第53話 過去回想3 伝説の始まり(リリア視点)

《リリア視点》


「はぁ、はぁ、はぁ」



 クリスお兄ちゃんと別れたあたしはサイロンの村へと走る。

 息を吸う度に胸が痛み足が棒のようになって思うように体が動かないけど、この事件を村のみんなに知らせる為必死になって走っていた。



「クリスお兄ちゃん‥‥‥‥‥今助けるからね」



 走っている間もずっと涙が止まらない。頭の中では別れ際にお兄ちゃんが呟いた言葉が反芻していた。



『俺の分まで、幸せに生きろよ』



 あの言葉の意味は幼いあたしにだってわかる。

 クリスお兄ちゃんはこの戦いで死ぬつもりだ。

 自分の命を犠牲にしてでも、あのピエロを足止めするつもりなんだ。



「クリスお兄ちゃんのことを助けられるとしたら、アレンお兄ちゃんしかいない!」



 アレンお兄ちゃんはクリスお兄ちゃんと一緒にこの村へやって来た、勇者と呼ばれている人間だ。

 もしかするとあの人なら、クリスお兄ちゃんのことを助けられるかもしれない。



「リリア!? あんたはこんな時にどこへ行ってたのよ!?」


「ごめんなさい!」



 泥だらけになったあたしのことを村の入口で待っていたのはお母さんだ。

 お母さんは汚れているあたしのことなんて気にせず抱き着いてきた。



「ちょっとお母さん!? あたしを抱きしめたら、お洋服が汚れちゃうよ!?」


「そんなの構わないよ。それよりもよく戻ってきてくれたね。さすが私の娘だ」



 その行動を見ればお母さんがどれだけあたしのことを心配していたかわかる。

 お母さんに心配かけたのは反省するべきことだけど、今はそれどころじゃない。

 アレンお兄ちゃんにクリスお兄ちゃんのことを伝えないと。あの人が死んでしまう。



「リリアちゃん!」


「アレンお兄ちゃん!?」


「リリアちゃんはクリスのことを見なかった? 『リリアを迎えに行ってくる』と言って森の中に入ったっきり戻ってこないんだけど?」


「そのことなんだけど‥‥‥‥‥」



 それからあたしはこれまで起こったことを無我夢中で話した。

 ゴブリンに襲われている所をクリスお兄ちゃんに助けてもらったこと、それから魔物の大軍に襲われた事。

 そして魔王軍四天王と名乗る男と瀕死のクリスお兄ちゃんが戦っていること。そのことをアレンお兄ちゃんやお母さん達に話した。



「魔王軍の四天王ですって!?」


「そいつがこの村のすぐ近くにいるのか!?」


「その、魔王軍? ってそんなに強いの?」


「強いなんてものじゃない!? あいつ等がこの近くに来てるなら、みんなを避難させないと!?」



 一緒にいたお父さんや村長さんの慌てようをみれば、あのピエロがどれ程恐ろしい相手かわかる。

 ピエロが名前を名乗った時、クリスお兄ちゃんが深刻な表情をしていた理由が少しだけわかった。



「今すぐクリスお兄ちゃんを助けないと!? あの人が死んじゃうよ!?」


「リリア、クリス君のことは諦めるんだ」


「お父さん、何で!? このままじゃクリスお兄ちゃんが死んじゃうんだよ!? 何で助けに行かないの!?」


「助けに行った所で、俺達では足手まといになるだけだ」


「そうだよ、リリアちゃん。おじさん達に出来るのは、彼の死を無駄にしないようにするだけだ」



 何でみんなクリスお兄ちゃんが死ぬ前提で物事を話すの?

 あの人は今も命を懸けて戦ってくれてるのに、何で簡単に見捨てちゃうの?



「誰か‥‥‥クリスお兄ちゃんのことを助けてよ」



 都合のいい話だということはわかってる。

 元はといえばあたしが1人で森に入らなかったらよかった話なんだ。

 あたしのせいでお兄ちゃんが死んでしまうことを思うと涙が止まらなかった。



「リリアちゃん!!」


「アレンお兄ちゃん!?」


「もう1度確認するけど、クリスはこの先の道にいるんだね?」


「うん! この先の道で、今も戦ってると思う」


「わかった。教えてくれてありがとう」



 そういうとアレンお兄ちゃんは背中に背負っていた剣を抜き、あたしが走って来た道の方向を見る。

 こんな状況なのにも関わらず、アレンお兄ちゃんは笑っている。まるでこの状況を楽しんでいるようだ。



「おい、若いの!? お前も一緒に逃げるんだ!?」


「ごめんさい。僕は逃げることは出来ません。この道の先で、大事な友達が命を懸けて戦っているんです」


「魔王軍の四天王だぞ!? お前にそいつが倒せるのか!?」


「それはわかりません。ただクリス1人で戦うよりも勝率は上がると思います」



 アレンお兄ちゃんはクリスお兄ちゃんを助ける気なんだ。

 魔王軍の四天王が攻めてきているというのに。この人だけはクリスお兄ちゃんと一緒に戦おうとしている。



「村長さん達は村人の避難誘導をお願いします。僕はクリス共に、四天王を倒しに行きます」


「わかった。アレン君達の旅の目的は元々はそれだからな。我々は何も言わないよ」


「ありがとうございます。そしたら行ってきます」



 アレンお兄ちゃんは行こうとする直前、あたしの顔を見た。

 その顔は『クリスのことは僕に任せて!』と言わんばかりの穏やかな表情だ。

 たぶんアレンお兄ちゃんはあたしを安心させたかったんだと思う。今になってそう思うようになった。



「アレンお兄ちゃん!!」


「何?」


「お願い!! クリスお兄ちゃんのことを助けて!!」


「わかった。その願い、引き受けるよ」



 そう言ってアレンお兄ちゃんは森の中へと入っていく。

 あたしはその姿を静かに見送った。



「リリア!! 私達は逃げるわよ!!」


「うん!」



 それからあたし達は簡単な荷造りを済ませ、郊外にある避難所へと向かう。

 数時間後、避難所にアレンお兄ちゃんがクリスお兄ちゃんに肩を貸した状態で現れ、村の人総出で瀕死の彼を手当てした。


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ここまでご覧いただきありがとうございます

次話から時間軸が現代の方へ戻ります

続きは本日の夜更新しますので、楽しみにしててください


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