第13話 過去回想2 ナイフのような言葉(リリア視点)

《リリア視点》


「なるほど。君がこの魔物の群れを全滅させたのですね」


「何者だ!!」


「おやおや? 人に名前を聞く時はまず自分から先に名乗るのがマナーというものではないですか?」


「ぐっ!?」


「これだから人間は礼儀のなっていない野蛮な生き物ですね。魔王様がこの世界に必要ない生物だと言っていたのも納得です」


「魔王だと!?」


「お兄ちゃん、魔王って何?」


「リリアは知らなくてもいいことだ。それよりも今は俺の側から離れるなよ!!」



 魔王という言葉を聞いた瞬間、クリスお兄ちゃんの体が委縮してしまう。

 この時のあたしはお兄ちゃんが怖がっている理由がわからなかった。



「(だけど歳を重ねて成長した今ならわかる。あの時のクリスお兄ちゃんは強大な敵と戦っていたんだ)」



 あたしが今この相手に遭遇していたら、怖くてその場から動けなかっただろう。

 でもクリスお兄ちゃんはあたしを守るためにその相手と戦う事を選んだ。



「もしかして貴方はクロムウェル王国が魔王討伐の為に派遣した勇者ですか?」


「残念だったな。俺は勇者ではなく、勇者パーティーに所属するアタッカーだ」


「なんだ、つまらない。一般人を相手にしても私の手柄にならないじゃないですか」


「ちょっとあんた失礼よ!! お兄ちゃんはね、こう見えても‥‥‥!!」


「よせ、リリア!!」


「お兄ちゃん!?」


「あいつの言う通りだ。勇者でも何でもない一般人の俺では、あいつの足元にも及ばない」


「何でそんなに弱気な事を言うの!? あんなピエロよりもお兄ちゃんの方が何百倍も‥‥‥」


「おい!! そこの道化師!! 俺の名前はクリス・ウッドワード!! 勇者パーティーに所属するアタッカー兼タンクだ!!」



 クリスお兄ちゃんがどうしてあんなに必死に声を張り上げていたのか。あの時はわからなかったけど今ならわかる。

 クリスお兄ちゃんがあれだけ大きな声を出してあたしの声に被せていたのは、相手を刺激しないようにしていたからだ。



「(もしも敵が怒って狙いをあたしに変えたらいけないと思い、大声で相手を挑発して自分に意識を向けてたんだね)」



 今思えばあたしはクリスお兄ちゃんの足ばかり引っ張っていた。

 あの時はお兄ちゃんを困らせるような事ばかりしてしまったことを本当に反省している。



「クリス・ウッドワードですか‥‥‥いい名前ですね」


「こっちが名乗ったんだから、いい加減お前も名を名乗りやがれ!!」


「わかりました。私は魔王軍四天王の1人、水のサーリアです」


「サーリアだと!?」


「お兄ちゃん、あいつのことを知ってるの?」


「いや、全く知らん!」


「それじゃあダメじゃん!?」


「でも魔王軍の四天王と言うからには、きっとその辺りの魔族よりも強いんだろうな」



 この時のあたしはクリスお兄ちゃんが弱気な発言をする理由がわからなかった。

 だって今までどんな魔物でも退けてきたお兄ちゃんが、あんなへんてこな衣装を着ているやつに負けるはずがない。

 この地上でお兄ちゃんよりも強い人間なんていないとこの時のあたしは本気で思い込んでいたので、魔王軍の四天王がどれ程の強さなのかわからなかった。



「リリア」


「何?」


「お前だけでもここから逃げろ」


「いや!! あたしもお兄ちゃんと戦う!!」


「ダメだ!! あいつは今まで戦った魔物とはレベルが違う!! だからお前だけでも逃げろ!!」


「嫌だ!! あたしはお兄ちゃんと一緒にいる!!」



 クリスお兄ちゃんはあたしのことを引き離そうとするが、あたしはお兄ちゃんの足にしがみついて抵抗する。

 確かにあの敵をお兄ちゃん1人で倒すのは無理かもしれない。

 だけどあたしが囮になって隙を作ることが出来れば、お兄ちゃんが倒せる可能性がわずかながらでも上がるはずだ。



「馬鹿野郎!! 俺と一緒にいたら、お前が死んじまうだろう!!」


「大丈夫!! 逃げ足だけは自信があるから、あたしは死なないよ!!」



 こう見えてこの村にいる子供達の中で1番足が速い。

 だからあいつの動きをかく乱するぐらい朝飯前である。



「(それに仮に命を落としても悔いはないよ)」



 元よりこの命はあのゴブリンに奪わていた物だ。

 だからその命がここでなくなったっていい。それでお兄ちゃんの役に立つのならあたしは本望だ。



「さて、そろそろお話の時間は終わりましたか?」


「リリア!! いい加減に俺の足から離れろ!!」


「やだ!! 絶対に離さないもん!!」



 もしここでこの足を離したら、クリスお兄ちゃんを見殺しにしてしまう。

 あたしが死んでもこの世界に影響はないけど、お兄ちゃんにはこの世界にはびこる悪い人達を倒すという大義がある。

 だからこの人をこんな所で失うわけにはいかなかった。



「チッ!! ウザイな!!」



 お兄ちゃんが舌打ちをうつ音が聞こえたのと同時に自分の体が浮遊したような感覚に襲われる。

 だがそれはあたしの勘違いじゃなかった。気づけばあたしはお兄ちゃんによって、力いっぱい投げ飛ばされた。



「げほっ!? げほっげほっ!?」



 お兄ちゃんに投げ飛ばされたあたしが着地した場所は泥がたっぷり敷き詰められた水たまりだった。その中に背中から飛び込んだせいで、着ていた洋服が泥まみれになってしまう。



「お兄ちゃん!? 何をするの!!」


「それはこっちのセリフだ!! 元より俺はお前の事が気に食わなかったんだよ!!」


「えっ!?」


「何かと俺の後ろを金魚の糞みたいについてきて目障りだったんだ!! 早く俺の視界から消えろ!!」



 違う‥‥‥お兄ちゃんはそんなことを言わない。

 これは何かの間違い、幻聴なんだ。そう思ってお兄ちゃんに声をかける。



「今の言葉は‥‥‥何かの間違いだよね?」


「間違いじゃない!! 今の言葉は俺の本心だ!!」


「嘘‥‥‥そんなの嘘に決まってるよ‥‥‥」


「俺が嘘を言うはずがないだろう。それにそんなゴミみたいな汚い服を着て。恥ずかしくないのか?」


「この服はお兄ちゃんが買ってくれたものだよ!! それを何でゴミのように扱うの!?」


「俺はそんなゴミを渡した覚えはない」


「ひっ、酷いよ‥‥‥このお洋服、お兄ちゃんがプレゼントしてくれたのに‥‥‥‥‥」



 あたしが女の子らしくなりたいとお兄ちゃんに言ったら、近くの洋服屋までいって一緒に選んでくれた服なのに。そんなことを言うなんて酷い!!

 あの時はあたしの頭を撫でながら『可愛いぞ、リリア』と絶賛してくれたのに。あの言葉は嘘だったの!?

 その時の事を思い出しただけであたしの目には涙が溜まってきた。

 何度も涙がこぼれ落ちそうになるが、お兄ちゃんがいる手前必死に涙を堪えている。



「うっ、うっ、うっ!?」


「さっさとゴミはどこかに行け!! 行かないなら、俺がこの剣でお前の事を‥‥‥!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」



 その瞬間、あたしは自分が住んでいる村へと向かって走り出す。

 もうお兄ちゃんなんか知らない!! あの人があんな酷い人だとは思わなかった!!



「酷い、酷いよお兄ちゃん!! あたしのことをそんな風に言うなんて思わなかった!!」



 あたしはずっとお兄ちゃんのことが好きだったのにあんまりだ!!

 あんなことを言われたら100年の恋も冷めてしまう。あたしのお兄ちゃんへの思いは急速に冷めていった。



「‥‥‥‥‥れよ」


「えっ!?」



 あたしが村に戻る道中、不意にお兄ちゃんの呟き声が聞こえた。

 その声を聞いた瞬間、今まで我慢していた涙が止まらなくなる。



「(お兄ちゃん、あたしのことをそんな風に思ってたんだ)」



 本当は今すぐ引き返して、お兄ちゃんと一緒に戦いたい。

 だがこの足を止めることは出来ない。お兄ちゃんがくれたこの命を無駄にすることは出来なかった。



「早く村に戻らなきゃ!!」



 村に戻ればアレンお兄ちゃんがいる。アレンお兄ちゃんなら、クリスお兄ちゃんのことを助けられるかもしれない。

 あたしは道なき道をひたすら走り、故郷であるサイロンの村を目指した。


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ここまでご覧いただきありがとうございます

過去編は一旦ここで終わりまして、次回からは現代編へと戻ります。

クリスのことを嫌いになったリリアがどういう理由でまた好きになるのか!?

その続きは1章のどこかで判明しますので、楽しみにしててください!

続きは本日の19時頃投稿しますので、お待ちください!


最後になりますが、この作品が面白いと思ってくれた方はぜひフォローや★★★の評価、応援をよろしくお願いします。

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