第16話 初めての授業
退屈な午前中の授業が終わり、昼休憩を挟んだあと午後の授業が始まった。
この時間がくるまでの間、やることが何もなかった俺はものすごく退屈な時間を過ごしていた。
「(俺の担当教科が剣術ということもあり、午前中に授業が入ってなかったんだよな)」
どうして俺がこんなに暇を持て余していたのか。それはこの学校の時間割のせいだ。
午前中は一般教養等座学中心の授業を行い、午後から剣術等専門系の授業を行う。
その為俺は教室で朝のホームルームを行った後、何もすることがなく自分の研究室で暇を持て余していた。
「(午前中は座学中心だから俺の出番がないのは仕方がない。その分午後の授業で頑張ればいいんだ!)」
この学校の校長であるアレンから、俺の好きなように授業をしてもいいというお墨付きをもらっている。
なので俺はアレンの言う通り好き勝手やることにした。今日の授業でやる内容も既に決まっている。
「(直前まで何をするか迷ったけど、近衛騎士団に入団したばかりの新人達と同じことをやらせればいいか)」
剣を教えると言っても何から教えればいいかわからない。
誰にも剣術を教えてもらえず、実践で剣を覚えてきた俺にとってリリア達に教えられることが殆どなかった。
「(そんな俺がリリア達に教えられること。それは戦場で生き残る手段だ)」
なので俺はリリア達に戦場で自分の身を守る方法を教えることにした。
普通の授業では味わえないような事を体験できれば、それが彼女達の為にもなるだろう。
「よし! 全員揃ってるな」
俺の前には制服から運動着に着替えたリリア達がいる。
全員が真っすぐ俺の方を見たまま固まっていて、緊張しているのか体がガチガチだった。
「今日からこのクラスで剣術を教えることになったクリス・ウッドワードだ。みんなよろしくな!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
「いい返事だ。それじゃあ早速3人には素振りをしてもらおう」
「素振りですか!?」
「どうしたんだ、ノエル? 何か不満があるのか」
「いえ、ありません」
「それじゃあ全員木剣を持って、素振りをする準備をしよう!」
「「はい!!」」
元気に返事をするリリアやレイラと違って、ノエルの表情が曇っている。
たぶんノエルはこの授業に不満があるのだろう。
目を輝かせている2人とは違い、1人だけ不貞腐れているように見えた。
「(まぁ、ノエルがこんな表情をするのも仕方がないか)」
ノエルには剣術を教えてくれた師匠がいたから、こういう初歩的な練習を改めてするのが不満なんだろう。
以前エルフの国にある学校を視察させてもらった時、そこでは高度なテクニックを教えていた。
そういう授業を受けてきたからこそ、今更素振りをして何が得られるのかと内心思っているのだろう。
そんなノエルの気持ちがわからないわけではなかった。
「(でも彼女は賢い子だから、すぐにこのトレーニングの意味に気づくはずだ)」
たぶんこの授業が終わる頃には俺の意図を理解してくれるに違いない。
なので俺は敢えてノエルのことを注意しなかった。
「まずは上下に素振りをしてもらった後、俺が合図を出したら横凪の斬撃や袈裟切りのような自分の型で素振りをしてくれ」
「わかりました!」
「それじゃあ素振りを始めるぞ! みんな素振りをする準備が出来たか?」
「「「はい!」」」
「それじゃあ各自素振りを始め!」
俺の合図と共に3人がその場で素振りを始める。俺は3人が木剣を振っている所を少し離れた所で見守っている。
「(他のクラスを見ると教師達が剣の握り方から教えているけど、選抜クラスに入ったこの子達にそれを教える必要はないな)」
現に3人共既に自分の型を持っている。
木剣の握り方も問題ないし、基礎的なことを教える必要はなさそうだ。
「(それにしてもノエルとレイラの素振りは綺麗だな)」
レイラのことはおいておくとして、ノエルはエルフの国で名だたる剣の名手達から指導を受けたに違いない。
純粋な剣の実力だけ見ても、ノエルはこの3人の中で頭3つ分ぐらい抜きんでている。そのぐらい彼女の素振りは芸術的だった。
「(それに対して、リリアにはもっと基礎的なことを教える必要がありそうだ)」
一見するとリリアの素振りはノエルやレイラと変わらないように見える。
だけど俺から見れば、リリアの素振りは改善点だらけだ。彼女にはもっと細かく指導する必要がある。
「リリア! 腕だけじゃなくて、もっと腰を使って剣を振ろう!!」
「腰?」
「そうだ! もっと全身を使って木剣を振ってみよう!!」
俺がそう言うとリリアは全身使って剣を振り始めた。
だが体を使うということがいまいちわかってないのか動きがぎこちない。
「リリア、一旦素振りをやめてくれ」
「はい‥‥‥」
「そんなにしょんぼりとした声を出すなよ。まだ練習を始めたばかりなんだから、上手く出来なくて当然だろう?」
「でもノエルちゃん達と比べたら、自分が劣っているような気がして‥‥‥」
「今の時点でノエル達より剣の腕が劣っていても問題ないよ。これから3年間で地力をつけて、あの2人をあっと言わせるほど強くなろう」
「うん‥‥‥わかった」
駄目だ。ノエル達の素振りを見て、リリアは自信を失っている。
ノエルやレイラとの実力差を肌で感じた結果自身を失い、落ち込んでしまったようだ。
「(こういう時には下手に声をかけない方がいいんだよな)」
俺も昔リリアと同じ状態になったことがあるからわかる。こういう時下手に慰めるのは逆効果だ。
だから自分の気持ちの整理がつくまでそっとしておくのがいいんだけど、授業中なのでそれが出来ないんだよな。
「(下手に口を出すよりも俺の素振りを見てもらった方がいいか)」
それが今のリリアにとって、1番いい指導法だろう。
彼女も俺と同じ感覚で物事を覚えるタイプだ。だから俺の素振りを見せれば、ある程度自分で修正出来ると思う。
「リリア」
「何?」
「これから俺が素振りをするから、その動作を見てくれないか?」
「わかった」
「そしたらこの木剣は借りるよ」
「うん。それはクリスお兄ちゃんの好きに使っていいよ」
俺はリリアから木剣を借りて、その場で構える。
するとノエルやレイラも素振りをやめて、俺の周りに集まり始めた。
「クリスが素振りをするの?」
「そうだよ!」
「それなら私も見たい!」
「私も見たいです! クリス君が素振りをするところなんて、中々見れないですから!」
「わかった。そしたら2人もリリアの横で見てて」
ちょうどいい機会だから、ノエルとレイラにも俺の素振りを見てもらおう。
2人にとって参考になるかわからないけど、自分の殻を破るいいきっかけになるかもしれない。
「それじゃあ行くぞ!」
俺はそう告げると木剣をその場で振り下ろす。
ただ木剣を上下に振っただけなのだが、3人は俺から目を放さずにじっと見つめていた。
「ノエル、今の俺の素振りを見てどう感じた?」
「綺麗でした。それでいて体の軸にブレがなく、無駄のない動きのように思えます」
「ありがとう。この動きをするにはコツがあって、腰を軸にして剣を振るんだ」
「腰? あたし達は剣を振ってるんだから、力を入れるのは腕じゃないの?」
「それは違う。リリアの言う通り腕の力も必要だが、腰を使って振った方が剣を振った時のスピードが上がるし、腕だけで振った時よりも疲れない」
「なるほど。体全体を使って剣を振るといいことずくめなんですね」
「そうだ」
俺も旅の途中で色々な人と出会ってこの技術を知った。
アレンは誰に教わるでもなく自然とこのやり方を会得していたけど、俺はこのやり方を会得するのにかなりの時間がかかった。
「剣のスピードが上がったり、腕の疲労が抑えられることはわかりました。でもその口ぶりだと、他にも利点があるんですよね?」
「もちろんある。腕の力だけで振った時と違って力の入れ具合も違うし、次の動作にも移りやすい」
力の加減について実演しようと思ったが、ここには騎士団で使っている試し切り用の丸太はない。
なので力の違いについて見せることは出来ないけど、他に出来ることはある。
それをリリア達に見せようと思った。
「今からその動きを俺が見せる。たぶん説明してもわからないと思うから、リリア達はそこで見ててくれ」
「うん、わかった」
木刀を受け取った俺は3人に俺の太刀筋を見せた。
上段に中段下段と息つく間もなく動く俺に3人は声も出ないようだ。
「さっき話したことを応用するとこんな風に動けるようになる。戦場では360度、どこから攻撃がくるかわからないから、常に動けるような体勢をとらないといけないんだ」
「なるほど。腰を軸にして剣を振るようにすれば、次の動作に移りやすくなるんだ」
「そうだ。レイラもわかってくれたようだな」
それこそ1対1で戦う事なんて余程の状況じゃないとありえない。
1対2はもちろんのこと1対10で戦う事もあるので、どこから攻撃がきても対応できるような態勢でいないといけない。
「リリア。今の俺の動きを見て、なんとなくコツは掴んだ?」
「うっ、うん! 上手く出来るかわからないけど、やってみる!」
「それなら素振りを再開するぞ。リリア、木剣を貸してくれてありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃあ各自素振りを再開してくれ」
「「「はい!!」」」
3人共俺の指導にもっと難色を示すかと思っていたけど、素直に俺の指示に従ってトレーニングをしている。
この素直さも彼女達の良い所だろう。この調子なら次のトレーニングにすぐ移ることが出来そうだ。
「(この分なら新しいトレーニングの準備をしてもよさそうだな)」
真剣な表情で授業を受けるリリア達のことを見守りながら、俺は次のトレーニングメニューを考えていた。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは明日の8時頃投稿しますので、お待ちください!
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