第8話 レイラ・ハインツベルン
目の前にいる眠たそうな美少女、俺はその顔に見覚えがある。
ノエルとリリアは幼い頃に別れた後、顔を合わせていなかったのでわからなかったが、この少女のことははっきりと覚えていた。
「もしかして君は‥‥‥レイラなのか?」
「そうだよ。覚えててくれたんだね」
「忘れるはずがないさ。お母さんは元気にしてる?」
「うん! 元気だよ! 毎日楽しそうに畑仕事をしてる!」
「それならよかった」
黒髪の小柄な美少女、レイラ・ハインツベルンの話を聞いて俺は安心した。
2年前俺はアレンと共に魔王を倒した後、レイラと彼女の母親を魔王城から救出した。
その後は俺とアレンが信頼している村にレイラ達を預けたのだが、騎士団の仕事が忙しかったせいもあり、それ以降中々会う事が出来なかった。
「(レイラ達のことはアレンから定期的に報告を受けていたけど、元気に過ごしていたようでよかった)」
レイラは身長も伸び、顔つきもどことなく大人っぽくなっている。
2年前は無口で引っ込み思案な子だったのに。女の子は成長するスピードが早いんだな。
「ちょっとお兄ちゃん!! この子は一体誰なの!?」
「彼女はレイラ・ハインツベルンといって、旅の途中で出会ったんだよ」
「それでクリス君は私達同様、その子に対しても結婚を申し込んだんですか?」
「いや、彼女に対してそんなことはしてないはず‥‥‥」
「したよ」
「えっ!?」
「クリスは私と結婚してくれるって言った」
「なっ、なにいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
俺はレイラに対して結婚するなんて1度も言ったことがないのに、いつの間にそういう事になってるんだ!?
俺の両隣を見るとリリアとノエルの目じりが先程よりも吊り上がっている。
その上俺の両腕はギリギリときつく握りしめられており、どさくさに紛れてこの場から逃げられないように捕縛されていた。
「ちょっとお兄ちゃん!! これはどういうことなの!!」
「そうですわ!! クリス君にはちゃんとした説明を求めます!!」
「そんなことを言われたって、本当に身に覚えが‥‥‥‥‥」
「クリス、忘れちゃったの? 私が大きくなったら、クリスと一緒にいるって言ったことを‥‥‥‥‥」
「あっ!?」
「それにクリスの生涯賃金の半分を私がもらうって言ったら、『いいよ!』って返事をしてくれたよね? それで私はクリスのお金をもらう対価として、貴方の身の回りの世話をするって言った」
「そういえばそんな話をしたな」
レイラと別れる際、彼女からそんな話をされた気がする。
でもそれは将来家政婦として俺の元にくると思って返事をしたことであって、結婚を前提に話を進めていない。
どうやらそれがレイラの中では結婚という話に飛躍していたらしい。
蓋を開けてみればお互いの話がすれ違っていただけの単純な話だった。
「だからクリスは私と結婚する。泥棒猫はどっかにいって」
「泥棒猫はそっちじゃない!! お兄ちゃんはあたしと結婚するの!!」
「何を言ってるんですか!! 私だってクリス君と結婚の約束をしたんですから、結婚するなら私です!!」
昔ここよりも遠い東の国に行った時、こんなことわざを聞いたことがある。
前門に虎、後門に狼。その2体だけならまだ太刀打ち出来るかもしれないけど、上から朱雀まで降りてきてはどうすることも出来ない。
どうしたらこの修羅場を回避できるか必死に考えるが、一向にいい方法が思いつかなかった。
「そうだ! それなら誰がクリスお兄ちゃんと結婚するか、本人に決めてもらえばいいんだ!」
「なるほど。それは妙案ですね!」
「だね!」
「えっ!?」
俺が現実逃避をしている間に3人の中で解決方法が見つかったらしい。
リリアとノエルとレイラ。3人が顔を見合わせると一斉に俺の方へ視線を向けた。
「お兄ちゃん!!」
「クリス君!!」
「クリス!!」
「「「貴方は一体誰を選ぶの!!!」」」
他人から見れば両手に花なのかもしれないけど、その花はバラのように鋭いトゲを持っており、俺のことを苦しめている。
自業自得とはいえ、ほんの数日でこんなに環境が激変するとは思わなかった。
「(どうしてこんなことになったのだろう)」
ついこの前まで騎士団の中で女っけのない男達と一緒に過ごしていたのに。何でこんな修羅場に巻き込まれているんだろう?
人には人生で3度のモテ期がくると言われているけど、どうやら俺にはそれがいっぺんにきたらしい。
もちろん身から出た錆なのはわかっている。だけどまさかこんなことが現実で起こるなんて思わなかった。
「(俺はこれからどうすればいいんだろう)」
3人の真剣な眼差しを受けながら、俺は必死になって考える。
この状況を打破するにはどうすればいいか、死ぬ気で頭を回すのだった。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは明日の7時頃に投稿します!
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