第35話 トラウマ
「ちょっと待って、お兄ちゃん!!」
「リリア、それにノエルとレイラまで!? みんな無事だったのか!?」
「うん! このクマさんがあたし達を山頂まで案内してくれたんだ!」
「クマさんって、このレッドベアのことか?」
「そうだよ! 山の中で迷っていたあたし達をここまで連れてきてくれたの」
「だから感謝しないといけない」
「そうだったのか。悪かったな。いきなり攻撃しようとして」
あの凶暴な性格をしていることで有名なレッドベアーが人に懐くなんて驚いたな。
しかもリリアだけでなくノエルやレイラの言う事も聞いている事から、リリア1人に懐いているわけではないようだ。
「リリアちゃん」
「アレンお兄ちゃん!」
「久しぶりだね。それよりもリリアちゃんに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいよ!」
「ありがとう! 早速質問なんだけど、そのレッドベアーは何で君達に懐いてるの? この魔物は凶暴な性格をしているから、普通なら誰の言う事も聞かないはずなんだけど?」
「あぁ。そのことね! それには色々と事情があるんだよ!」
「事情?」
「うん! このクマさんがあたし達に懐いているのは全部クリスお兄ちゃんのおかげなんだ!」
「俺のおかげだと!?」
「うん! クリスお兄ちゃんはこのクマさんのお腹の跡に見覚えはない?」
「お腹の跡?」
リリア達を降ろしたレッドベアが立ち上がると、大きなお腹を俺に見せる。
体中が真っ赤な体毛に覆われる中、お腹の所にただ1点黒い跡が残っている。
「この跡はもしかして‥‥‥‥‥人の足跡か?」
「そうだよ! クリスお兄ちゃんはこの足跡に見覚えがない?」
「そうだなぁ‥‥‥」
赤い体の中心にくっきりと残る足跡。
この跡はおそらく靴の跡だろう。その跡がレッドベアーのお腹にくっきりと残っている。
「靴の跡、靴の跡‥‥‥‥あっ!?」
「やっと気づいたんだね!」
「あぁ。このレッドベアーはいつも俺達のことを襲っていた個体なんじゃないか?」
「そうだよ! このクマさんは毎日あたし達が裏山ランニングをしていた時、お兄ちゃんに蹴られていたクマさんなんだ!」
やっぱりそうか。どこかで見たことがあるような気がしたのは、そのせいだったんだな。
「(そういえばランニングをしている時、必ずといっていい程俺達のことを攻撃しようとするレッドベアーがいたな)」
その都度そのレッドベアーのどでっぱらに蹴りを入れたんだけど、まさかそのクマがこんな所にいるとは思わなかった。
しかもそのクマがリリア達と出会うなんて、世間は狭いんだな。
「最初はこのクマが私達に襲い掛かってきたんだけど、リリアの顔を見た途端怖がり始めた」
「そうそう! 急にブルブルと震え始めたから、あたし達は何もしないよってこのクマさんに伝えたら懐いてくれたんだ!」
「それからダメ元でこのクマに山頂までの道を聞いたら、ここまで案内してくれました。最初は怖いと思いましたが、頭が良い上に可愛いクマでよかったです!」
「なるほどな。そういうことだったのか」
あの何気ないじゃれ合いがレッドベアーの中でトラウマに昇華されていたのか。
わざとではないんだけど、このクマには悪いことをしたな。
「ちょっとクリス、あんたはこの子達に一体どんな指導をしてるのよ?」
「どんな指導と言われても、騎士団の新人に教えるようなことをしているだけだよ」
毎日素振りをした後裏山へのランニング。そしてまた戻ってきたら素振りをする。
そんな生活を2週間弱していただけなんだけど。俺がやっていたことは問題ないよな?
「ク・リ・ス・先・生!!」
「ミリア!? どうしたんだよ、いきなり話しかけてきて」
「貴方が今フィーナさんにした話は本当なんですか?」
「あっ、あぁ!? 何一つ嘘は言ってないはずだ」
間違ったことは言ってないはずなのに。ミリアの肩が震えているのは何故だろう。
よくよく彼女のことを観察してみるといつの間にか目尻も吊り上がっている。
「(今のミリアの状態は鈍感な俺でもわかる)」
ミリアは怒っている。それも過去に見たことがない程怒っている。
温厚な人ほど怒らすと怖いというが、彼女の事をこれほど恐ろしいと思ったことは今までなかった。
「貴方は一体授業中に何をしているんですか!!!」
「何でそんなに怒るんだよ!? これも剣を教える指導の一環としてやっていたことだ!? 多少は多めに見てくれたっていいだろう」
「多めに見るわけがないでしょう!! 何を勝手なことをしてるんですか!! 授業はちゃんとカリキュラム通りにやらないと駄目でしょう!!」
「カリキュラム? なんだそりゃあ?」
「クリスさんがここに入った時に渡した指導要綱です!! 忘れたんですか!!」
「そういえばそんなものをもらってたな」
一応内容を全部読んだけど実戦では全く役に立たないものだったので、その本は研究室のどこかに眠っている。
そういえばあれってどこに閉まったっけ? 覚えてないな。
「まぁまぁミリア先生、少しぐらいカリキュラムと違う事をしたっていいじゃないですか」
「アレン校長は暢気すぎます!! このままでは生徒達が可哀想です!!」
「大丈夫ですよ。クリスはちゃんと考えて‥‥‥」
「ねぇ、アレン?」
「!? フィーナ!?」
「その可愛い女の子は一体誰なの? まさか貴方、浮気してるわけじゃないよね?」
こわっ!? 一体フィーナはどこから現れたんだよ!?
彼女の顔を見ると目の奥の瞳孔がなくなっており、表情は鉄仮面のように亡くなっている。
そして持っていた杖をアレンに向けていた。。
「(なんだか話がややこしくなってきたぞ)」
まさかフィーナまでこの問題に介入するなんて思わなかった。
現在はアレンを挟んでミリアとフィーナはにらみ合いをしている。
「(フィーナが嫉妬深い性格をしていることは知っているけど、まさかここまでとは予想してなかった)」
フィーナの独占欲がここまで強いとは俺も思わなかった。
常日頃からアレンが彼女の束縛が激しいと愚痴ってはいたけど、こんなに激しかったのか。
彼女がこうなったのはたぶんアレンと付き合ったことで、今まで募らせていた思いが爆発したからだろう。
アレンがいつも綺麗な女性と楽しそうに話しているので、フィーナが束縛したくなる気持ちもわからなくはない。
「フィーナ、違うんだよ!? これは!?」
「何が違うのよ?」
「彼女は僕が今いる学校の‥‥‥」
「アレン校長!! 私の話を聞いて下さい!!」
なるほど。女運が悪いとこういうことになるのか。
最近まで俺の方が女運は悪いと思っていたけど、アレンの方が圧倒的に良くないみたいだ。
「クリス君、止めなくていいんですか?」
「ノエルはあれを止める自信がある?」
「ありません」
「だろう? それなら静観しているしかないな。この状況を」
フィーナは1度暴走をし出すとそのエネルギーが切れるまで止まることはない。
なのでこういうことが起きた場合、問題が解決するまで見ていることしか出来なかった。
「そういえばレイラ」
「何?」
「その両手に持っている子グマはどうしたんだ?」
「この子? この子は私達を山頂まで案内してくれたクマの子供だよ」
「グマ!」
「この子も宜しくねって言ってるよ! クリスは挨拶しなくていいの?」
「確かに挨拶しないと失礼だな。よろしく!」
「グマ!」
それにしてもこの子グマは全く親に似てないな。
レッドベアーの子供なのに毛が茶色だ。
見た目だけで言えば、その辺にいるブラッドベアーにしか見えない。
「ちょっとアレン、私の質問に答えなさいよ!!」
「アレン校長!! 私の質問に答えて下さい!!」
このやり取りはしばらく続けられることとなり、俺達は子グマを愛でながら黙ってその様子を静観する。
途中でこの状況に慌てたロスタス先生が3人の間に入り、この言い争いは一旦終結した。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは本日の19時に投稿しますので、よろしくお願いします。
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