第15話 憧れの人
「そんなことないよ!! あたしは必死に努力して頑張るクリスお兄ちゃんの方がアレンお兄ちゃんの何倍も格好いいと思う!」
「それは本当か?」
「うん! 努力している人は凄く格好いいよ! だからあたしはクリスお兄ちゃんのことを好きになったんだ!」
やめろやめろ。そんな迷いのない瞳で俺のことを見るな。
俺はリリアが思っている程、綺麗な人間じゃない。あの時の俺は周りの見えてないただのクソガキだった。
「(思い返せば昔の俺は今のリリアと違って卑屈な人間だったな)」
今思えばあの頃の自分は人のことを妬み嫉妬心をむき出しにする最低な男だった。
アレンという男に憧れアレンのようになりたくて必死に努力している哀れな男と言い換えてもいいだろう。
あの時の自分を客観的に見ると本当に滑稽だったな。今思い出しただけでも笑ってしまう。
「リリアには悪いけど、俺はお前が尊敬するような人間じゃないよ」
「そうやってまた『俺には幼い女の子1人すら守れない、非力な人間だ』とか言うんでしょ」
「7年前に言った言葉をよく覚えてたな」
「それだけ印象に残る言葉だったんだよ」
「まいったな。リリアには恥ずかしい所を見られてばかりだ!」
俺とリリアの付き合いは1ヶ月と短いが、その期間中様々な出来事があった。
それこそ1ヶ月の付き合いと思えないぐらい様々な事件起きて、それらの事件を一緒に解決した結果、彼女と深い仲になるまで時間が掛からなかった。
「ふふっ! 7年ぶりに会ったけど、やっぱりお兄ちゃんは変わらないね」
「そうか?」
「そうだよ。自分に自信を持てない所なんて、昔と変わってない!」
「そう言われてもなぁ。アレンと一緒にいて、自信なんて持てるわけがないよ」
「お兄ちゃんだって凄い事を成し遂げたんだから、アレンお兄ちゃんのようにもっと自信を持たなきゃダメだよ!」
そんなことを言われてもあんな才能の塊を前にしたら、自信なんてなくなるだろう。
俺の隣にはいつもアレンという天才がいたんだ。そいつとずっと比較されて生きてきたので、自分に才能がないことは俺自身が1番よくわかっている。
「昔から思っていたんだけど、クリスお兄ちゃんは何でそんなに自信がないの?」
「リリアには俺の気持ちになって考えてほしいんだけど、アレンのような才能あふれる男の隣にいたんだ。その男の才能を間近で見ていたら、自信なんて持てないよ」
「もう! その考えが既にダメなんだよ! いつもアレンお兄ちゃんとばかり比較するから卑屈な考えばかりを持つようになるの!」
「とは言ってもな‥‥‥」
「お兄ちゃんはわかってないと思うけど、あたしはアレンお兄ちゃんよりもクリスお兄ちゃんの方が凄いと思ってるからね」
「お世辞だとしても嬉しいよ。ありがとう」
「お世辞なんかじゃないよ! お兄ちゃんは自分のことを非力な人間だと思ってるけど、そんな人に助けられている人もいるんだから、絶対にそのことを忘れないでね!」
「あぁ。わかった」
「でないと頑張ってるあたしが馬鹿みたいじゃん‥‥‥」
あれ? 今リリアの表情が一瞬曇ったぞ。
いつも笑顔を絶やさない天真爛漫な子のはずなのに。何があったんだろう。
「リリア? 一体どうし‥‥‥‥‥」
「へっ、へっくしゅん!!」
「そんなに大量に汗をかいたまま体を拭かないからくしゃみなんてするんだよ!? このままだと風邪を引くぞ!?」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。元はといえばトレーニング中に引き留めた俺が悪いから。お詫びってわけじゃないけど、これを使ってくれ」
「これって‥‥‥タオル?」
「そうだよ。昨日洗ったばかりの清潔なタオルだから、それを使って汗を吹いてくれ」
俺は自分が使うように持っていたタオルをリリアに渡す。
そのタオルを受け取ったリリアは目を輝かせてそのタオルを受け取った。
「もしかしてこれ‥‥‥お兄ちゃんが使った物なの!?」
「そんなわけないだろう!? これはまだ誰も使ってない新品同様のタオルだ!?」
「そうなんだ。なんか残念」
「俺はそれを残念だと思うリリアのことが怖いよ」
一体俺の使用済みタオルを使って、リリアは何をしようとしていたんだろう。
俺にはリリアがそのタオルを使って何をしようとしていたのか想像つかない。
そしてそれをリリアに直接聞く勇気もないので、このことは忘れることにしよう。
「このタオル、お兄ちゃんは使わないの?」
「あぁ。予備のタオルが部屋にあるから、それを使うことにする」
「でも、それだとお兄ちゃんが風邪を引いちゃうよ!?」
「安心しろ。魔王討伐の旅に出てから、俺は1度も風邪を引いたことがない」
「そうなの?」
「あぁ。その代わりに何度も死にかけたがな」
腹や背中を切られるだけでは飽き足らず、崖からの落下や毒ガス攻撃などを敵から受けて何度も死にかけた。
それだけの攻撃を受けたのに、今までよく生きていたと思う。これも一重にアレンのおかげなので、ひっそりと感謝をしている。
「プッ!! 何それ? 冗談にしては面白い!」
「冗談じゃないんだけどな」
「はいはい、わかりました! お兄ちゃんがそういうなら信じます!」
信じますって言ってるけど、絶対にその目は信じてないだろう。
アレンに聞けば本当だと証言してもらえるけど、肝心のアレンがここにいないのでこの話はこれで終わらすことにした。
「お兄ちゃん!」
「なんだ?」」
「ありがとう! このタオルは大事に使うね♡」
俺に向かってほほ笑むリリアの笑顔を見てドキッとしてしまう。
これが教師と生徒の関係なんてなければ間違いなく彼女のことを抱きしめていただろう。
俺がリリアのことを抱きしめなかったのは、この子が俺の教え子だという理性が頭の片隅に残っていたからだ。
そのわずかに残った理性のおかげで、俺は教師と生徒という一線を超えずに済んだ。
「どうしたの、お兄ちゃん? 石のように固まっちゃって? もしかしてあたしに見惚れちゃった?」
「ばっ!? そんなわけないだろう⁉」
「だよね! ‥‥‥あっ!? もうこんな時間だ!?」
「本当だ! そろそろ戻らないと朝のホームルームに遅刻する」
「そうだね! そしたらあたしは部屋に戻るから! また後で会おうね、お兄ちゃん!」
「あぁ、また後で会おう!」
そう言ったリリアは学生寮の方へと走っていく。
そんな彼女に手を振りながら俺は見送った。
「それにしてもリリアのあの表情は可愛かったな」
村にいた時はどちらかというとボーイッシュな女の子だったのに。俺が見ない間にずいぶん女性らしくなった。
正直街中を歩けば10人中10人の男性が振り向くだろう。今のリリアは村にいた時よりも数千倍可愛くなった。
「こんな調子で、俺は大丈夫なのかな?」
あのクラスにはリリアの他にノエルとレイラという2人の美少女もいる。
そんな女の子達を前にして俺はまともに授業が出来るのか不安しかない。
「もうこんな時間か。そろそろ俺も部屋に戻って準備をしよう」
リリアと別れた俺は日課である素振りをせず部屋へと戻り、シャワーを浴びて体を清める。
それから新しい服に着替えて、リリア達が待つ学校へと向かった。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは本日の19時頃投稿しますので、楽しみにしててください!
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