第30話 出発前の応援(エール)
『‥‥‥‥‥‥以上で、開会の挨拶とさせていただきます』
『アレン校長、ありがとうございました。続きまして‥‥‥』
「ふぁーーー。暇だな」
校外学習の出発直前に行われている開会式の最中、あまりに退屈過ぎて思わずあくびをしてしまう。
これも全部まわりくどくて面白くもない話をするアレンが悪い。
本人は『こういう堅苦しい場では、回りくどい挨拶の方が受けがいいんだよ!』と言っていたが、何がいいのか俺にはさっぱりわからなかった。
「こんなことなら先にゴール地点の山頂に行っておけばよかった」
今ならゴール地点には誰もいないので、1時間ぐらいゆっくりと昼寝が出来たはずだ。
それがわかってるのに何故俺は開会式を聞いているのか。
それはアレンの彼女であるフィーナのせいである。
「(あいつが『アレンの雄姿を見ましょう!』なんて言わなければ、俺はもっとのんびり出来てたんだよな)」
フィーナが校長になったアレンの挨拶をどうしても聞きたいと言ったので、俺までここに残らないといけなくなった。
俺1人で山頂まで行けばいいんだけど、俺達に与えられた役割のせいでそれが出来ない。
だからこうして大人しくアレンの挨拶を聞いているしかなかった。
「(俺が生徒達に何かあった時の救出担当、そしてフィーナが生徒達の救護担当という関係上ペアで動かないといけないんだよな)」
そのせいで今日の俺はフィーナと一緒に行動しないといけない。
その結果俺は息苦しい1日を過ごす羽目になった。
「‥‥‥リス‥‥‥クリス!!」
「はっ!? フィーナか」
「『フィーナか』じゃないわよ。そろそろ私達も移動するわよ」
「もうそんな時間か」
生徒達が登山口の前に立ち出発しようとしている所から察するに、そろそろ校外学習が始まるのだろう。
俺達はこれからゴールをした生徒達を迎える為に山頂へ行かないといけない。
なので生徒達よりも早くこの山を登る必要があった。
「お兄ちゃん!!」
「リリア! それにノエルとレイラまで!? 一体どうしたんだ?」
「スタートする前にお兄ちゃんから一言応援の言葉をもらおうと思って来たんだ!」
「応援の言葉?」
「そう! 校外学習が始まる前にあたし達に対して何か一言をかけてもらえると嬉しいな!」
なるほどな。リリアのいうことは確かに一理ある。
他のクラスを先生達を見るとクラス全体に声をかけているみたいだし、俺もリリア達に対して何か言っておくか。
「わかった。そしたら1人ずつ声をかけていくぞ。まずはレイラからだ」
「うん!」
さて、レイラに対して俺はなんて声をかけようかな?
彼女は無口ながら周りのことをよく観察している。そして状況を見て臨機応変に動けるのがレイラのいい所だ。
「レイラ」
「何?」
「レイラは無口だけど、周りが見えていて何でも出来る! だから何か合った時は頼むぞ!」
「わかった!」
嬉しそうな顔をして戻っていくレイラの次に現れたのはノエルだ。
彼女はムスッとした表情で俺の前に立った。
「どうしたんだよ? そんなふくれっ面をして。可愛い顔が台無しだぞ」
「なんでもないです。ただクリス君がレイラさんの良い所を知っていて、少し焼きもちを焼いているだけなので気にしないでください」
そんなに不満そうな表情をして、気にしないわけがないだろう。
俺がそのように察するぐらい今のノエルは酷い顔をしていた。
「あのなノエル、確かにレイラにはレイラのいい所がある。だけどノエルにも他の2人にはない良い所がたくさんあるよ」
「それは本当ですの!?」
「本当だよ。それを今伝えるから、ちゃんと聞いててくれ」
「はい!」
俺がそう言った途端、すごく嬉しそうな表情をする。
見た目はものすごく大人っぽいが中身はまだまだ子供なんだよな。
それがノエルの良い所なので、その部分はこれからも変わらないでほしい。
「(そしたらノエルにはなんて声をかけて上げようかな)」
普段の行動からもわかる通り、ノエルはもの凄く頭がいい。
剣の扱いが上手いだけでなく戦略眼も備わっており、どんな状況でも冷静に物事を判断できる。
「ノエルはこの3人の中で誰よりも頭がキレる。そして剣が上手いだけでなく、観察眼が鋭い」
「ありがとうございます」
「だからこのチームの頭脳になってリリア達のことをゴールまで導いてくれ。ノエル、お前ならそれが出来る!」
「くっ、クリス君がそういうなら、しょうがありませんわね」
よし! これで2人目が終わった。
我ながら上手く2人を褒められたという自負がある。
残りは不満げな様子を隠そうともしないリリアだけだ。
「リリアは何で頬を膨らませてるんだよ? 可愛い顔が台無しだぞ」
「だってお兄ちゃん、ノエルちゃんに二言声ををかけた」
「しょうがないだろう。一言では収まらなかったんだから」
「それならあたしは三言ね」
「えっ!?」
「ノエルちゃんが二言ならあたしは三言声をかけて! そしたらクリスお兄ちゃんのこと、許してあげる!」
リリアが言った三言という言葉はものすごく重い。
元々俺は人のことを褒め慣れてないので、人にあまり声をかけることはない。
なのでそんなに多くを求められても正直困る。そんなに続けてリリアの良い所を言う自信がない。
「リリア」
「何?」
「三言は難しいから、二言じゃダメか?」
「ダメ!! 三言言ってくれないとあたしの気が済まないよ」
「わかった。そしたら行くぞ!!」
こうなったらどうにでもなれ!! 俺がリリアに対して思ってることを言えばいいんだ!
俺は今のリリアに対して、自分の思っている事を素直に言う事にした。
「リリア、お前は努力家だ。天才じゃなく秀才の部類に入る」
「うん!」
「お前が今までずっと剣を振ってきたのを俺は知っている。その努力は絶対に嘘をつかない」
「うん!」
「だから今日の終盤、みんなが疲れて来た時に鍵になるのがお前だ。ノエルとレイラがへばった時、お前が率先して2人を引っ張ってくれ!」
「はい!!」
リリアも満足してくれたみたいだし、これで3人全員に声かけが終わった。
正直3人のことを褒めるのはしんどかった。褒め慣れてないせいか、変な汗が額から流れた。
「ふぅ、これで終わっ‥‥‥‥‥てレイラ? どうしてまた俺の前に来てるんだ?」
「ノエルは2回。リリアは3回クリスにエールをもらえた。なのに私は1回。不公平」
「仕方がないだろう。これには慣れというものがあるし‥‥‥」
「レイラさんの言う通りですわ。リリアさんだけエールが多いなんて不公平です!!」
「ノエルまで!?」
あれ? おかしいな。俺の役割は終わったはずなのに。また言い争いが始まった。
フィーナはこの状況を見て呆れた視線を送るだけで俺を助けようとしてくれない。
そうしている間にも三者三様の顔が俺に詰め寄って来た。
「クリス、もう1度エールをする!」
「クリス君お願いしますね!」
「お兄ちゃん!! あたしもあたしも!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! もう、どうすればいいんだよ!!!」
これ以上語彙力がない俺は3人に声かけが出来ない。
それなのに3人は俺にもっとエールがほしいとおねだりしてくる。
「クリス、あんたモテモテじゃない」
「フィーナ、そんなこと言わないで助けてくれ!?」
「こんなラブラブな所に首をツッコむ方が野暮ってものよ! こんな可愛い女の子に囲まれてるんだから、少しは楽しみなさい」
駄目だ!? 恋愛脳のフィーナは全く使い物にならない。
いつもは頼りになるのに、何でこういう時は助けてくれないんだよ!?
「クリスお兄ちゃん!」
「クリス君!」
「クリス!」
「頼むからもう勘弁してくれ!!」
それから俺はスタート直前まで3人に迫られることになる。
結局俺は3人がスタートするまで山のふもとにいることになり、生徒達の校外学習が始まると同時に山登りをする羽目になった。
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