第32話 誰かの悪意

「おやおやおや、どこの誰かと思えば選抜クラスの担任をしているクリス先生じゃありませんか」


「レイブン先生」



 右目に大きな傷があるこの壮年の男性はレイブン・アルフォント。俺が所属していた騎士団の元副団長だ。

 そんな人が何故この学校の教師をしているのか。それは彼の右目につけられた大きな傷のせいある。

 数年前に起こった魔王との戦いで彼は魔王の配下から右目を傷つけられて視力を失った。

 その傷が原因で騎士団に復帰することが出来ず、この学園の教師になったらしい。



「全く。レッドベアー相手に後れを取るなんて。クリス先生のクラスの生徒は情けないですね」


「悪いがここにいる子達はBクラスの生徒だ。俺のクラスの生徒じゃない」


「なるほど! そうだったんですね。それは失礼しました」


「別に俺は平気です。謝るならそこにいる生徒達に謝って下さい」



 この人は剣士としての腕は一級品なのだが、何かと理由をつけて俺に嫌味を言う。

 自分が受け持つAクラスの生徒達が1番だと盲目的に思い込み、他のクラスの生徒達を見下していた。



「(何かと俺に突っかかってくる所を見ると、よっぽど特別クラスの担任になりたかったんだな)」



 レイブン先生は自分が選抜クラスの担任に選ばれなかった事がよっぽど悔しかったようだ。

 俺を見る度に嫌味を言ってくるのはそういう理由からだろう。

 俺が職員室に近寄りたくないのもこの先生に絡まれたくないからである。



「(Aクラスの担任をしているだけでも十分名誉な事なのに、どれだけ欲深いんだ)」



 Aクラスの担任だって十分名誉な役職だ。それなのに今年創設された選抜クラスを目の敵にしている。

 たまたま廊下ですれ違っただけでも嫌味を言われるので、俺はこの人と極力関わらないようにしていた。



「それにしてもクリス先生のクラスの生徒達は何をしているんでしょうか。私のクラスの生徒は順調に登山をしているのに‥‥‥」


「そんなことはいいから!! 今はこの生徒達のことを保護してくれ!!」


「そうでしたね。それでは早速ここにいる生徒達を学校へ連れて帰りましょうか」



 これでひとまずアメリア達の安全は確保された。

 あとはフィーナが治療している生徒が無事ならいいんだけど。治療はまだ終わらないのかな?



「おーーーーーーい!」


「ロスタス先生!!」


「レッドベアーが出たというから、急いでこっちに来たんだよ!? アメリア君、大丈夫かい!?」


「はい。私は大丈夫ですが、ジュリアスが‥‥‥‥」


「クリス! 治療が終わったわ!」


「こっちも丁度迎えが来た所だ! その子をこっちに連れてきてくれ!」



 これで俺の役割は終わりだ。アメリア達を安全地帯に誘導するのはレイブン先生の役目だし、あとは彼等に任せればいい。

 あの様子を見るとフィーナが治療していた生徒も命に別条はないだろう。

 こんなどうでもいい校外学習のせいで、あの子が死ななくて本当によかった。



「それでこのレッドベアーの死骸はどうしましょうか?」


「それは僕が回収するから大丈夫だよ」


「わかりました。それならお願いします」



 レッドベアーの死骸をここに放置するわけにはいかないし、ロスタス先生が処理してくれるなら全て任せよう。

 俺が討伐したレッドベアーは全てロスタス先生が回収している。この人はこの学園の中でも常識人の部類に入るから、この死骸もちゃんと処理してくれるはずだ。



「それにしても今日はレッドベアーがよく出現しますね」


「僕もそう思うよ。でもこの山には元々たくさんのレッドベアーがいるから、あまり珍しい事じゃないと思う」


「そうなんですか!?」


「あぁ。この学園に長年勤めてる僕が言うんだから間違いないよ」



 やっぱりこの山には昔からたくさんのレッドベアーがいたのか。

 以前リリアも同じようなことを言ってたから、ほぼ間違いないな。



「それにしても、今日に限って何故レッドベアーがこんなに出現するんでしょうか?」


「それは僕もわからないけど、何かしらの事情があるんじゃないかな?」


「何かしらの事情ですか?」


「そうだよ。このクマの生息地は本来ならもっと人が来ないような山奥だからね。そこで予期せぬ出来事が起きたから、ここまで出てきたんじゃないかな?」



 何かしらの事情か。その事情とは一体何なのだろう?

 下手をするとその事情はこの学園を揺るがしかねない事になるような気がする。

 長年旅をしていた俺の勘がそう告げていた。



「(俺が心配性なだけかもしれないけど、あとでアレンに相談してみるか)」



 頭の切れるあいつならこの問題を解決してくれるだろう。

 だから念の為レッドベアーが出現した場所を持っていた地図に書き込んでいた。

 


「とりあえずこのクマの処理は僕に任せて!」


「わかりました。よろしくお願いします」



 この場所での俺の仕事は終わったはずなのに、なんか釈然としない。

 誰かの手のひらの上で踊らされているようなそんな感覚がした。



「ちょっとクリス」


「何だ?」


「何か不穏な空気を感じない?」


「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」



 国が整備した道にレッドベアーが大量出現するなんてどう考えても異常だ。

 もしかするとこの森の中で俺の知らない何かが起こっている可能性がある。

 口では形容しがたい悪意がこの山に充満しているような気がした。



「リリア達も無事だといいんだけど‥‥‥」


「大丈夫よ。あんたの教え子でしょ。みんな無事に決まってるわ」


「そうだな。俺の心配しすぎか」



 あの3人はそれぞれ特徴は違うがみんな強い。

 だからきっとこの校外学習も問題なく乗り越えるだろう。



「クリス!! また救難信号が上がったわ!!」


「わかった!! レイブン先生、後は任せました!」


「任せてくれ。ちゃんと生徒達を安全な場所へと送り届けるよ」



 なんだか手柄を取られたような気持になるが、こればかりは仕方がない。

 俺はアメリア達をレイブン先生達に任せ、次の現場へと向かうのだった。


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ここまでご覧いただきありがとうございます

続きは明日の7時に投稿しますので、よろしくお願いします。


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