第3話 物部幽子

 物部もののべ幽子ゆうこ――この大学に通う生徒で、まさか知らない人はいないと思うが、万が一のために彼女について語らせてもらおう。


 物部幽子――彼女は一郎と同期の文学部二年で、昨年の大学ミスコン女王。

 一郎たちの大学は女子のレベルが高いことで有名なのだが、そのハイレベルな女子たちを押し退けて、満場一致まんじょういっちで優勝したという伝説の持ち主である。


 本大学は偏差値へんさち70近くないと入学できない学力優秀な大学であるため、彼女は容姿端麗ようしたんれいの上に頭脳明晰ずのうめいせきであることは確定済み。

 その上体育の授業では毎回無双をしているので、運動神経も抜群ばつぐんときている。


 童顔どうがんなのにスタイルが良く、身長も163センチと女子にしては高めであしも長い。

 トレードマークのショートカットに明るい笑顔をえて勉学にはげむ、天から二物にぶつ三物さんぶつも与えられている女子。


 それが彼女――物部幽子である。


 ……

 …………

 ………………


となり、いい?」

「もが?」


 そんな超有名人な彼女と一郎がわした最初の会話はそれだった。

 一郎が超久々の肉にテンションが上がり、口いっぱいに唐揚からあげを頬張ほおばっている最中のことだった。


「あの……いい、かな?」

「………………」


 一郎はこの質問にスルーを決め込み、口の中の肉をゴクンと飲み込んだ後、中ジョッキを片手にビールを流し込んだ。


 口の中のあぶらがビールに洗い流されて実にさっぱり。

 のどごしもさわやか。


「ねえ!? ちょっときみ!?」


 肉とビールに大満足した一郎は、返事を待っていた彼女とようやく会話――などということはせず、唐揚げにレモンをしぼり口の中へ入れた。

 あー……美味うめぇ。


「ちょっと!? ねえ!? 隣座っていいかって聞いてるんだけど!?」

「……(ゴクン)。……ングング、ぷはぁ! 別に俺の許可なんていらないだろ? ここはただの飲み屋で合コン会場だぜ? 好きに座ればいいじゃん」


「……きみ、変わってるって言われない?」

「ああ、よく言われる」


 色んな意味で。


「私、一応去年のミスコン女王だよ? 自慢じまんする気ないけど満場一致まんじょういっちで選ばれた女子だよ? そんな子が隣に座ろうもんならもっと、こう……何かあるでしょ?」


「え? 何それ? 何『自分が声をかければ男はあばばばば――ってなるのが当然』みたいな前提ぜんていで話進めてんの? 自慢する気はないとか言っといて自慢する気まんまんじゃないですかヤダー」


「……っ! ムッカッツックゥゥゥゥ! 他人ひとが合コンなのに一人さみしく黙々もくもくとご飯だけ食べているから声かけたのに! いきなり喧嘩けんかを売られるとは思わなかった!」


「そうだったのか。それはどうもおやさしいことで。ですが俺のことはお気になさらず。見ての通り栄養を腹とタッパーにむ作業でいそがしいので。せっかくのタダメシなんだ。明日の俺の飯のために引っ込んでいてもらおうか!」


「うわ……目がマジだ。まあそう言わずに付き合ってよ。田中くんって実家がお金持ちって聞いたんだけど? それがどうして食べるのに困ってるの?」


仕送しおくりとアルバイト代の9割を貯金にまわしているからだよ。てか、俺の実家のことどこで知ったんだ?」


「さて、どうしてでしょう?」


 幽子は子どもっぽく笑いながらそう言った。

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