第4話 ミリア・サーシャベルト
「ミリア副校長」
「何ですか?」
「一体俺達はあと何時間この学校の施設を見学しないといけないんだ? 既に1時間以上はこの学校を歩き回ってるぞ」
さすがこの国最高の学術機関だけあり、他の学校よりも施設が充実している。
何に使うかよくわからない教室も多数あるが、きっと俺の知らない専門分野の研究でもしているのだろう。
下手をするとこの学校は王宮の施設よりいい設備が揃っているかもしれない。
「次の場所が最後ですから、もう少し頑張って下さい」
「はい」
これだけ敷地が広いと全ての施設を回るのに時間と体力がいる。
この校舎がどれぐらい広いのか例えると、校内でマラソンが出来るんじゃないかと思える広さだ。さすがこの国最高の学術機関。施設の多さも段違いだ。
「着きましたよ! ここがクリス先生が普段使用することになる研究室です」
「驚いたな。この学校の教師は1人1人に個室が与えられるのか」
「はい。教師の中には学会で論文を発表する人もいるのて、この学園に務める教職員には全員個室を与えています」
「役職付きならわかるけど、俺みたいな一般の教師にまで部屋が与えられるなんて、ずいぶん懐に余裕があるんだな」
「この学校は高位の貴族達が数多く通う学校なので、学費の他に多額の寄付金がもらえるんですよ!」
「多額の寄付金‥‥‥ね」
寄付金といえば聞こえはいいけど、内情は賄賂だろう。
今の話を聞く限りこの国の有力貴族達はこの学校に多額の寄付をしているだけのようだ。
「(だがもしかすると教師本人に直接お金を手渡している人がいるかもしれない)」
これはあくまで俺の推測だけどその可能性は十分ある。
教職員1人1人を調査をすればそういう人間がが出てくるような気がした。
「それではクリス先生、これを受け取って下さい」
「これはなんだ?」
「クリスさんが受け持つクラスの名簿です。今回貴方は新しく出来た選抜クラスの担任を受け持ってもらいます」
「選抜クラスか。これまたとんでもないクラスの担任に抜擢してくれたな」
「クリス先生は魔王を討伐した英雄ですからね! これぐらいの待遇はしますよ!」
「俺が英雄ね」
正直に言うと俺は英雄でも何でもない。この国の人達は俺のことを魔王を倒した英雄といって崇め奉る人もいるが、魔王にとどめを刺したのはアレンだ。俺じゃない。
選抜クラスの生徒達もアレンに教えてもらえると思って入ったのに、教えるのが俺だと知ったらがっかりするんじゃないか?
俺のことを見てショックを浮かべる学生の姿が容易に想像つき、ミリアが側にいるにも関わらず肩を落としてしまった。
「どうしたんですか? 盛大にため息なんてついて? 何か悩みがあるならいつでも聞きますよ」
「何でもない。ところでミリア副校長」
「そんな堅苦しい呼び方で呼ばなくていいですよ。肩書は副校長ですが、私達は同い年じゃないですか」
「それならなんて呼べばいいんだ?」
「普通にミリアでいいですよ。これからは気兼ねなくそう呼んでください」
「わかった。それなら俺の事もクリスって呼んでくれ。俺の周りにいる人達はみんなそう呼んでる」
「はい! そしたら私もクリスさんと呼ばせてもらいますね」
こうして無邪気に笑っている所を見るとミリアがただの学生のように見える。
さっき施設を案内していた時とは違い、雰囲気が柔らかくなった気がした。
「(よくよく考えればミリアも俺と同い歳なんだよな)」
学生みたいな見た目だと思われてるのは俺も同じか。
もしかすると初めて会った時から、お互いに同じようなことを考えていたのかもしれない。
「ところでミリアに質問なんだけど‥‥‥」
「何ですか?」
「選抜クラスに選ばれた生徒は俺がクラス担任になることを知ってるの?」
「もちろん知っていますよ! クラスにいる3人の生徒達はみんなクリス先生から剣術を教えてもらえることを楽しみにしています」
「3人!? 俺が受け持つクラスの生徒はそんなに人数が少ないの!?」
「はい! 姫騎士を育成するクラスですからね! 少数精鋭で授業を受けてもらいます!」
少数精鋭とはいっても、さすがに3人という人数は少なすぎるだろう。
普通のクラスだったら30人の生徒に対して担任が1人着くことを考えると、この状況がどれほど異常なことかわかる。
「女の子3人に剣術を教えるのか。それはそれで大変だな」
「何故ですか?」
「異性同士だと何かと気を使うだろう。人数が少ないなら、ある程度距離感をわきまえないと大変なことになる」
それこそ平等に接しないと俺が個人指導している時にエコ贔屓と言われるかもしれない。
なので3人との距離感がものすごく大事になる。
「(騎士団にいる女性騎士に対して剣を教えている時、ものすごく気を遣って指導したんだよな)」
その結果指導の後はとてつもない疲労感に襲われ、部屋に戻ってすぐ寝てしまった。
過去にそういう経験をしたので、俺はあまり女性の指導をしたくなかった。
「大丈夫ですよ! 今回クリスさんが教える生徒は貴方に対してみんなリスペクトがありますから!」
「その話は本当なのか?」
「はい! それは間違いありません。私が保証します!」
「ミリアに保証されても、いまいち信用がないんだよな」
「何故ですか?」
「なんだろう? 実際俺がその現場を見てないからかな」
俺が初めて騎士団長を務めることになった時もみんな俺の姿を見てキョトンとしていた。
何故騎士団の連中がキョトンとした顔で俺のことを見ていたのか。それは騎士団の連中はアレンが団長になると思っていたらしい。
なので俺の姿を見て落胆の色を見せた騎士も数多くいた。
だから今回もその時と同じような事にならないか不安だった。
「クリス先生は生徒達のことを信用できないんですか?」
「そこまでは言ってないけど、実際見てみないとな‥‥‥」
「それなら私のことを信用してくれませんか?」
「ミリアのことを信用するの?」
「はい! 選抜クラスを決める入学試験では私も面接官をしていました。なので生徒達と直接やり取りをした私のことを信じて下さい!」
俺に向かって嬉しそうに笑うミリアは実年齢より幼く見えた。
だがその姿が逆に俺を安心させる。出会った時のような無機質な笑い方よりもこういう笑い方の方が俺は好きだ。
「ちょっとクリスさん、何で私のことを見てクスクスと笑ってるんですか?」
「わるいわるい。さっき校門で会った時と雰囲気がガラッと変わったから、思わず笑っちゃったんだよ」
「そんなに私の雰囲気が変わりましたか?」
「あぁ。今の方が年相応に見えて好感が持てる」
ミリアもこの学園に入って相当苦労したんだろうな。きっと色々な大人達と板挟みになり、大変な思いをしながら仕事をしてきたんだと思う。
さっきまで俺に見せていた仮面のような無機質な笑みもこの学園で生き抜く上で必要不可欠な、ミリアなりの処世術だったのかもしれない。
そう思ったらミリアに対して、急に親近感が湧いてきた。
「もう! クリス先生まで私のことを甘やかさないでください! 他の先生達からも学生気分が抜けてないとよく言われているので、気を付けてるんです!」
「周りの先生達からそんなことを言われてるのか」
「はい。この学園の教師陣は名門貴族の出身者が多いので、自分より位の低い貴族にはあたりが強いんです。だからクリスさんも注意して下さいね」
「わかった」
貴族の間の差別は昔よりだいぶ少なくなったと聞いていたが、まだ特権階級にこだわっている輩がいるのか。
伝統のある組織というのは本当に面倒くさいな。その人の肩書で位が決まるわけでもないのに。何故そんなに偉ぶるのだろう。
「そういえば騎士団の中にもそういった連中がいたな」
あの時は俺が力づくてねじ伏せたけど、この学園の中でそういうことは出来ない。
そう思ったら急に気が重くなる。アレンのように周りと上手くやっていけるのか、ものすごく不安になった。
「そろそろ時間ですね。次の場所に移動しましょう」
「施設見学はここで最後なのに、まだどこかに行くの!?」
「はい。この後はクリスさんと同じ学年を受け持つ先生方をご紹介しますので、会議室に行きます」
どうやら俺はまだ動かないといけないらしい。
あれだけ校内を歩いた後に他の先生方と顔合わせなんて、中々ハードスケジュールじゃないか。
そんな話、アレンからは聞いてないぞ。
「それじゃあ早速行きましょう!」
「はい」
それから俺はミリアと一緒に会議室へと行く。
そこで自分が受け持つ学年の先生方と軽い挨拶をした後、明日行われる入学式の打ち合わせをした。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは明日の8時に投稿する予定なので楽しみにしててください!
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