかく! そういうんじゃない稼げるお仕事があるの! だからきみの実家がお金持ちだろうが、汚職おしょくまみれで失墜しっついしたざまぁ系貧乏だろうが関係ないの!」


「うちの実家はクリーンな政治しかせんわ! それで結果出しとるわ!」


 彼の父も兄もそういった行為こういをメチャクチャ嫌う。

 前に不正を持ちかけてきた企業が来た時は、その場で突っぱねた上、証拠しょうこを集めてトップ交代に追い込んだほどだ。


「……話戻すけど、金目当てじゃないならうちの財産の何が目当てなんだよ?」

「と・ち♪ あと、い・え♪ きみの実家って不動産屋なんでしょ? それもかなり手広くやっている」


 なるほど、土地と家か。

 確かにそれらも財産だ。


 駅や大型商業施設しせつてられる地域ちいき地価ちか青天井あおてんじょうかと思うくらい上がっていくし、人口の少ない田舎いなかの土地を購入して近くにリゾート施設を作り流行はやらせれば、安く買った土地が高くなる。


 普通の不動産屋ではそんなことはできないだろうが、一郎の家はそれができるだけの資金と人脈じんみゃくがある。

 なるほど、お目当ては金じゃなくて、金以上に贅沢ぜいたくができるものだったわけだ。


「今きみが住んでる億ションって実家の持ち物なんでしょ? 普通の学生にそんなマンションの最上階とか、住めるわけないもんね?」


「それも知ってるのか……補足ほそくするけど、俺の住んでる階層かいそうはともかく、低い階層ならそうでもないぞ」


 ちょっと金のある学生なら充分住める。

 都内で家賃9万円を切っている億ションとか絶対に他にない。


「住みたければ9万持ってうちの系列の不動産屋に行けよ。まあ――」

「まあ……何?」

「何でもない」


 一郎は言おうと思ったが、やっぱりやめて口をつぐんだ。

 まだ出会ったばかりだし、財産目当てで近寄ってきた女が『どんな目に会おうと』知ったことじゃない。


「今住んでるところなんだけど、ちょっと学校から遠くてさ。一限目の授業がある時とか、結構早起きしないといけないの。田中くんが住んでる億ションなら徒歩15分圏内けんないだし、早起きしないでゆっくり登校できるかなーって」


「まあ、できるだろうな。俺、授業開始30分前くらいに目覚ましセットしてるから」


「やっぱり! だからこれを機にお近づきになって、格安で住まわせてもらえないかなーって思ってたの♪」

「なるほど、いいよ」


「ホントに!? 何割引きで!?」

「半額……いや、七割引きでいいよ。月二万七千円、それだけ払えるなら好きな階層の好きな部屋に住まわせてやる」


「一応聞いておくけど、勝手にそんなこと決めちゃっていいわけ?」

「問題ねーよ。俺の住んでいるところに関しては好きにして良いって言われているんだ。取り壊しとかしない限り、許可もいらないって言われてる」


「マジで!? よーし、じゃあ今から行こう! すぐ行こう! 今日中に引っ越しの下見を終わらせちゃうわよ!」


 そう言うと、幽子は一郎のそでを引っ張り引きずり始めた。


「ちょ、待……力強ちからつよ! 俺まだ卵焼き食べてるでしょうが! ホッケと空手チョップ(めっちゃ強い酒)で一杯やってるでしょうが! シメのラーメンと雑炊ぞうすいだってまだ頼んでいないでしょうが! しばらくまともなもの食ってなかったんだから、せめて飯が終わるまで待ってくれよ!」


「もう充分食べてるじゃない。食べ足りないなら私がおごってあげるからさっさと立つ! 引っ越しが終わったらお寿司を取ってあげるから!」


「寿司……だと? 回るヤツ? 回らないヤツ?」

「回らないヤツ! 特上のにぎりでも何でも好きなの頼みなさい!」

「よし行こう! すぐ行こう! 今行こう! おーい、俺と彼女抜けるから後よろしくー」


 そう仲間に一声だけかけると、一郎と幽子は店を出た。

 他の男連中からのうらめしそうな視線が背中に突き刺さった。


 ――俺を呼んだお前らが悪い。

 ――お持ち帰り率100%を舐めるな。


「よし、それじゃ行きましょうか。きみの家に」


 ウッキウキの声の後、幽子が腕をからませる。

 億ションにありえないほどの超格安で住めるからか、超ゴキゲンのようだ。


 ――いつまでそのゴキゲンが続くか見物だな。


 一郎は内心そう思いながら、彼女を自宅へと案内した。

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