2章 リリア・マーキュリー あたしだけのヒーロー

第12話 過去回想1 ヒーローの登場(リリア視点)

《リリア視点》


 夢を見ていた。その夢の主人公は9歳になったばかりのあたしだった。

 それはとても昔、世間の事など何も知らないあたしの身に降りかかった出来事である。



「お父さんとお母さんの馬鹿!! なんであたしの気持ちをわかってくれないの!!」



 お父さんやお母さんと喧嘩をした時、あたしはいつも悲しい思いをしていた。

 そういう気持ちになった時、あたしには心を落ち着かせる場所がある。

 村の人達が誰も知らないその場所にあたしは1人で向かった。



「着いた! やっぱりこの場所は居心地がいいな」



 あたしが秘密基地と名付けたその場所は山の奥まった所にある洞窟だ。

 人里離れた場所にあるこの洞窟は村の人達さえも知らない、世界に1つしかないあたしだけの城。

 その場所にこっそりと家から持ちだした布等を使って、あたしだけのプライベート空間を作っていた。



「あたしがリラックス出来るのはここにいる時だけだ」



 いつも騒がし村の中では、自分の気持ちを整理出来ない時がある。

 なのでそういう時は物音1つしないこの場所で自分の気持ちに折り合いをつけていた。



「(ただこの日はタイミングが悪かった)」



 あたしが秘密基地に逃げ込んだこの日、魔王軍の先行部隊があたしの住んでいる村を襲撃しようとしていた。

 そんなことも知らないあたしはいつものように洞窟内でくつろいでいると、この森では滅多にみかけないゴブリンと鉢合わせてしまう。



「グゲゲゴゴゲゲ!」


「ひっ!?」



 秘密基地の中でくつろいでいたあたしの目の前に短刀をもったゴブリンが現れる。

 目の前にいるゴブリンは舌なめずりをしながら、秘密基地の中で怯えるあたしに近づいてきた。



「やぁ‥‥‥やめて!?」



 こんな所であたしは死にたくない。誰も知らない森の奥深くで、大切な人に会えず1人で死にたくない!!

 だけど幼いあたしにはゴブリンを倒すすべがない。

 短刀やナイフみたいな鋭利な刃物を持ち合わせていなかったので、目の前にいる小柄なゴブリンと戦う事すら出来なかった。



「グゲゴゴゴゲ!」


「ダメ!!」



 あたしのことを見ながらニヤニヤと笑うゴブリンが短刀を振りかぶった瞬間、体中に強烈な痛みが襲うのを覚悟してきつく目を閉じた。

 だけどいくら待っても恐れていた痛みが感じられない。

 それどころかゴブリンの悲鳴があたしの耳に届いた。



「(一体何が起こったんだろう?)」



 ゆっくりと目を開けると、あたしを襲おうとしていたゴブリンが地面に倒れている。

 何事かと思い顔を上げてみれば、そこには見知った顔の男の子が息を切らして立っていた。



「クリスお兄ちゃん!?」


「リリア!! 無事だったか!?」


「うん!」



 目の前に現れたのは最近あたしの村にやってきたクリスお兄ちゃんだ。

 お母さん曰く彼は正義の味方であり、弱い者を助けるヒーローだと言っていた。



「(ヒーローは絵本の中にしか存在しないと思ってたけど、本当にいたんだ!)」



 ピンチの時に颯爽と現れて助けてくれるヒーロー。

 そのヒーローはあたしが気づかなかっただけでずっと身近にいた。



「(思えばクリスお兄ちゃんはこの村に来てから、ずっとあたしのことを気にかけてくれた)」



 クリスお兄ちゃんがこの村に来てからというもの、彼は文句を言いながらもずっとあたしの側にいてくれた。

 不器用でつっけんどんで照れ屋な人だけど、心優しい心の持ち主であたしの考えを唯一理解してくれる人だった。



「怪我は大丈夫か!? あのゴブリンに何かされてないよな!?」


「大丈夫だよ! 正真正銘、傷一つない綺麗な体だから心配しないで!」


「それならよかった」



 もう、本当にお兄ちゃんは心配性なんだから。

 普段はしかめっ面をしているのに、こういう時にだけ嬉しそうな表情をするなんて反則だ。



「(だけどこんな表情をするお兄ちゃんを見れるのは、あたしだけなのかもしれない)」



 そんなレアなお兄ちゃんの表情を見れて、あたしはすごく嬉しかった。



「怪我がないなら、早くこの森から離れよう!!」


「うん!」


「振り落とされないように、俺の背中にしっかりと捕まってて!!」


「わかった!」



 お兄ちゃんはあたしのことを背中に背負うと、サイロンの村に向かってひたすら走る。

 ただその道中今まで見たことがないような大勢の魔物があたし達のことを襲った。



「くそ!! 何で今日に限ってこんなに大勢の魔物が襲い掛かってくるんだよ!!」


「お兄ちゃん!? これ以上は無理だよ!?」


「リリアは黙って俺の背中にしがみついてろ!! 俺なら大丈夫だ!!」



 クリスお兄ちゃんは机上に振る舞っているけど、全然大丈夫じゃない。

 全方向から降り注ぐ魔物達の猛攻をお兄ちゃんは自分の体で受けている。

 あたしのことを庇って戦うせいで、お兄ちゃんは傷だらけになってしまい、ついにはその場にしゃがみ込んでしまった。



「お兄ちゃん!? 体中からたくさんの血が出てるよ!?」


「大丈夫! こんなのはただのかすり傷だ!」



 絶対嘘だ!! こんなにたくさん血を流しているのに平気なわけがない!!

 腕やお腹から大量の血がしたたり落ちており、その血液がお兄ちゃんの着ている服を真っ赤に染め上げていた。



「(お兄ちゃんが無理をしていることはあたしにもわかる)」



 心配するあたしを安心させる為に、無理矢理笑顔を作っている。

 今のクリスお兄ちゃんの姿はものすごく痛々しい。

 あたしは瞳に溜まった涙を流さないように堪えて、今の自分に出来ることを必死に考えた。



「う“っ“!?」


「お兄ちゃん!? 口から血が出てるよ!?」


「大丈夫。ちょっと口の中を切っただけだ。心配するな」


「ちょっと口を切っただけじゃ、こんなに大量の血は出ないよ!?」


「もしかすると沢山の魔物と戦ってるせいで興奮しているから、いつもより血のめぐりがいいんだろうな」


「そんな嘘、あたしは信じないよ!? だって地面に血だまりが出来てるんだよ!? どう考えたっておかしいよ!?」



 今のお兄ちゃんの状態は医学的知識のないあたしでもわかる。お兄ちゃんの体はもう限界なんだ。

 今も立膝を尽きながら持っている剣を使って体を支えている。

 手はプルプルと震え、立ち上がる事すら出来ないように見えた。



「俺のことはいいから。さっさとこの場から逃げ‥‥‥‥‥」


「おやっ? 私が派遣した魔物達が全滅しているではありませんか」


「誰だ!!」



 木々の間から出てきたのはピエロのような背の高いスラっとした男性だ。

 その男性はあちこちに散らばった魔物の死骸を見て驚いた後、その視線をあたし達の方へと向けた。


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ここまでご覧いただきありがとうございます!

続きは明日の7時頃投稿しますので、楽しみにしててください!


最後になりますが、この作品が面白いと思ってくれた方はぜひフォローや★★★の評価、応援をよろしくお願いします。

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