第37話 リリア達の不安

 校外実習が終わって数日経ったある日のこと、俺はいつものように授業を行っていた。

 今日の授業はいつもとは違い学校のカリキュラムに沿った内容である。

 校外実習の後授業内容についてミリアから指摘があったため、教科書通りの授業もするようになった。



「(こういうことを定期的にやっていれば、他の先生に何か言われることはないだろう)」



 最近は素振りやランニングの他にこういったことを取り入れている。

 週に1回このような授業を行う事で、リリア達に基礎的な戦い方の重要性を伝えていた。



「よし! 今日はこれで終わりだ! みんなお疲れ様!」



 俺がいつものように授業の終わりを告げるとリリア達が不安げな表情で俺のことを見つめている。

 他のクラスと同じ授業をしているはずなのに、彼女達はなんでそんな表情をするのだろう? 俺にはそれがわからなかった。



「(俺が考案した騎士団専用のメニューではなく、学校側が推奨している指導をしているのに何が不満なんだ?)」



 普段なら疲れ切った表情をしてその場に座り込むのに、今日はいつもと様子が違う。

 ノエルなんて初日はあんなに不満そうな表情をしていたのに。その時とは正反対の表情をしていた。



「クリス君、1つ質問です!」


「なんだ?」


「私達はこんなに生ぬるい練習をしていてもいいのでしょうか?」


「どういうことだ?」


「だって先週までやっていた練習の方が私達の為になっていたし、クリス君もそう思ったからあのような練習をしたんじゃないんですか?」



 ノエルの言ったことは殆ど当たっている。

 初日の素振りを見ていて思ったけど、ノエルとレイラのに関しては基礎的な事を教える必要がない。

 リリアに関しては教えないといけないことは山程あるが、ノエルとレイラは他の生徒達よりも基礎的なことは出来ている。

 なので俺がこの3人に教えることといえば、戦場での戦い方や実践的な訓練だけだと思う。



「確かにノエルの言う通りだ。リリア達に基礎的なことを教える必要がないと思っている」


「それならこんな練習をしても意味がないと思います」


「意味はあるよ。いつも厳しい練習している分、休息をする日を作った方がいいだろう」


「休息日って必要なんですか?」


「もちろん必要だよ。休息を取ることで損傷した筋肉が回復し、前よりも丈夫な筋肉になる。これを自己回復というんだ」


「私達の体にはそういった回復機能があるんですね! 初めて知りました!」


「実は俺も団員のトレーニングメニューを作っている時に知ったんだよ。まさか俺達の体がそんな風に作られているとは思わなかった」



 俺がどうやってこの知識を身に着けたのか。それはこの城の中にある図書館で人の体の構造ついて調べている時のことだ。

 どうやら昔人体のことについて研究していた人がいたらしく、その研究者が残した本を読んでいてそのことを知った。



「クリスお兄ちゃんは博識なんだね」


「別に俺が博識ってわけじゃないよ。これらのことは全部騎士団長になった後勉強して知ったことだ」


「えっ!? 騎士団長になっても勉強することなんてあるの!?」


「あるに決まってるだろう。むしろ組織の長をやってるんだから、幅広い知識が誰よりも必要になる」



 それを俺は騎士団長になって痛感した。

 騎士団長になった初期の頃、俺の知識が不足していたせいで他の部署との交渉が上手くいかず団員には迷惑をかけっぱなしだった。



「だから授業中に居眠りばかりしてないで、ちゃんと勉強もしろよ。リリア」


「えっ!? 何であたしが授業中に居眠りしている事を知ってるの!?」


「それは周りの先生達がリリアの話をしてくれるからだよ。お前がよだれを垂らして気持ちよく寝ている話をよく耳にするぞ」



 その度に俺は周りの先生達に謝っているのだが、座学の先生達はみんな微笑ましい表情で許してくれている。

 たぶん他の先生達がこんな風に話してくれるのは俺のことを理解しているからだろう。

 野心家な実技の先生達とは畑が違う事もあって、座学の先生達は俺に対して優しく接してくれる。

 なので俺は実技の先生達よりも座学の先生達と仲良くなっていた。



「リリアさん、だから言ったでしょう。クリス君の迷惑になるから寝るのはダメだって」


「うん」


「これに懲りたら、今後は授業中は寝ないように気をつけましょうね」


「はい」



 リリアとノエルのやり取りを見ていると、まるで姉妹のようだ。

 このクラスが発足して2週間弱が経つが、以前よりもまとまっているように見えた。



「それじゃあリリアも改心したことだし、今日は解散しよう」


「「待って!!」」


「えっ!?」



 いきなりリリアとノエルに左右の腕を捕まれる。

 あまりに早い動きに俺は戸惑いを隠せない。

 いくら今日の授業が楽な物とはいえ、ここまで機敏に動ける人間なんて中々いないぞ。



「お兄ちゃん、今日の夕食の話を忘れてない?」


「そうですわ。今日はリリアさんの当番なんですから、逃げないでください!」


「ぐっ!!」



 2人がそのことを忘れてると思い、スマートに解散して逃げようと思っていたが覚えていたのか。

 普段は俺の方が機敏なのに。何でこんな時だけあの2人の方が早いんだ?

 しかもそのスピードは日に日に速くなっているような気がする。



「2人の気持ちはありがたいけど、今日は外で食べてくるから大丈夫だよ」


「それは駄目です!!」


「お兄ちゃんの体はあたし達で管理するって決めてるんだよ!!」


「だから絶対に逃がしません!!」


「覚悟してね! お兄ちゃん!」



 俺はいつから自分の生徒達に健康管理をされるようになったんだ!?

 立場上俺が3人の管理をしないといけないはずなのに。プライベートでは立場が逆転している。



「それじゃあお兄ちゃん、早く行こう」


「今日は市場で材料を買わないといけないので、クリス君もついてきてくださいね」



 どうやら俺には選択肢はないようだ。

 授業中は俺が3人のペースを握っているのに、授業が終わると途端に3人のペースになる。

 一体何故こんな力関係になったのか、それは俺にもわからない。



「リリア、今日の晩御飯は何?」


「今日は久しぶりにお肉を焼くつもりだよ!」


「やったぁ! 私お肉大好き!」


「レイラさんはお肉だけじゃなくて、お野菜もちゃんと取るんですよ」


「野菜は嫌い」


「好き嫌いは駄目だよ! 今日はレイラちゃんの為に特製のサラダも作るね」


「うげっ!?」



 俺が知らぬ間にリリア達も仲良くなったようだ。

 この3人が集まった時はどうなることかと思ったけど、あの校外実習を通してみんなの絆が深まった気がする。



「それじゃあ話はまとまったみたいだし、俺はこれで‥‥‥」


『『がしっ!!』』


「逃がさないからね、お兄ちゃん!!」


「そうですわ! 早く市場へと行きましょう」


「レッツゴー!」



 結局俺は3人の魔の手から逃げられず、学外へと連れて行かれる。

 抵抗しようにも両腕をがっちりつかまれている為逃げられない。



「(俺はこのままこの3人(主にリリアとノエル)に攻略されるんじゃないか?)」



 そんな一抹の不安を抱えながら、俺はリリア達と一緒に食材の買い出しへと向かった。


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