第56話 敗者の気持ち

 1回負けてしまうと、気持ちを立て直すのは難しい。

 特に試合に勝って当たり前だと思われている人物なら、負けた瞬間に周りの見る目が変わるので、気持ちの切り替えが出来ない人が非常に多い。

 リリアもその例に漏れず、3試合目の対戦相手に苦戦をしいられていた。



「やぁ!!」


「そこだ!!」


「あっ!?」


「勝負あり!! 勝者、ジョン・マーカス!!」



 ジャック・ライオッツに負けた次の試合、リリアは対戦相手に手も足も出ず負けてしまった。

 対戦相手はBクラスの生徒で、普通に戦ったらリリアは勝っていたと思う。

 だがさっきの試合の切り替えが出来ていないせいか、心ここにあらずといった状態で戦う事になり、試合に集中出来ていないリリアは一方的に攻められて負けてしまった。



『ジョン! 特別クラスの生徒はどうだった?』


『全然大したことないよ。正直こんなに弱いとは思わなかった』



 リリアの対戦相手からも失望のコメントが漏れる。相手にそう思われてしまう程、今の試合は酷かった。

 俺だってこの試合を見て胸を痛めてるんだから、渦中の人物であるリリアはものすごく落ち込んでいるだろう。

 ステージを降りたリリアは肩を落として俯いていた。



「(ただこんな状態になるのも仕方がないだろうな)」



 リリアとは対照的にノエルとレイラは今日の対戦も全勝している。

 下位クラスと対戦したレイラはまだしも、ノエルに関してはAクラスのNo1とNo2を圧倒的な力で倒しているので、ものすごくショックを受けているに違いない。



「どうしようかな。声をかけないといけないんだけど、今のリリアになんて声をかけていいかわからない」



 今のリリアを励ましても俺の声は届かないだろう。

 気持ちの整理もついていないと思うので、今日はそっとしておいた方がいい。

 幸いにも合同授業は今日で終わりだし、本番まではまだ時間があるのでそれまでに何かしら対策をしよう。



「リリアさん!」


「ノエルちゃん、どうしたの?」



 落ち込んでいるリリアに駆け寄ったのは彼女の友人であるノエルである。

 一見すると女同士の美しき友情をはぐくんでいるように見えるが、それはただの見せかけに過ぎない。



「(ノエルが余計なことを言わなければいいんだけど)」



 ノエルのデリカシーが少しだけ欠けているせいか、顔を合わせると2人はいつも喧嘩をしている。

 最近喧嘩をすることは少なくなったけど、リリアとノエルは水と油のような関係なので何か問題が起こるような気がした。



「リリアさん、何故落ち込んでいるんですか?」


「えっ!?」


「こんなところで落ち込んでいるなんてリリアさんらしくないですよ。いつもの貴方ならすぐに気持ちを切り替えています」



 うわっ!? ノエルの奴いきなりリリアの傷口に塩を塗る行為をした!? 

 一体何を考えているんだ!? 今のリリアにとってその言葉は逆効果だ。



「すぐにでもノエルの口を塞がないとまずいことになる!?」



 当初は遠くから見守っている予定だったが、そんな暢気に構えてる余裕がない。

 急いであの2人を引き離さないと大変なことになる。

 俺は慌ててリリアとノエルの方へと向かう。



「そもそも1戦や2戦負けた所で、くよくよ悩むことがよくないですよ」


「ノエル!!」


「別に負けた事なんて気にしないで、いい経験だと思って割り切ればいいじゃないですか。そんなにめそめそしてたらクリス君にも嫌われてしまいますよ」



 ノエル!! それ以上リリアを追い込むのはやめろ!!

 レイラも事の大きさに気づき止めに入ろうとするが、口下手な為何を言えばいいかわからないみたいだ。



「そもそも今回は摸擬戦なんですから、そんなに落ち込む必要は‥‥‥‥」


「‥‥‥にがわかるのよ」


「何ですって?」


「剣の才能に恵まれたノエルちゃんに、あたしの何がわかるのよ!!!」



 やばい!? ノエルの言葉に耐え切れず、ついにリリアが爆発した。

 俺が現場に到着する前に恐れていた事態が起きてしまった。



「リリアさん‥‥‥」


「いいよね、2人は。剣の才能に恵まれて。そのおかげでAクラスの人達にも勝ったし凄いと思うよ」


「リリアさん、何を言ってるんですか?」


「触らないで!!! 貴方みたいな人にあたしの気持ちなんてわかるわけないでしょ!!!」



 ノエルが伸ばした手を払いのけるリリア。

 その目は怒りに満ちており、誰の話も聞こうとしない。



「才能才能って、私は‥‥‥」


「才能じゃなかったらなんだって言うのよ!!! あたし達3人はずっと同じ授業を受けていたのに、あたしだけが連敗しているんだよ!! やっぱりあたしには剣の才能がないんだよ!!」


「リリアさん‥‥‥」


「生まれ持って剣の才能を持つノエルちゃんにはわからないんだよ!! あたしみたいな凡人の気持ちは!!」


『パァーーーーン!!!!』



 突如闘技場内に乾いた音が響き渡る。

 その音の正体はノエルがリリアの頬を叩いた音だと知るのに時間は掛からなかった。


------------------------------------------------------------------------------------------------

ここまでご覧いただきありがとうございます


この作品が面白いと思ってくれた方はぜひフォローや★★★の評価、応援をよろしくお願いします。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る